俺の名前は噛吉(かみきち)!カマスの町で暮らすしがないプータローさ!

 

いつも空を見上げては時折歌を歌ってみたりしてるんだ!

 

とはいえプータローってのもそう楽なもんじゃないんだ。なんたって今の世の中じゃあ何か仕事をして誰かの役に立たなきゃ生きていけないからね

だから、俺も時々仕事をしてるのさ!

 

「おーい!噛吉ー!助けておくれよー!」

「どうしたんだい?」

 

「このステーキが硬くて噛めないんだ!うちはカミさんが病弱だし、娘だってまだ幼いのに…だから助けてくれ噛吉!…噛み屋の噛吉!!

「お安い御用さ!」

 

そう!俺の仕事は噛み屋!

 

町のみんなの困りごとを俺の噛(ギョウ)で解決するんだ!

 

捨て子だった俺を、この町のみんなは温かく育ててくれた!

 

俺にできるのは噛むことだけ!これが俺の恩返しってわけ!

 

 

 

「ありがとう…本当にありがとう!噛吉ィ!!」

「良いんだよ!俺には噛むことくらいしかできないからね!また困ったことがあったらいつでも言いなよ!さあ、町へ帰ろう!」

 

 

 

ガヤガヤ…

 

「おや?なんだか騒がしいぞ。みんな集まってどうしたんだい?」

「おお、噛吉か」

 

「こちらの旅のお方が妙なものを持ってきてな。なんでもこれを噛める者を探して旅をしておるそうじゃ」

 

「こいつは…一体何だい?」

「私の名は咀嚼、それの名は“チアシード”という。我が里に伝わる宝であり、それを噛みし者現れる時里に永劫の繁栄が訪れるとされているのだ」

「そいつはすごい宝だね!」

「ところが、これまでチアシードに挑んで噛むことのできた者は我が里には一人もいない」

 

「…噛吉よ。お主はチアシードを噛めるか?」

「おっちゃん、なんで俺の名前を?」

「……」

「な、なんだかよくわかんねえけど、噛吉、お前さんならきっとできるよ!」

「そうだよ!この町に噛吉の噛めない物なんて無いんだ!」

「みんな…」

 

「俺、やってみるよ!」

 

 

 

噛吉には生まれ持った才があった。それはまさしく天賦の才であり、噛吉にはおよそ常人には意識することさえ困難な世界が見えている。噛吉には、捉えた物体や事象に対する正確な噛のイメージを肌感で捉えるだけのセンスがあった。

タイミング、回数、力加減、唾液濃度など、多くの要素や条件が複合し揃った時、はじめて噛は成立する。噛を専門に行う者は本来、噛に必要な要素や対象事物の構造と最適なアプローチ法を学び、噛の成立に必要な技能習得のため、文字通り血反吐を吐きながら長く苦しい鍛錬に励む。それでも専門の噛技能士になれるのはほんの一握りであるが、噛吉のセンスと噛み屋の経験が彼を専門技能士レベルへと押し上げていた

 

 

 

「とはいえ、このチアシードってやつ…」

 

「向かい合って初めてわかる。このチアシードには噛むための隙が全くない…!」

 

「だが口に入れてしまえば!」

 

「な、なんだ!?このチアシード、プルプルした膜のせいで口の中を滑って狙いが定まらない!こんなのは初めてだ!」

 

噛吉はこれまでの経験を思い起こしていた

 

「思えば、なんでも噛んで解決してきた。どれだけ硬い食材も朝飯前、2丁目の浜さんの夫婦喧嘩だって俺が一噛みすれば仲直り。これまで俺の噛で解決できないことなんて無かった」

 

「それなのに…このチアシードには俺の噛が一切通用しない…!」

 

噛吉はこの瞬間、人生で初めての挫折を味わった

 

「噛めない…俺にはチアシードが噛めない…」

「そんな、噛吉に噛めない物があるなんて…」

「チクショウ…チクショウ……!」

 

「……」

 

 

 

1週間後、噛吉への噛の依頼数は大きく減少していた。「噛めない物がある」そのたった一度の失敗は噛吉への信頼を損ねるに十分過ぎた

 

「あーあ、本当にプータローになっちまったな…」

 

ザッ…ザッ…

 

「噛吉よ…」

「あんた、こないだのおっさん…」

 

「俺を笑いに来たのかよ!」

「噛吉、お前がこの町で一番の使い手なのは確かなようだ。だがお前の噛では勝てない」

 

「チアシードはおろか、この私にもな」

「なんだと!?ぬかしてんじゃあないぜおっさん!」

 

10分後──

 

「はぁ…はぁ…どうして勝てないんだ!」

「噛吉、たしかにお前の噛は天才的だ。パワー、スピード、センス…どれを取っても私のそれより数倍は上だ。ここまでのものとは…正直言って驚いたぞ」

「ならどうして勝てないんだ!おかしいじゃないか!」

「噛吉よ、お前はまだ噛を完全に理解しているわけではない。私とお前の決定的な差、それは噛への理解だ」

「理解…だと?」

「どれだけ恵まれた能力があろうと、噛を理解していなければその能力を完全に発揮することはできない。逆に…」

 

「真なる噛を理解すれば、その力は数十倍以上にまで膨れ上がる!」

(すごい…!おっさんの噛気に圧倒されて、立ってるのもやっとだ…!)

 

(これが…噛を理解するということ…!)

 

「おっさん、噛を理解するにはどうしたらいい!?」

「真なる噛の理解、その道は険しいぞ。命を落とす者も多い。お前にその覚悟があるのか?」

「ああ、俺には噛むことしかできない!噛めないってのは死んでるのと同じなんだよ!」

(決意を宿した瞳、彼を思い出すな…)

 

「…良いだろう。案内しよう、噛人の里へ

「噛人の里?」

「かつて噛を極めんとする者たちが集い、その子孫たちが暮らす隠れ里だ。私はそこから来た」

「もしかして、おっさんみたいなすげえ噛の使い手がゴロゴロいるのか?」

「そうだ」

「そんなすげえ奴らが…」

「しかしチアシードを噛めた者はまだ誰もいない…」

 

(だが噛吉、お前ならあるいは…!)

 

こうして、謎の男・咀嚼に連れられ、噛人の里に向かうことになった噛吉。果たして真なる噛の理解を体得し、チアシードを噛むことができるのだろうか…!

 

 

 

5日後──

 

 

 

「着いたぞ、ここが噛人の里だ」

「ここが…」

 

(穏やかな里のはずなのに…まるで里全体が噛気を発しているようだ…澄んでいるがそれでいて、激しい噛気…!)

 

 

 

「それにしても、里への移動は噛のみでって言われた時はどうしたもんかと思ったけど、できるもんだな!」

「こちらこそお前を置いていくつもりで噛走していたつもりだが、まさか付いて来れるとはな」

「せっかく強くなれるってんだ。こんなところで置いてかれるわけにはいかないからね!」

「だがここは噛人の里。ここに暮らす者はその生活の全てを噛でまかなうのだ」

(里中にほとばしる噛気はそれが理由か…)

 

ガブッ!

 

「痛って!」

「キャッキャ…」

「この里の子どもたちだ。まだ噛を制御しきれていないため、目につくものすべて噛もうとする」

「これまで俺は噛んだことはあったけど、噛まれたことはなかった…」

 

(噛まれるってことは、痛いってことなんだ…)

「さあ、長老の元へ行くぞ」

 

 

長老宅にて

 

「咀嚼よ、チアシードを噛める者は見つけられたか?」

「長老、やはりチアシードを噛める者は外界にはおらぬようです」

「ふむ、そうか…ところで、そちらの者は?」

「噛吉、カマスの町の青年でなかなかの噛の使い手です。少々荒削りですが、磨けばあるいは…しばらく里に滞在しての修行をお許しください」

「よ、よろしくお願いします!」

「ふむ、里に滞在することを許可しよう。噛吉よ、咀嚼の元で鍛錬に励むと良い」

「そのような者の出る幕はありません!」

 

「おお、噛威(かむい)か。鍛錬より戻っておったのか」

「チアシードは僕が必ず噛んでみせます!外界の者になど頼ることはありません!」

「なんだよあんた、ずいぶん感じ悪いじゃないか」

「ふん!」

 

スタスタスタ…

 

「噛吉よ、すまない。あれはわしの孫でな」

「長老さんが謝ることは無いって!でも、ちょっとムカついちゃうな」

「だが腕は里随一だ。里始まって以来の神童と謳われている。おそらく今この里で噛威を上回る噛の使い手はおらぬのではないか…」

「よし!ちょっと挑戦してくるよ!」

 

タッタッタッタ…

 

「あ、おい噛吉!」

 

 

 

「とは言ったもののあの噛威とかいうやつ、どこにいんのかな…」

 

「コォー…」

「あ、いた!噛威と…」

 

「わらびもち?何をやろうってんだ…」

 

「!」

 

パクッ

 

フオーーー…

 

「な!?」

 

ファアアア…

 

「なんて速さと精密な噛だ!口に含んだ大豆が一瞬できなこに!!

 

「それにあのサラサラ具合…唾液が付着していない!!」

「…ふう」

「すげえよ!!」

「!?」

「噛威、お前すげえ奴だったんだな!」

「君か。悪いが僕は鍛錬の最中だ、外界の者に構っている暇は無い…」

 

「俺と勝負してくれ!」

「何を言ってるんだ。なぜ僕が君なんかと」

「俺は強くならなくちゃいけない!俺には噛むことしかできないんだ!」

「君の都合なんて僕には関係ない」

「いいや!俺はチアシードを噛んでカマスのみんなに恩返しするんだ!」

「君なんかにチアシードが噛めるわけがない!!」

「!」

「チアシードを噛むのは僕だ…!僕こそがチアシードを噛んでこの里に永劫の繁栄をもたらすんだ!!」

 

(噛気が膨れ上がった…!こいつ、本当にすげえ…!!)

「かかってこい…僕が勝ったら里から出て行ってくれ!」

 

6時間後──

 

「はぁ…はぁ…くっそー、これで200連敗…」

「理解に苦しむな。なぜ勝てないとわかっていて挑む」

「俺は、これまで噛んで解決できないことなんてなかったんだ。それがチアシードとかいうわけのわかんねえもんに出会ってから全部変わった。俺なんて大したことないって気付いたんだ…外の世界には俺よりすげえ噛の使い手がたくさんいる。でも俺はそいつらを超えなきゃならねえ。噛み屋としてな!」

(どうしてだ…この男を見ていると妙にイラつく…)

 

「それによ…あとちょっとで何か掴めそうなんだ…」

(この男…僕との勝負の中でみるみる噛気が上がっている…!)

「行くぜ!」

「!?」

「…!俺の勝ちだ!!」

「今の不意打ち…!卑怯だぞ!」

「へっ!お高く留まってるから油断してやられるんだよ!」

「くっ…許さん!!」

「!?これまでに感じたことのないほど強大な噛気!」

 

「絶対に許さんぞ!噛吉ィー!!」

「やめろ!噛威!」

「咀嚼のおっさん!」

「咀嚼さん…止めないでください…僕はこの男を…!」

「噛で殺すというのか」

「!?」

「噛威、噛は人々に幸福をもたらすもの。それはお前の母上がお前に伝えたことではないか」

「なら!なぜ母様は死ななくてはならなかったのですか!」

「噛威…お前…」

「母様を亡くして、僕には噛しか残らなかった…」

「噛威…」

「僕には…噛しかないんだ…チアシードを噛んで、里に繁栄をもたらすことでしか、僕の存在する意義はないんだ…僕じゃなきゃ、母様が望んだ幸せな生活は作れないんだ…!」

 

「お前、バカかよ!」

「!?君に何がわかる!」

「わかんねえよ!わかんねえけど、お前の母ちゃんはそんなことお前に望んじゃいねえよ!」

(こいつ…!ここにきてさらに噛気が膨れ上がって…!)

 

「俺もそうだ…俺には噛むことしかできないって思ってた…けど違う!俺を支えてくれるすべてが、俺を作ってくれた!!」

「!?」

「噛吉、まさか真なる噛の理解を…!」

「俺は…噛と共に生きる!噛にすべてを任せるんじゃない!みんなのために、そして俺自身のために、噛を使いこなしてみせる!」

 

「…ッ!?」

 

バタッ

 

「この男、気を失ったというのか…」

「これだけの噛気だ。修行も積んでいない身で耐えられるものではない…」

「咀嚼さん…僕は…」

 

「噛威よ、お前も強くなるのだ。噛吉とどちらがチアシードを噛むか、私も見てみたくなった!」

 

 

 

それから、なんやかんやあった!

なんやかんやあって3か月が経った!

なんやかんやという間に噛吉と噛威は驚異的な成長を遂げ、

ついに噛吉がチアシードに挑む時がきた!!

 

 

 

「なんやかんやあったな…」

「噛吉…僕は君に負けた。だが必ず追いついてみせる!…負けるんじゃないぞ」

「噛威、咀嚼のおっさん、カマスの町のみんな…」

 

 

 

「俺は…勝つぞ!」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 

「チアシード、これが真の姿か…」

「噛吉の噛気に触れ、チアシードが真の姿へと変化した!?」

「ドリンク状になり、より噛が通りにくいってわけだ…」

「わかっておるではないか。人の身で我を噛もうとする者よ、そのすべてを我にぶつけよ!!」

「行くぜ!!」

「ドリンク形態の我は口の中でより滑りやすくなる…」

「たしかに…油断してるとついそのまま飲み込んでしまいそうなほどプルプル…」

「我をそのまま飲み込んでは人の身では消化しきれん。よく噛むのだ、噛めるものならな!」

 

ズオォ!!

 

「!?」

 

「クッ…チアシードが放つ反噛気!こっちの噛気のガードを突き抜けてきやがる…!」

 

「だが!今日こそ俺はチアシード、お前を噛む!」

 

プルプルプルプルプルプルプルプル…………

 

「チアシードのプルプルバリアを的確に削る噛、それを1秒間に何十…いや、何百という数正確に叩きこんでいる!」

「…あの日お前に出会えた運命に、私は感謝している」

「俺には…」

「噛吉!」

「俺には!!」

 

「いっけー!!!」

 

「噛むことしかできない!!」

 

 

 

パリーン!

 

「ふ…見事だ…我はお前たちと共に生きよう…」

 

その日、チアシードの中に満ちるオメガ3が里全体に降り注いだ…

それは里に満ち、大気に溶け込み、里に暮らす者たちの体内に吸収された…

それ以来、里の大気比率は窒素(約73%)酸素(約19%)オメガ3(約8%)に変化した…

 

 

 

「町へ帰るのか、噛吉」

「ああ、やっぱり俺を育ててくれたあの町が、俺の居場所だから…」

「実はお前の両親はこの里の出身であり、お前を噛しかないこの里のしがらみにとらわれることなく自由に生きていくため外界に逃がそうとしたが赤子だったお前はその道中で命を落とした両親のことを知らずにカマスの町で暮らしていたが里を離れていても成長とともに噛を会得した。皮肉なものだが噛から引き離そうとした結果、真なる噛の理解のその先へと進むことができたのだな。お前の両親も複雑な心境だろうが、今のお前の姿を見れば納得もできよう」

「しかも僕たちは兄弟だったなんてな…」

「いまさらそんなこと言われてもどう接していいかわかんないよな!」

「だが噛吉、僕は一人の男として君にふたたび挑戦したいと思う!」

「ああ、俺たちはやっぱこれだよな!」

 

俺は町でまた噛み屋を再開しようと思う。みんなのために噛むことが俺の生きがい…

 

「やっぱ俺には噛むことしかできないね!」