もしもニュースに目を通すだけの勤勉さが君たちに残されていたならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 これらの写真の男の顔を一度ならず目撃したはずである。

 

 

 

 

 

 

 

 彼はポング・ソヒル。

 

 某大国の大統領に就任して2年半になる人物である。

 民衆からの反発によってその地位を追われる為政者も多い中、この男はようやっとる方だった。

 生来兼ね備えた抜群のリーダーシップとカリスマ性で国をまとめ上げるその手腕に、国民からの支持も高い。

 

 

 

 

 しかし。

 

 彼の自信に満ちた表情の裏に隠された願望を見抜いた者は一人としていなかった。

 

 今夜、その秘密を読者にだけ明かそう。

 

 

 

 

 

 

 

 大統領はね、ドラゴンになりたかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第一章 昔の箱根

 

 遥か昔、まだ人々がケツにVAIOを入れていた頃……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──大統領ハウス

 

 

 

 

 定時を迎えて誰もいなくなった執務室。

 

 爆笑問題の宣材写真のような夕焼けが差し込む部屋にひとりたたずみながら、大統領は盛大にため息をついた。 

 

 

 

 

 ドラゴンになりてェ……

 

※横書きのセリフは英語で話されている設定です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラゴン。

 西洋に伝わる伝説の神獣。

 

 雲をつかむほどの巨体、山をも一呑みにする大きな口、背に翼を広げて空を駆ける神秘的な姿。そのすべてに幼い日の彼は心を奪われた。激しい憧憬、今もなお。

 

 大統領の心の傍らには常に理想とするドラゴンの姿があり、近づいては遠ざかる偉大な存在を無心に追いかけているうち、いつのまにかこのイスに座ることになってしまった。

 

 

 

 

 

 

 どうすれば。どうすれば一体、ドラゴンになれるのか?

 

 八十余年の人生の大半、そのことに頭を悩ませ続けた。その胸の内を他人に明かしたことは一度もない。

 

 

 いや、一度だけある。

 

 かつて外遊中にふらりと立ち寄った教会の懺悔室でこっそり打ち明けたことが。

 

 しかし神父からの返答はなかった。

 

 聖書の新版が刊行されるとかで、単行本作業のため不在だったのだ。

 

 以来、誰にも話していない。運命が、この俺に自力でドラゴンになることを望んでいる。そう悲観していた。そうとは限らないのにね。

 

 

 

 

 

 

 

 

「大統領、失礼します」

 

 ノックとともに部屋の向こうから声が聞こえ、続いて扉が開いた。

 大統領はあわてて急に平気になった。

 

 

 

 

 アフタヌーンおやつをお持ちしました

 

 声の主は彼の秘書であった。

 

 彼の手には黒いお盆が握りしめられている。握りすぎて端っこの方はくしゃくしゃに折れ曲がっていた。

 

 おお、もうそんな時間か。なげかわしい……

 

 大統領が手招きすると、まだ若いその秘書は緊張した面持ちで丁寧かつ慎重に畳のヘリだけを踏みつけながら近づき、お盆を机の上に置いた。

 

 焼き芋(バーニング・ポテツ)でございます、しかるべく……

 

 ヘェ……

 

 

 

 

 

 

 

 皿の上には大ぶりの焼き芋がひとつ、昔の俺(※)を思わせるように盛られていた。

 

 

 

 

 

 

 

※昔の俺

※黄色い方

 

 

 

 

 

 芋を前に目を輝かせる大統領。

 

 うまそうだ……。結局こういうのがいいんだよな。今の新参は昔の焼き芋を知らないから困る

 

 大統領はこういう時の言葉の使い方を知らなかった。

 

 

 

 

 

 なるほど。それでは私は失礼します。最後、電気とカギだけお願いしますね

 

 そう言い残してチョロQの終盤のごとく足早に立ち去る秘書を見送った後、大統領は改めて皿の上の芋に一瞥くれてやった。

 

 

 

 

 焼き芋。

 

 この素朴極まりない食べ物が大統領は好物だった。

 

 もちろん、その理由は焼き芋がドラゴンの体表そっくりだからだ。

 

 ゴツゴツとした陰影を浮かび上がらせる赤茶けた皮は、まるで火山に棲息するドラゴンの武骨な鱗を想起させる。

 

 もし5000トンの芋が街に落ちてきたら、みんなドラゴンと勘違いして大わらわだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 プッ、ウプププププレジデント……

 

 愚にもつかない空想を巡らせて思わず忍び笑いする大統領だったが、ふと終笑した。

 

 そして机の引き出しから大統領専用PHSを取り出すと忙しなくボタンをプッシュし、耳元へあてがう。

 

 

 

 

 あっ、もしもし!! 松屋かね?

 

 いつもごろチキカレーがお世話になっております。私は大統領だが、至急、焼き芋を!あらんかぎりの焼き芋をこちらに届けてくれ!!

 

 

 

 そう。

 大統領は、ある可能性に賭けることにした。

 

 ドラゴンと焼き芋は相似関係にある。

 

 ということは、大量の焼き芋を一度に体内に摂取すれば、おのずとドラゴンに変身できるのではないか?

 

 咆哮(ああ)、何十年も経ってから今更この可能性に辿り着くなんて。

 

 悔しさに身悶えしつつも、それでも生きている間にドラゴンになれるかもしれないという希望に大統領の胸は高鳴った。

 

 

 

 本来、松屋では焼き芋を取り扱わない。

 しかし、依頼人(に)が他でもない大統領であること、更に運のいいことに今がちょうどシュクメルリ定食の販売期間で芋のストックがふんだんに用意されていたことが功を奏した。

 

 かくして、大型犬の運動量に匹敵するほど大量の焼き芋が大統領の邸宅に届けられた。

 

 

 

 

 大統領の眼前には、なぎなたケースいっぱいに詰め込まれた芋・芋・芋の大直列。

 

 

  フフフ。壮観やな……

 

 

 

 

 

 

 彼はケースの底をトントン叩いてそのうちの一本を取り出すと、歳の割に豊満な胸を震わせながらかぶりついた。

 ガブッ!

 そして、嚙み砕く暇すら惜しいと言わんばかりに勢いよく飲み込む。ゴクゴク!

 喉が透明だから飲んでるのが丸見え!たまに生焼けの部分が詰まるけど、思いっきり吸って食べるそうです。スッポン!

 

 

 

 

 

「え、えらいこっちゃ……」

 

 この様子を偶然目にした守衛の東野圭吾の手によって、後にストローおじさんのコピペが執筆されたことは有名な話である。

 

 

 

 

 かくして数十本の焼き芋をたった2回の息継ぎで平らげた大統領。

 彼の体に異変が生じるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 う、うおおおお……

 

 体の奥底がにわかに熱を帯び、ボコめきたつ。

 額には粘性の汗が浮かび、深く刻まれた皺に次々と吸い込まれていく。その様子はさながら怒って職員室へ帰る担任の逆再生を思わせた。

 

 だとすれば。

 

 

 大統領の胸中に期待の感情が芽生え始める。この兆候、もしや……。

 

 

 

 

 吐燃息(ブレス)じゃないか!?

 

 

 

 ブレス。肛門

 それはドラゴンが持つ魔法能力の代表的存在であり、口から吐き出される灼熱の炎は対象を焼き尽くすまで何千年に渡って消えることはないとされている。

 もし俺がドラゴンの体に近づいているならば、ブレスを発現できたとてなんら不思議はないはずだ。

 

 でなければ!

 

 この、腹ン中で沸き立つ、燃えるような感覚に一体何と説明が付けられるというのか。

 

 

 

 生きた魚の目のごとく大統領の瞳はランランとした輝きを放つ。

 

 肉体からの衝動は刻一刻と抑えがきかなくなってきている。

 

 いける。

 

 

 俺が、この俺が、とうとうブレスを吐く時代、大統領ブレス吐きエイジの到来を万雷の拍手でもって迎え撃て!!いいな!?分かったら駆け足!!

 

 

 

 大統領は内なる声の赴くまま、みぞおちにありったけの力を込めて放った。

 

 

 

 くらええええええええええええええええ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 ブーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!

 

 

 

 そして、普通にめちゃくちゃ黄色い屁が出たのであった。

 

 

 

 

 

 


 

 

──同時刻、イェール大学。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……!

 

 

 

 

 

 

 

 


 

人気のない第2章

 

 

 

 数週間後。

 

 大統領の姿は本国にはなかった。

 

 俗に言う「黄色い屁事件(前編)」での出来事は彼の心に暗い影を落とした。

 

 暗澹たる気持ちの大統領、おいたわしや、しばらく有給を取って、遠く離れた極東の島国、日本へとはるばるやってきた。

 

 温泉にでも浸かって、傷ついた心を癒やそうと思い立ったのだ。

 

 硫黄の強い地はなるべく避けた。屁を連想させるからだ。あんがい繊細な人であった。

 

 

 

 

 

 兵庫県のとある山間に存在する秘湯にて、受付を済ませた大統領はフロントで借りた貸しタオルと貸しスタンガンを携えて露天風呂へ足を踏み入れた。

 

 

 

 

 目の前に広がる壮観な景色。

 

 湯殿の下の谷には渓流があり、瀬音に混じって虫の鳴く音がかすかに聞こえてくる。向こう岸は緑生い茂る森が広がり、その先に視線を伸ばせば峻厳たる山々がそびえている。

 

 

 来てよかった。大統領はいっぺんにそう思った。

 

 

 

 

 

 おっと。いつまでもfull-chinchinで突っ立っていては笑われるな。

 

 我に返った大統領は、湯煙がたなびく浴盤へと歩みを進めた。

 

 

 なにせ歳が歳なので、まず足先、次に頭、そして両手と、心臓から遠い順に体を湯に差し入れていく。

 

 

 とっぷりと全身浸かった後、琥珀色に煌めくお湯を両手の椀で掬い上げると口元へ運び、喉へ流し込む。

 医療用と同じ成分が体内を駆け抜けていく感覚に、身も心も融けていくようだ。

 

 

 

 しばし絶景を楽しんでいた大統領。

 

 

 

 しかしふと、遠くの山の頂上付近でなにか大きな塊が動く様子に気づき、神経を尖らせた。

 

 

 

 まさか……山菜泥棒か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大統領の顔に緊張の色が浮かび、スタンガンを握る手にも力が入る。

 

 

 いざとなったらこれで……!

 

 

 

 

 ところがよく目を凝らして観察すると、思い違いであったことを理解した。

 

 

 ~~~~~~!!

 

 謎の物体の正体に思い当たった大統領はドイツの国旗のごとく顔を紅潮させ、すぐさま浴槽から飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 そして愛機プレジデンタス2000に乗り込むと、山へ向かって一路、全速力で走りだした。

 

 

 


 

 

──兵庫県 鉢伏山、火口付近

 

 

 そこでは一匹のドラゴンが、のんびり羽を休めていた。

 

 彼は先日までドラゴン発祥の地、イギリスの本場であるヨーロッパへ旅行に出ており、およそ3か月ぶりに故郷である日本の土を踏んだ。

 

 

 

 

 

 長旅の疲れをじっくりと癒していた時、ふもとの方から一人の男性が息を切らしながらこちらへ登ってくる様子を視界に捉えた。

 

 

 

 

 まさか……猟友会か?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドラゴンの顔に緊張の色が浮かび、スタンガンを握る手にも力が入る。

 

 

 いざとなったらこれで……!

 

 

 しかしよく見ると様子がおかしい。

 

 

 

 猟友会にしては、あまりに出すぎているのだ、

 

 

 作家性が。

 

 

 

 訝しみつつも警戒を解いたドラゴンは、静かにスタンガンのスイッチを「リズム」へ切り替えた。

 

 

 やがてその男はドラゴンの足元まで辿り着いた。

 

 

 

 彼はしばらくの間、肩を上下させて乱れる息を整えていたが、

 

 

 やがてこちらを見上げたその顔にドラゴンは驚愕し、頓狂な声を上げる。

 

 

 

 

 

 

 ま、まさか……!!

 

 

 

 

 だ、大統領かアンタ!?

 

 いかにも。私は大統領その人である

 

 やっぱりそうか……昔ミライ☆モンスターに大統領のミライモンスターとして出演していたのを見たことあるから、もしやと思ったが……

 

 

 

 

 しかしまだ謎は解けない。

 

 一国の大統領がこんなくたびれた野良ドラゴンに一体何の用があるというのだ。

 

 

 

 

 その疑問には私からお答えしよう

 

 そう言うと大統領は顔を赤らめたままその場でモジモジ体をくねらせたり、ズボンで手汗をぬぐったり、受話器のコードを指に絡ませたりするばかりで一向に要件を切り出そうとしない。

 

 気持ちは分かる。

 

 だがここが正念場じゃないか。ドラゴンの方も一体何を聞かされるのかドキドキして先ほどからグルーミングの舌が止まらない。

 特に肛門の周辺は丹念に舐めている。パキシエルの味がするから俺は好きだ。

 

 

 

 そんな膠着状態が3時間ほど続いたのち、大統領はようやく意を決して口を開いた。

 

 実はワイ……、あんたみたいなドラゴンになりたいんや!!

 

 

 

 !!

 

 

 

 ド、ドラゴンになりたいと。そう申すか

 

 衝撃の告白に当惑を隠せないドラゴンは暫く目を伏せて押し黙っていたが、ゆっくりと身をかがめて、視線を大統領に合わせて語りだした。

 

 

 しかしな大統領。人間が、ドラゴンに変化するというのは実際不可能に近く……

 

 それでも!

 

 

 その言葉を遮り大統領は叫んだ。

 

 

 それでも、私はドラゴンになりたい!

他の何を捨てたってかまわない!本気だ。

憧れ焦がれたドラゴンが、目の前にいるこんなチャンスはまたとない!

それを捨てて生きる日々など、たとえ大統領という地位があってもアニソンの間奏のラップパートに過ぎない!

前例だ!あぜ道だ!ねぎまのインストゥルメンタルだ!!!

まだまだ寒い日が続きますが、お身体ご自愛ください!!!

 

 

 

 

 

 もはや自分でも何を喋っているのか分からないほど興奮しながら、大統領はドラゴンの巨木のような片脚に飛びついた。

 

 

 

 そして続けざまに、自身の体を鱗にこすりつけ始める。

 

 

 

 ドラゴンはたちまちに身を捩らせて、生娘のような嬌声を発した。

 

 

 

 アン

 だ、大統領、離れてくれ……!
 そこは吾輩の癖鱗(へきりん)、触られると大変弱いのだ……♥♥♥

 

 

 

 手をやるとそこはしとどに濡れそぼり、銀色の糸が引いていた。

 ↑すげえ!短歌になってねえ!!

 

 

 

 

 

 大統領の捨て身の覚悟をそのテクに見たドラゴンは、やれやれと頭を掻きながら向き直った。

 

 わかった。そなたの覚悟は真性のようだな

 え?ああ、うん……?

 

 なんかトクしちゃったかも!? 大統領はひそかに顔をほころばせた。

 

 しかし、ドラゴンになるためには不可欠な条件というものがある。分かるか?

 

 ……Reゼロのレムのフィギュア?

 違う

 

 ニャンコ先生のぬいぐるみ?

 違う

 

 セコイヤチョコレート16本!?

 

 違う!

 

 ゲーセンの景品で済ませようとする大統領の浅はかな考えを見透かしたように、ドラゴンは重々しい口調で否定した。

 

 もっと肝心なファクターだ

 

 まあ実際に見てもらった方が早いか、とドラゴンは巨体を大きく捻ると、尻を大統領の方へと突き出した。

 鎌倉の街並みのような肛門が眼前に迫り、その伝統が醸し出す雰囲気に大統領は圧倒される。

 

 続いて、地響きのような唸り声を上げて、ドラゴンは体を震わせ始めた。

 

 

 

 

 グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!

 

 

 😰

 

 目の前で繰り広げられる光景に呆気にとられ、大統領の表情は嫁の男友達に囲まれる加藤茶のごとく曇り始める。

 

 ところがその時。

 

 

 

 

 だ、大統領!皿!!!

 

 え?

 

 

 いまだ呆然と立ち尽くす大統領に対し、焦った様子でドラゴンは叫んだ。

 

 皿!そこに白い皿あるから、置いて!地面!はやく!!!

 

 わ、分かった

 

 

 

 

 

 紫の明朝体で「レンジ対応バーベキュー用平皿」とプリントされたその袋から素早く一枚を取り出すと、大統領は白い皿をドラゴンの尻の下に置いた。

 

 

 オウヨ!!

 

 

 

 大統領が皿を敷くやいなや、待ってましたとばかりに「チョモロロロロロロン」という音を立ててドラゴンの肛門から何かが飛び出し、皿の中央へ滑り落ちた。

 クレしんの場面転換の効果音によく似たその音は、僕たちに夏の到来を予感させた。

 

 

 

 ふう……

 

 

 

 

 

 皿の上でほかほかとユッゲを立てるドラゴンの大便はとてもまっすぐな一本糞だった。

 

 そのまま両端を延長すれば宇宙さえ東西に分けてしまうだろう見事な一本糞に、大統領は深く感じ入った。

 

 

 どうだ、拙糞(せっぷん)の出来栄えは

 

 す、すごい!あまりにまっすぐ過ぎて、我々の目にはもはやドクターグリップとの違いが分からない……!

 

アハ!ご明察。仲間内じゃ『ドクターグリップのゴイル』と呼ばれているよ

 

(クラッブとゴイルの下の名前と同じなんだ……)

 

 また一つ、ドラゴンの寂しさの理由を知れた大統領だった。

 

 

 

 

 

 さて、大統領

 

 出した糞を大王製紙で包みながら、ドラゴンは切り出した。

 

 次はおぬしの番だ

 

 

 私(し)?

 

 大統領が自身を親指で示すと、ドラゴンは頷いた。

 

 ああ。ドラゴンの糞というのはご覧のように常にまっすぐだ。それは糞の通り道であるドラゴンの体がまっすぐであることに起因している

 

 そして裏を返すなら、これは大統領には大変耳の痛いことかもしれぬが

 

 

 

 ずい、と首を大統領に寄せてドラゴンは囁いた。

 

 

 

 

 

 ドラゴンはな、決してV字型の糞を、出さぬのだ

 

 ……!

 

 衝撃の事実に言葉を失う大統領。

 

 人間は折に触れてV字型の糞を出しがちな種族であると私も聞いている

 

 だが、ドラゴンにおいてそんな甘えは許されない。

 

 我々ドラゴンは時々仲間内で出した糞を見せ合い、それが直線であることを確かめてお互いのドラゴリティを証明している

 

 

 まっすぐな糞はドラゴンたる所以なのだ

 

 つまり……私の出す糞がV字型でなければ、ドラゴンになれる可能性が?

 

 そういうこと(笑)

 

 ドラゴンは大統領に向かって皿を差し出して、言った。

 

 Show me your poop!

 

 大統領の果てなき挑戦が、まーた始まった。

 

 

 

 よし、いくぞ!!

 

 ズボンとSDGsバッジを脱ぎ捨てて一糸まとわぬ姿となった大統領は、しゃがんだ体勢で下腹部に力を込めた。

 

 

 大統領には自信があった。今朝はコメダでモーニングを食ってきたゆえ、便意も十分だったからだ。

(編集部注:筆者はコメダでモーニングを食べると必ず便意を催します。)

 

 

 

 んににににににに……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴクリ……

 

 

 

 運命の瞬間はすぐそこまで迫っている。固唾をのんで見守る読者たち。

 

 

 

 ──ポトッ、ポトッ。

 

 

 掲題の音を立てて、皿の上に物体が転がり落ちた。

 

 

 

 (2回……?ははん、さては描いたな?=(イコール)を……)

 

 

 思わぬ落糞音に胸を躍らせ、ドラゴンは皿の上に視線を落とす。

 

 

 

 しかし、その物体を目の当たりにした瞬間、彼は言葉を失った。

 

 

 

 

 

 だ、大統領……!おまっ、これ……、これ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女」じゃねェか……!!

 

 

 

 

 

 お、おんなァ!?

 

 そんなバカな。信じられないと、大統領は首を下げて股の間から皿を覗き込んだ。

 

 そして、そこに鎮座する糞の姿を目の当たりにして叫ぶ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 女じゃねェか!!!

 そうだよ

 

 

 ……。

 

 愕然の表情を浮かべたまま放心する大統領を前に、ドラゴンは言いにくそうに声をかけた。

 

 悪いけど、これは無理だよ。Vの字が1つどころか2つもあって、あまつさえその2つが折り重なって「女」を描いてるんだもん

 

 ……。

 

 もう、終わったんだな。これで。

 

 

 

 大統領の目から溢れた大粒の涙は糞の左上に着地し、「女」を「氷」に変えた。

 

 


 

──それから2日後。

 

 

 

 

 

 一匹と一人は、先日と同じく火山の頂上で再び対峙していた。

 

 今度は信じていいんだな

 

 

 ドラゴンの静かな問いかけに、大統領は黙って膝を曲げ、尻を地面に向けた。本来ビジネスなどの場においては失礼に当たる行為である。

 

 

 白い皿の上で八索の下半分と同じ姿勢を取る大統領。

 はたから見れば気合十分といったところか。

 

 

 自信を鼓舞するかの如く深呼吸を繰り返す大統領の脳裏には、数日前の出来事がありありと思い出されていた。

 

 

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─────
─────2日前。

 

 

 

 びえええええええええん!!

 

 ……。

 

 「女」の形の糞を放出してしまい泣きじゃくる大統領を前に、ドラゴンは哀れみを禁じえなかった。

 

 この不幸な男をどうにか救ってやりたいと思ったし、そんな感情を抱いたのは、パン屋でトレーもトングも持たずに店内を徘徊するジジイを見かけたとき以来だった。

 

 

 

 まあそんなに悲観するな。まだ希望はある

 

 

 その言葉に、大統領は出かかった涙をズズッと目頭に吸い上げて顔を上げた。

 

 

 ほ、ほんと?

 

 

 

 ああ。ところで大統領は、しゃぶしゃぶはいけるクチか?

 

 まあ、たしなむ程度には……

 

 たしなむ程度じゃ困る。今すぐ、しゃぶしゃぶを食いまくってこい

 

 どういうことなんだぜ?

 

 突拍子もない提案に、霊夢の逆位置と同じセリフが思わず口をついて出た。

 

 ドラゴンが肉食なのは言うまでもない

 

 すなわち肉を食いまくる存在はもはやドラゴンと同義であるということだ

 

 そうか……!

 

 そうか?

 

 

 

 

 といっても分厚いステーキ肉なんかは顎が疲れて量は食えない

 

 

 その点、しゃぶしゃぶなら肉のMP3みたいなもんだからいくらでも入る。これが現状、ドラゴンへのベストプラクティスと言えよう……

 

 

 

 ドラゴンが言い終わるか言い終わらないかのうちに大統領はその場を離れ、走り出していた。

 

 

 目指すはしゃぶしゃぶ界の食べ放題レストラン、しゃぶ葉――。

 

 


 

 

──しゃぶ葉

 

 

 カランコロンカラン……。

 

 

 

 勢いよくドアを開けてしゃぶ葉の店内へ転がり込んだ大統領は目の前のカウンター席に腰を下ろすと、すぐさま店員を呼びつけた。

 

 

 

 

 

 微笑を浮かべながら注文を取る店員に、迷わず答える大統領。

 

 

 off course……。豚バラコースだ

 

 それを聞いた瞬間、店員の表情がわずかに硬直する。

 

 

 (なっ……!3皿限定コースと思いきやそれを遥かに凌駕する豚バラコースを!?ドリンクバーを付着させれば2000円超えは免れない運命……、それでもやるというのね!やっぱり大統領ってスゲエわ。これはアッチ(お会計)の方も期待できそうね♪)

 

 

 

 

 

 フフ……。ポン酢に柚子胡椒付けるのも忘れてくれるなよ

 

 

 

 

 はい

 

 

 

 

 

 

 

 数分後。

 

 テーブルの上に所狭しと並べられた剣(しゃぶしゃぶ)と盾(鍋)を前にして大統領の心は一層奮い立つ。

 

 

 

 

 やってやる……!牛を一匹残らず絶滅させてやるんだからな!!

 

 もはや彼の脳裏からは、注文したのが豚バラコースであることも消え失せていた。

 

 

 

 

 

 

――サッ!!

 

 

 

――プシュ!!

 

 

 

――ズオオッ!!

 

 

 

 「食う」というよりもはや「Undo」と表現した方が正しいほどの激しさで、大統領は目の前の肉を次々にむさぼる。

 

 鍋に肉を突っ込んで2~3往復させてはポン酢に浸して口に運び、碌に咀嚼もしないうちから次の肉に箸を伸ばす。

 

 大統領の勢いは衰えることを知らず、鍋の底に沈んだ欠片のような肉や野菜まで目ざとく掬いあげては喉へ押し込み、挙句の果てに棒に付着したカリカリの部分まで残さず平らげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フーっ……、食った食った

 

 

 やがて卓上はからっぽの皿やトレーで占められ、大統領は満足げな表情を浮かべながらシーシーした。

 

 

 

 これだけ食えばもうドラゴンは目前だろう

 

 

 大統領の座る席から少し離れた位置では、一人の店員が黒革の手帳に彼の名を書き込んでいる。

 どうやら少々やりすぎてしまったようだ。

 しかしその様子もかえって大統領の心を勇気づけた。

 

 

 

 

 

 

 さて、悲しき大統領はそろそろおあいそしますかね……

 

 

 左胸の名札の裏から硬貨を取り出しながら立ち上がった大統領だが、ふとあるものが視界の端に移り、動きを止めた。

 

 

 

 

 

 

 

 あ、あれは……!!

 

 

 そして、震える声でつぶやく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この店……、ワッフルもあるのか……!!

 

 

 

 

 しゃぶ葉が肉よりもむしろワッフルを食わせる店であることを、大統領は浅学にして知らなかった。

 

 「しゃぶ」と冠されているのだからしゃぶしゃぶを食べる店に決まっているだろうという強固な固定観念に縛られていた彼の価値観は粉々に打ち砕かれ、そして眼前に新たな大地が広がった。

 

 

 ワッフルと聞いちゃ黙っていられない。

肉はもう入らないがワッフルに関しちゃ別腹。

君たちにとってのわかめご飯のようなものだ。まだまだ入るぞ!!

 

 

 

 彼は猛然とワッフルコーナーへと一目散に駆けだした。

 

 

 

 

 ワハハハハ!!プレジデントの「W」だ!

 

※本当は「P」を描くつもりだったが、ホイップクリームの口が2Wayになっていたせいで初手から詰んでしまい、Wということにした。

 

 

 

 

 

 

 う~ん、うまい。私の故郷ではこれは大変なごちそうでしてな

 

 

 彼が恍惚とした表情を浮かべながらワッフルを堪能する模様は、結局一晩中にわたってFC2動画の総合ランキングから消えることはなかった。

 

 

 

 


 

 ――ということがあったのさ

 そっか

 

 

 

 ドラゴンは納得した様子で頷いた。

 

 

 今宵の大統領は一味違う。絶対にVの字以外の糞を出してみせるぞ!

 

 

 

 

 

 決意を新たに、大統領は再び下腹部に力を込めた。緊張の一瞬。

 

 

 

 ムリムリ……。

 

 

 やがて彼の尻からイントロが顔をのぞかせる。

 

 もう少しだ。

 

 大統領は折れてない方の腕で自身の腹に「の」の字を描く。

 

 勝利のおまじないである。

 

 

 

 

 そして、ラストスパートと言わんばかりに怒号と排泄物が肛門から飛び出す!

 

 

 

 

 

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!

 

 

 

 

 モリモリモリモリモリ……!!!

 

 

 

 かくして、平皿の上で産声を上げた糞塊(ぷんくれ)。

 

 

 

 

 

 ドラゴンは緊張した面持ちで静かに皿の上を覗き込み、そして叫んだ。

 

 

 

 

 

 だ、大統領……!!あんた、ついにやってくれたな……!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男じゃねェか!!!

 

 

 

 

 

 

【解説】

 しゃぶ葉で調子に乗ってワッフルを食べすぎてしまった大統領。

 ゆえに排泄物もワッフルと同じ格子状の形状となってしまい、最終的に力(Power)と合わさることで「男」の形となって排出された。

 これはしゃぶ葉の初心者ほど陥りがちな罠であるため、消費者センターが注意を呼びかけている。

 

 

 


 

 

 ──1年後。

 

 

 薄明の空を、両翼をはばたかせて優雅に飛び回る一匹の竜の姿があった。

 

 

 しかし。

 

 ……。

 

 それを目撃したのは、イェール大学の准教授ひとりを除き誰もいなかったという。