百鬼夜行の途中で定期入れを落としたら、拾って元の列に戻るのが大変そう。
そんなことをたまに考える。

 

何を言っているか分からないだろうか。
よし、順を追って話そう。

 

百鬼夜行では、たくさんの妖怪が列をなして行進している。
私は、平成たぬき合戦ぽんぽこのイメージから、特に空を駆ける百鬼夜行をイメージする。

そんな中、ある妖怪が、定期入れを地面に落としてしまう。
まずい。
取りに行かなくては。
六ヶ月定期だしな。

妖怪は、焦る。
そりゃそうだ。六ヶ月定期は取りに戻らなくては。
だが、そのためにはもちろん、一旦列を離れなくてはならない。
自分が定期を拾っている間にも、列はどんどん進むだろう。

めちゃくちゃ走るのが速い妖怪だったり、タイヤの付いた妖怪でなければ、元の位置に戻るのは難しい。
急いで拾って、どっか適当な列に再度入れてもらうか。
でも、戻った場所に変な妖怪がいたらどうしよう。

飲みサークルの妖怪が、居心地悪いノリを繰り広げているかもしれない。
馴れ馴れしいおじさんの妖怪が、話しかけてくるかもしれない。

 

心の中の不安が、虚像をどんどん大きく見せる。
どうする。

 

逡巡が長引くほど、定期の場所は遠ざかっていく。
ただでさえ慣れない人間界の土地だ。
これ以上離れたら、場所自体が分からなくなる可能性がある。

 

予断は許さない。

 

大抵は結局、周りの妖怪に「あ、ごめん、ちょっと、落し物」みたいにたどたどしく伝えて、大急ぎで定期を取りに地面へ急降下していくことになる。
背後に、他の妖怪たちの「え、何?」みたいな視線を浴びながら。
「背に腹はかえられないんだ」と自分に言い聞かせながら、恥ずかしさのピークをやり過ごす。
夜の風が、紅潮した頬を撫でる。

 

そして何とか無事に定期を拾って、適当な列に割り込ませてもらう。
自分の心配していた変な妖怪たちに出くわすことはまずない。
「どうしたの?」「ええ、まあちょっと定期を落としてしまって」。
こういう2、3のやり取りの後は、皆、大人しく百鬼夜行に勤しんでいる。

 

ああ、そうか。
自分は妖怪でありながら、不安という妖怪に蝕まれていたんだな。
妖怪の思考に、余裕が戻る。
緊急事態モードが、弛緩していく。

だが金輪際、こんな思いはこりごりだ。
定期入れに紐をつけて、首から提げておくことにしよう。

妖怪はもう、前を向いている。
未来を見ている。

 

そして、帰りがけにキャンドゥを襲うのだ。

 

 

 

 

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