【全身もみほぐし60分2980円(税抜)】

駅前でマッサージ店の看板を見かけた。

目が離せなかった。

先月に台湾で受けた足つぼマッサージを、未だに忘れられずにいるからだ。

もう一度あの快感を。それも全身に。

私は看板の前で決意すると、勢いのままマッサージ店へ足を踏み入れた。

 

 

担当になった若い女性のスタッフさんはテクニシャンだった。

絶妙な力加減の指圧に昇天しそうだ。

何よりマッサージ中のセリフにゾクゾクが止まらなかった。

「これは相当きてますね……」

「手強いな……」

独り言のようにつぶやき、私の首筋を揉みしだくのだ。

私はその静かな戦いに感動を覚えた。

自分のコリを認めてもらうことがこんなにも嬉しいとは。

 

マッサージは背中周辺へ。

すると今度はこんなことを言われた。

「お客さん、肩甲骨がいないですよ!」

肩甲骨が不在らしい。一体どこに出掛けたのか。

それから肩甲骨跡地を重点的に揉んでもらった。気持ちいい。

30分ほど経っただろうか。

スタッフさんが声を弾ませてこう言った。

「肩甲骨が出てきました!」

もみほぐされて肩甲骨を出しちゃったという事実が少し恥ずかしかった。

全身もみほぐしでこんな気持ちになるなんて。

私は顔を紅潮させながら、翌週末にもマッサージの予約を入れた。

 

 

2回目の担当はご年配の女性。いかにもベテラン風で頼もしい。

この人の手にかかったら肩甲骨もすぐに出ちゃうだろう。

期待の中、ベテランによるリズムカルな指圧が始まった。

「あら、疲れてますね~!」

痛い! びっくりした。圧倒的な指圧力。体に穴があく勢いだ。

「そこ、痛いです!」

と私が言うと、

「ここね、痛いよね。かわいそうに」

と同情しながらずんずん押しまくるベテラン。違うんです、体に穴があくと思うんです!

 

しばらくして施術は指圧からストレッチへ。

上半身と下半身をそれぞれ反対方向にひねる。今度は腰の辺りからねじり切れるかと思った。

思わずうなり声が出る。

「痛いでしょう、かわいそうに」

と同情しながらも一切ねじりの手を止めないベテラン。違うんです、ねじり切らないでお願い!

 

そんなハードな施術中でも彼女のトークは軽快だ。

「足のむくみには貧乏ゆすりが良いですよ。あ、女子は人前で出来ないか! 

でも、ダウンタウンは2人とも絶対貧乏ゆすりしてるね。

だってすごいでしょ、あの人たちの足。

しゅっとして。あれは貧乏ゆすりだね」

 

唐突に「ダウンタウンの足は貧乏ゆすりの賜物説」が飛び出した。

今まで一度でもダウンタウンの足に注目したことがあっただろうか。私はない。ダウンタウンの足ってどうだったっけ。

 

そんな話をしていたら終わりを告げるタイマーが鳴った。

ベッドから起き上がる。体が雲のように軽い。施術中あんなに痛かったのに。魔法みたいだ。

こう顕著にマッサージの効果を出されると、さっきのアレも真実味を帯びてくる。

ダウンタウンの足はしゅっとしている、か。

 

 

 

 

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