学生の頃、アイドルマスター2のDLCを買い続ける金が欲しくて小規模なショッピングモール内の食品売り場でレジのアルバイトをしていた。イオンモールをふたまわり小規模にしたようなやつと言えば俺と同様田舎者の人はピンとくるだろう。
俺は直接人間の相手をするのが嫌なので館内アナウンスのバイトの求人に応募したはずだった。だが不思議なことになぜかレジ打ちをやらされていた。熊本県は田舎なのでこういった科学では解明できない怪奇現象が起こりがちだ。
さて食品売り場。
人間は食わねば死ぬ。食品売り場の客はみな生きるために来ている。誰も他人の生きる権利を奪えないのと同様に食品売り場は客を選べない。どんなに嫌なやつが来ても食べ物を売らないわけにはいかない。よって食品売り場のレジは過酷だ。
俺も嫌な客には幾度となく悩まされた。たとえ百人素晴らしい客を相手にしても一人嫌な客を相手にしてしまったらもうその日はダメで最低な気分になってしまう。そして嫌な客とは嫌な客ゆえに印象に残りやすい。
そんな印相深い嫌な客の一人に、ほぼ毎日買い物にくるヒゲのおっさんがいた。嫌な客だったのですぐに覚えた。態度が横柄で、事あるごとに舌打ちをし、レシートを渡せば怒り、レシートを渡さなかったら怒った。熊本県は自然が豊かなのでこういった人知の及ばない妖怪めいた存在もまだ残っているのだ。
俺はおっさんが買い物かごを持ってレジ前へ来るたびに「頼むから他のレジに並んでくれ」と祈っていた。そんなある日、おっさんが俺のレジに並ぶ日とそうでない日に法則があることに気がついた。あるパートのおばちゃんの存在だ。
俺の同僚はほとんどが四十〜五十代のパートのおばちゃんだった。その中に一人、眼鏡で小柄なおばちゃんがいた。
そのおばちゃんが出勤している日はどれだけ列が長くてもおっさんはそのおばちゃんのところに並んだ。
ある日俺とおばちゃんのレジが隣り合わせで、俺のレジが空いた時におばちゃんの列のおっさんに(不本意ながら)「こちらのレジへどうぞ」と言ったらこちらを睨んで首を振っていたことからもそのおばちゃんが目当てだったことは間違いない。
おばちゃんに会計してもらっているおっさんは信じられないほど紳士的に振る舞い、始終ニコニコしていた。
あれはまちがいなく、おばちゃんにほの字だった。これに気がついた時、俺はちょっとだけおっさんのことが憎めなくなった。
いやでも待って、待ってよ。ちょっと。
おばちゃんがいない日は他にもレジあるのに絶対に俺のとこに来るの、おっさん。絶対。
じゃあおっさん、おばちゃんの次にお気に入りなの、俺だったのか……おっさん、俺のこと……。
そんな……困ります……。