今の職場に勤めて8年経った。ようやく仕事にも慣れてきた気がする。
8年前、入社当時は右も左も分からず、うろたえるばかりだったのを覚えている。
そんな新人の私が日課としてこなしていたのは、事務所の開業祝いに送られてくる花を応接室に運んだり、花を梱包していた大きなダンボールをばらすことだった。
応接室に20鉢ほど胡蝶蘭を並べたところで、私の仕事は花の世話に切り替わった。
力不足ながら出来る限りのことをしたい。私は毎日花に愛情を注いだ。
ところが、数日経つと胡蝶蘭がしおれ始めたじゃないか。
慌てて胡蝶蘭について調べてみる。
“10日に1回程度、暖かい時間帯にコップ1杯の水(室温に近い温度)を与えてください。“
ショックだった。毎朝、キリッと冷えた水をざばざば与えていたからだ。これじゃあ手入れじゃなくて拷問だ。
それから水やりの仕方を改めたが、胡蝶蘭の花は全て枯れ落ちてしまった。
悲しい。深い悲しみの中で、生き残った観葉植物の前で固く誓った。
今度はきちんと調べてから世話をしよう。
見慣れない観葉植物は、幸福の木という名前のようだった。
最適な栽培環境、水やりのタイミング、剪定の仕方、病気の対処法など、全てを調べ尽くした。
万全だ。もう何が起きても怖くない。
…………4本中3本が枯れた。
おかしい。何かの間違いだと思う。しかし何度見に行っても3本枯れていた。
通常業務もろくに出来ない上に、植物の世話も満足に出来ないのか。
私は荒れた。荒れたといってもデスクでぼーっとする形で荒れた。
一方、幸福の木は冬になって数枚の葉を枯らしたが、春を迎え青々とした葉をつけた。
孤独でも懸命に生き続けている。木に励まされてしまった。
事務所にきて1年。私たちは共に成長した。
それから数年が経ったが、幸福の木は元気だ。
ひょろっとして少し不格好だけど大きくなってくれて嬉しい。
私も手入れのコツを掴み、何の心配もなく過ごしていた。
そして、忘れもしない6年目の秋。
ふと葉の成長点に見慣れない塊がついているのに気がついたのだ。
蕾だ……! 観葉植物って花咲かせるんだ!
6年経ってこんな嬉しい知らせがあるなんて思ってもみなかった。
すぐに園芸店のホームページを開き、蕾について調べてみる。
”幸福の木が花を咲かせるのは、10年に一度レベルのレアケースといえるでしょう。”
ああ、こんなことって!
奇跡に浮かれながらページを読み進めた。
”蕾をつけるのは、木が最後の力を振り絞って花咲かせようとしている状態です。
あと、すごくくさい花が咲きます。”
え! 死にかけながらすごくくさい花を?!
すぐに蕾をちょん切った。切らないと木が死んでいくらしいから。
今も幸福の木は何事もなかったかのように元気に葉を茂らせている。
私はそんな幸福の木をハラハラしながら見守り続けている。