ある会社に勤めていた頃、先輩の納品先に同行する機会があった。
先輩を助手席に乗せて、都内のビルまで運転をする。
その先輩は50代ではあったが、とにかく明るくてテンションが高い。

驚いたのは、先輩が休みの日に普段より早く起きると聞いたときだ。
そんな人いるんだ。快活すぎる。
先輩は「いやあ~休みの日はさあ、ワクワクしちゃってさあ、いつもより早く起きちゃうんだよねえ~」と言っていた。

私の性格とはほぼ間逆であったが、先輩の明るさには無理や押し付けがなく、好感が持てた。
天性の陽気さなのだ。

 

そんな道中に、車内のラジオで野球の話題が流れた。
日本ハムの大谷翔平選手が、オールスターの余興であるホームランダービーで優勝したらしい。
並み居る強打者を抑えて、投手として選手登録されている大谷選手が優勝したのは史上初の快挙とのことだった。

 

「へえ、大谷すごいですね」
何気ない感じで私から話題を振った。
「だって、この人、投げても10勝とかしちゃうんでしょ?
それが打っても一流なんだから、どうなってんだよって感じだよねえ~わはは」
先輩は朗らかに返してくれる。
「しかも、自分の考えをしっかり持っていて、インタビューなんかもちゃんとしてますよ」
私は、さらに大谷選手を持ち上げた。
すると先輩は意外な切り返しをしてきた。

「え~、それじゃ完璧じゃん。何か一個くらい変なところってないの?」

 

えっ?大谷の変なところ?
全く想定していなかった質問が飛んできて、私は言葉が詰まった。

「ね~え~、変なところだよ変なところ。
そんだけ完璧だったらさあ、一個くらいないとおかしいよお~」
先輩はさらに大谷の変なところを催促してくる。

 

変なところ。なんだろう。

・160kmで雑巾がけをする
・寮の奥で極楽鳥を飼ってる
・暖簾をくぐる動きで球場に入る
・「これが二刀流じゃい」って両手のおにぎりを交互に食べる

 

だめだ、先輩に言える温度の回答を思いつかない。
「何それ~」と戸惑われる未来が見える。
私は仕方なく
「ちょっと…聞いたことがないですね。本当に完璧なんじゃないですか」
と濁した。
先輩は、何もなかったように次の話題へ移った。

 

質問をうまく打ち返せなかった私は若干の悔いが残り、家に帰ってから大谷選手のwikiを調べた。
変なところ、何か、変なところはないか。
血眼になって変なところを探す私に、意外な一文が飛び込んできた。

 

「好物はクレープ」

 

ギャップまで完璧なのか。
私は観念して、ブラウザをそっと閉じた。

 

 

 

 

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