俺は頻繁に口笛を吹く。それはもうピューピューヒューヒューよ。
なぜならば口笛を吹いている間は吹いていない時よりもはるかに楽しいからだ。
それに人間は口笛を吹きながら深刻なことは一切考えられないようにできている。
試しにやってみてほしい。口笛を吹きながら深刻なことを考えてみるんだ。
なんでもいい。
食人モモンガの群れが閉じ込められている檻に放り込まれたらどうしよう……
実は両親の正体が河童で、夜な夜な頭の皿をぶつけ合っていたらどうしよう……
どうだ、無理だろう。一切考えられなかっただろう。
口笛を吹いている間は深刻なことは一切考えられないのだ。
口笛といえば、「夜に口笛を吹くと蛇が出る」という言い伝えを聞いたことがあるだろう。
俺は夜に口笛をピューヒュー吹いたからって蛇に遭遇したことは今の所ない。だがしかし、このような言葉が生まれ長年伝え続けられているということは、出るのだろう。
蛇が。
俺以外の前には出るに違いない。
だとしてだ。
だいたい蛇は何のつもりで出てくるのだろうか。
「お、口笛吹いてんじゃん。ステキ、もっとアタイに聞かせておくれよ」
などと蛇が考えるのか。可愛いじゃないか。だがそんなはずは無い。
では口笛の音が鳥など蛇の獲物の鳴き声に似ているのだろうか。多分違うだろう。
そもそも蛇に聴覚があるのか調べてみたら諸説あったのでそこに関してはなんとも言えない。
そんなことを考えているうちに気がついた。
蛇撒きババアというのがいるに違いない。
蛇撒きババアがいたら全てに説明がつく。
言い伝えを証明する最後のパズルのピース、それが蛇撒きババアだ。
蛇撒きババアは夜になると蛇を詰めた箱を持って徘徊する。
そして口笛が聞こえたら蛇を放つのだ。
それが夜に口笛を吹くと蛇が出るからくりだ。
昼間はそれぞれのババアとしての生活を過ごし、夜は口笛を求めてさまよっている。
だからきっと蛇撒きババアは常に寝不足だ。
蛇撒きババアは全国にたくさんいるに違いない。おそらく組合のようなものがある。
互いに助け合い、ベテランが新人ババアを教えたりする。
毎週組合員向けにメールマガジンが発行されていて、そこには週間天気予報やミニコラム、映画批評や星座占いなどが掲載されている。そうに決まってる。
ではなぜ彼女たちは口笛が聞こえる方へ蛇を撒くのか。
理由もなくそんな不可解な行動をするババアがいるだろうか。
いや、いないだろう。きっと家族を人質に取られてやらされているのだ。
でも誰がそんな卑劣なことを……。
そうか、きっと蛇撒かせジジイだ。
こうしちゃいられねえ、早くみんなに教えないと。