「それ、とってこーい!」
私がそう言って放り投げた青いフリスビーをガン無視してジャズ(ゴールデンレトリバー、1才半)が口に咥えて持ち帰ってきたのは、今にも死にそうなコビトだった。
コビトとは人類に近い小型の生き物で、大人になっても身長30cm程度であること以外はほとんど人類と変わらない姿形をしている。温厚な性格で、知能は低いが人類と言語による意思の疎通も可能だ。たった今犬に噛まれたことが死にそうな原因だろう。
「大丈夫ですか」
私がそう言うとコビトは甲高い声で
「大丈夫!」
と言って血まみれの親指を立てて見せた。
咥えた獲物が口の中で動いたのが気に入らなかったらしく、ジャズはコビトを強く噛み直した。骨が砕ける音が聞こえた。
「あの、本当に大丈夫ですか」
絶対に大丈夫ではないが、いざこういう事態に直面するとこういう言葉しか出ない。ジャズの口からコビトの血が滴っている。
「……大丈夫!」
コビトは甲高い声で言い張った。しかし明らかにさっきより衰弱している。
「ジャズ、こら! 離しなさい!」
私はジャズにコビトを離すように命じたが、ジャズは「ウゥゥゥゥ」などと唸って、より強くコビトに牙をめり込ませるのだった。
「すみません! すみません!」
飼い主としての責任感からひたすら謝りながら半ば強引に引っ張ってみるも、犬の顎の力は侮れない。犬の成長は早い、少し前まで子犬だったとは思えない。さらに始末の悪いことに、完全に遊びだと思っている。
「大丈夫……大丈夫……」
コビトはみるみる衰弱していく。全然大丈夫ではなさそうだ。お願いだから離してくれ。頼む。
食いしばる犬の歯とコビトの骨が軋む音でハッと閃いた。
「ジャズ、ほら! これ!」
私はカバンから犬用ほねほねジャーキーを取り出してジャズに見せた。散歩中に聞き分けが悪くなった時の切り札用に持ち歩いていたのだ。
ジャズは目を輝かせてコビトを地面へ放り投げ、夢中でジャーキーにむしゃぶりついた。バカな犬だ。
「大丈夫ですか!」
私は絶対に大丈夫ではないコビトに駆け寄った。
「大丈夫です、でも」
コビトは甲高い声で続けた。
「我々コビトは地面の近くで生きる種族、そして死ぬときは大空へ行くのです」
コビトは震える手で空を指差した。
「投げてくれませんか」
コビトはそう言って息絶えた。私は死んだコビトを掴み、思いっきり空に放り投げた。
ほねほねジャーキーを食べていたジャズはそれを見てワンと一声鳴き、飛んで行ったコビトを追って元気に走って行った。きっと、死んだコビトを咥えて戻ってくることだろう。
私が最初に投げた青いフリスビーはあのまま2000km先へ飛んでいき、航行中の船を3隻沈めていたそうだ。
のちにこの出来事がきっかけで、フリスビー保険が誕生することになる。