人に金を貸してしまう。
友人に5万、姉に2万、仕事で知り合った人に3万。仕事で知り合った人は足に刺青があって、怖かった。どれもまだ返済してもらっていない。
なぜ人に金を貸すのか。まったく分からない。メリットは別段ない。そんなに羽振りが良いわけではないのに。面構えに意志の弱さが滲み出ているのだろうか。ただ、そんなに嫌な気持ちでもないのは確かだ。金銭を介した関係性を構築することで、他者との繋がりを実感できるからなのかもしれない。しかし、金銭の貸し借りは友人関係を壊してしまう、という話もよく聞く。
一番高額だったのは友人ササザキに貸した20万円だ。
英語を学ぶための短期留学費用として貸してほしいということだった。同学年だがササザキは大学を留年したため、僕だけ先に勤め人になった。大学生と比較すれば、もちろん雀の涙ほどではあるが、僕のほうが収入がある。
いや、留年してるくせに語学留学すんな、スキャンダルを隠す芸能人以外が語学留学すんな、など様々な思いが駆け巡ったが、結局は金を都合することにした。
ササザキとは中学生からの仲だ。何度も一緒に海外旅行に行った。周囲に野犬しかいないインドの旅行代理店で深夜3時まで軟禁された時も、タイのゲストハウスで痴女に遭遇した時も、ラオスの宿で南京虫におびえながら過ごした時も、ベトナムで1本の水を分け合った時も、ササザキと一緒だった。
だから今回の語学留学は協力してやりたかった。ササザキは真剣に英語の勉強がしたいように見えた。そうじゃなきゃわざわざ人に金を借りてまで語学留学しようとはしない。将来的には海外で働きたいとも言っていた。その気持ちを汲んでやりたかった。
ただ僕の生活も少しばかり困窮するだろう。20万円。1年目の薄給会社員には少なくない金額だった。奨学金の返済もあるし、新生活のための道具をそろえたら、もう素寒貧だ。
でも別に構わなかった。社会人になって使える20万円と、学生の時に使える20万円は価値が違う。数少ない友人のためだ。別に返してくれなくていいとさえ思った。そんなことで友人関係が瓦解するとは思えなかったから。
そうして、20万円を渡した。
数か月後。帰国したササザキと再会した。
異国の地で数か月過ごしたためか、顔つきも変わった気がする。髭をたくわえ、少し浅黒くなった肌。手入れのされていない眉毛はたくましさをたたえ、薄汚れたTシャツは、なんだか男としての成長を感じさせた。
ササザキはにっこり笑って、口を開いた。
「저는 사사자키 입니다 !!」
なんで????????
なんで韓国語????
英語の勉強じゃなかったの???????
「入ってた寮のほとんどが韓国人だったから、韓国語で自己紹介できるようになった」
そうなんだ。
「あと寮で一緒だった10代のグラビアアイドルとライン交換した」
金返してくれ。