雨穴:儀式の正体が分かったって、本当ですか!?
栗原:画像を送りますね。
栗原:阿波国風儀貫伝書(あわのくに ふうぎ かんでんしょ)……古い民間伝承を集めた本です。この中に、あの映像に似ている儀式が載っていたんです。
雨穴:おお……
栗原:嵓蜾(がんら)といって、室町時代から、四国の一部の農村で行われていた儀式だそうです。
この儀式、全部で四つの手順があるんですが、面白いのはですね、それを部屋の四隅で行うらしいんですよ。
栗原:まず、四角い部屋の四つの角のうち、いずれか一つを選ぶ。
栗原:ここで最初の手順を行うんです。
~手順1~
蝋燭を二本立て、麻と土で作った人形を板に縛り付ける。
人形に、儀式を行う者の血を酒で薄めた液体をかける。
手順1を終えたら、次はその左隣の角で手順2を行う。
~手順2~
蝋燭を立て、人形を縛っている縄を切る。
手順3は、そのまた左隣の角で行う。
~手順3~
蝋燭を三本立て、皿の上に石を盛る。
その上に人形を載せる。このとき、人形の帯の中に、ひときわ大きい石をひとつ入れる。
そして、人形に酒をかける。
手順4は、残された最後の角で行う。
~手順4~
蝋燭を消し、部屋を真っ暗にしたあとで人形を手に持ち
「ひめさま ひめさま まだらくに おはせませ」と三回唱える。
栗原:これで、四点に囲まれた場所に呪いがかかり、以降、その部屋では不幸なことが起きる、というものだそうです。
雨穴:うーん……たしかに、あの映像にそっくりですね。
栗原:おそらく犯人は、4つの手順を別々のビデオテープに記録し、それを八原家に隠すことで、嵓蜾を疑似的に再現しようとしたんでしょう。
雨穴:なるほど……。ん?でも、今見つかってるテープは3本ですから……
栗原:そう。たぶん、テープはもう1本あるんです。
栗原:今ある3本のテープは、手順1~3を記録したものでしょう。つまり、八原家にはまだ、手順4を記録した「4本目のテープ」が隠されているはずです。
雨穴:そうか……。
栗原:これは大きな手がかりになりますよ。なぜなら手順4には……
栗原:「呪文を唱える」という項目がある。
雨穴:あ……じゃあ、そのテープには……犯人の声が……。どうします?今から八原さんに電話をかけて、探してもらいましょうか?
栗原:いえ、その必要はありません。隠し場所はもう分かっています。
雨穴:え?
栗原:先日、八原宅の間取り図を送ってもらいましたよね。あれを見れば、一目瞭然ですよ。
本当の狙い
雨穴:間取り図でわかる、ってどういうことですか?
栗原:まず、今ある3本のテープの隠し場所を確認していきましょう。最初に見つかったテープですが……
栗原:「私の部屋の押し入れ」……間取り図でいうなら…
栗原:二階にある久美子さんの部屋の押し入れということです。さらに……
栗原:写真を見れば、より詳しい位置がわかります。押し入れ、向かって左端。扉のちょうど上あたり。
雨穴:えーと……ここか。
栗原:おおよその場所は特定できますよね。他2本のテープも同じように……
栗原:「私の部屋」からベランダに出る扉は一つしかありません。
栗原:咲江さんの部屋の障子の左はし。簡単です。
これで合ってるとは思いますが、一応あとで八原さんに確認しておいてください。
雨穴:はい……。
栗原:で、雨穴さん。この3点を見て何か気づきませんか?
雨穴:……あ!
雨穴:もしかして……あと一点あれば……
雨穴:きれいな四角になる。
栗原:そうです。つまり、その四点目が最後のテープの隠し場所です。
雨穴:そうか……。犯人はテープで四角形を描こうと……。
栗原:これで一つ、重要なことが分かりましたね。
犯人が呪いたかったのは八原家全体ではなく、その中の一か所。
栗原:久美子さんと誠一さんの部屋なんです。
雨穴:なるほど……あ、そういえば……この部屋……
栗原:どうかしました?
雨穴:誠一さんが亡くなった部屋です……。もしかして、本当に呪いのせいで…
栗原:いえ、そうするとおかしいです。
雨穴:え?
栗原:誠一さんの母親・咲江さんは、階段から転落したんですよね。
雨穴:はい。
栗原:長男の修斗君が怪我をしたのは?
雨穴:一階のリビングです。
栗原:どちらも、呪われた部屋とは無関係な場所です。
雨穴:ああ……。
栗原:つまり、八原家で連続して起きた不幸は、呪いの効力なんかではない。
もっと、恐ろしい「何か」があるということです。
雨穴:……
栗原:ところで雨穴さん、誠一さんの死因はなんでしたっけ?
雨穴:ええと…突然死…としか。
栗原:どうして久美子さんはそんなざっくりした言い方をしたんでしょうか。
ぽっくりなのか、急性疾患なのか。もっといえば脳か、心臓か、血管か…。もっと詳しく教えてくれてもいいと思うんですけどね。
雨穴:栗原さん…
栗原:そもそも、家族の中で久美子さんだけ不幸を免れた、というのは果たして偶然でしょうか?
雨穴:久美子さんを疑ってるんですか?
栗原:いや、ちょっと気になっただけです。でも、今度八原さんと話すとき、誠一さんの詳しい死の状況について聞いておいてください。
雨穴:……わかりました。
ーーー久美子さんが犯人であるはずがない。それなら、わざわざ私に相談してくるはずがない。
そんなことより、四本目のテープだ。
そこには、おそらく犯人の声が入っている。これですべて解決だ。私は、すぐに八原さんに電話をかけた。
疑問
雨穴:お世話になっております。雨穴です。
八原:雨穴さん……何か……わかりましたか……?
ーーー私は、儀式のこと、犯人の狙いが誠一さんの部屋であること、四本目のテープの隠し場所などについて話した。栗原さんが彼女を怪しんでいることは、当然ながら伏せた。
話の最中、八原さんはあることが気になったようだった。
八原:すみません……。その……儀式が載っている本の名前、もう一度よろしいですか?
雨穴:はい。「阿波国風儀貫伝書(あわのくに ふうぎ かんでんしょ)」です。
八原:阿波国……って、たしか……徳島県ですよね。
雨穴:え?……あ、そういえば……
八原:主人と……そして、中田明人さんの出身地です。やっぱり……中田さんが……
雨穴:八原さん……中田さんの声、覚えていますか?四本目のテープが見つかれば、犯人の声が分かります。
八原:はい……!では、今から探してみます。少々お待ちください。
ーーー保留音を聞きながら頭を整理する。
・中田明人は、八原一家に家を売った。
・売買契約のあと、中田は誠一さんを恨むようになる。
・家を引き渡す前、中田は誠一さんの部屋に呪いのテープを仕掛けた。
・それは、中田の出身地である、徳島県に古くから伝わる儀式だった。
ーーーしかし、どうして中田明人は、「あの部屋」が誠一さんの部屋として使われることを知っていたのか。
その疑問に行き着いたとき、「ぶつ」と保留音が途切れた。
八原:あの、雨穴さん…………無いんです。テープ。
雨穴:え!?
八原:言われたところと、その周辺も探しましたが……どこにも。
雨穴:おかしいですね。
八原:もしかして……壁の内側……とか
雨穴:うーん……。
八原:とりあえず、もう一度、本腰いれて探してみます。いったん、お電話切りますね。
雨穴:あ…はい。それでは、また何かありましたら。
疑惑
あの場所にないとしたら…他にどこがある。
三本のテープの隠し場所から、犯人が「四角形を作る」ことを意識しているのは明白だ。それなら、四本目の隠し場所は一つしか考えられない。
……いや、はたしてそうだろうか。何かがひっかかる。奇妙な違和感……。
犯人の狙いは本当にこの部屋なのか……。
しかし、事実として、この部屋で誠一さんは亡くなった……。
そのとき、ふと思い出した。
栗原さんから頼まれていた、誠一さんの詳しい死因について、八原さんに聞くのを忘れていたのだ。
栗原さんのしつこい性格からして「忘れました」では許してくれないだろう。
私は、ふたたび八原家に電話をかけた。
嘘
「はい、八原でございます。」
電話に出たのは久美子さんではなかった。少し年老いた、しかし朗らかな声。
一瞬戸惑ったものの、すぐに八原さんの義理の母親・咲江さんであることがわかった。
雨穴:すみません。雨穴という者ですが、久美子さんはいらっしゃいますか?
咲江:久美子さんなら、今二階で探し物しておりますけど……もしかしてウケツさんって、ビデオテープのこと調べていただいてる方?
雨穴:あ、はい。そうです。
咲江:どうも、お世話様です。わたくし八原咲江と申します。
雨穴:はじめまして。お話は久美子さんから聞いております。
咲江:ところで、どう?あのこと、解決しそう?
雨穴:ええと…色々わかってきてはいるんですが、なかなか真相までたどり着けなくて。
咲江:そう…あんなことがあったら気味が悪くてね。私に協力できることがあったら、何でも言ってちょうだい。
雨穴:ありがとうございます。
ーーー咲江さん……誠一さんの母親。彼女なら、誠一さんについて、より詳しいことを知っているかもしれない。
雨穴:ええと…一つお聞きしてもいいですか?
咲江:どうぞ。
雨穴:息子さんの……誠一さんって、どんな方だったんでしょうか。
咲江:…………はぁ
ーーーそれまで明るかった咲江さんが、急に沈んだように息を吐いた。しくじった。さすがに、亡くなった息子の話題を出すのは配慮がなさすぎた。
咲江:……いい子だったわよ。親思いでね。まさか、先立たれるとは思っていなかったけど。
雨穴:お辛いですよね。こんなこと聞いてすみません。……
咲江:いいのよ。それにね、今は久美子さんとシュウくんがいるから、全然さみしくないしね。
雨穴:シュウくん……あ、お孫さんの修斗君ですね。
咲江:ええ、本当にかわいいのよ。今日もね、これから一緒に公園にいく約束してるの。
雨穴:へえ、おばあちゃん子なんですね。
咲江:いつまで懐いてくれるかわかんないけどね。それにしても……どうして、あんなかわいい子残して、一人でいっちゃったのかしらね、誠一は。ほんとにバカよ。
どうして自殺なんて…
雨穴:え!?………あの……すみません、誠一さんは……自殺されたんですか?
咲江:そうよ。自分の部屋で、首をつってね。
雨穴:そのことを、久美子さんはご存じですか?
咲江:当り前よ。だって、最初に見つけたのが、久美子さんだもの。
ーーーおかしい。久美子さんは「突然死」と言っていた。普通、自殺のことを突然死とは言わない。
咲江:ほかに、何か聞きたいことある?
ーーー自殺について詳しく聞きたいが、さすがにこれ以上は失礼だ。
雨穴:ええと……そうだ。中田明人さんのことは、ご存じですか?
咲江:ああ、明人ちゃんね。ちっちゃいころから知ってるわよ。昔は誠一と仲が良くってね。
雨穴:以前、誠一さんと明人さんの間でトラブルがあったと聞いたんですが、何があったか、ご存じないですか?
咲江:うーん……。そうね……。ちょっと言いづらいんだけど……
雨穴:知ってるんですか!?
咲江:一応はね。
雨穴:教えていただけませんか?ビデオテープの件を解決するために、どうしても必要な情報なんです。
咲江:うーん、そこまで言うなら話すけど……久美子さんには内緒よ。
雨穴:……はい。
咲江:恋敵だったのよ。
雨穴:恋敵?
咲江:誠一と久美子さんがお付き合いはじめたころ、明人ちゃんと三人でよく遊んでいたらしんだけど、そのうち明人ちゃんまで久美子さんにほれちゃったみたいなのよ。
雨穴:へえ…
咲江:まあ、久美子さんにその気はなくって、そのまま誠一と結婚したんだけど、明人ちゃんは未練が断ち切れなったみたいなのよね。
二人が結婚したあとも明人ちゃん、何度も久美子さんにアタックしたんだって。
雨穴:既婚の久美子さんにですか?
咲江:ええ。困ったものよね。でもさすがに、シュウくんが生まれてからは、そんなこともなくなったそうで、家を安く売ってくれたり、関係は良好だったみたいだけど。
雨穴:でも、家の売買契約が終わったあとで、誠一さんと明人さんの間でいさかいがあったんですよね。
咲江:そうなのよ。私がまだ同居はじめる前だったから、詳しいことは知らないんだけど。
話によるとね、ある夜、突然明人ちゃんが家におしかけてきて、大騒ぎしたんだって。
雨穴:大騒ぎ?
咲江:こんなこというのもなんだけど、ちょっとおかしくなっちゃったんじゃないかしらね。色恋沙汰ってのはさ、昔から人を狂わすっていうでしょ?
そのときは誠一もとうとう、明人ちゃんに我慢ならなくなって、大喧嘩したみたい。それ以来、ずっと絶縁状態だったみたいね。
雨穴:なるほど……貴重なお話が聞けました。ありがとうございます。
咲江:なんか余計なことしゃべっちゃったかしら。そうだ、久美子さんに用があるんだったわね。呼びましょうか?
雨穴:あ……いえ、もう大丈夫です。
咲江:そう。何かあったらまた電話してね。そうだ、私のスマートホンの番号も教えてあげる。
雨穴:咲江さん、スマートホンお持ちなんですか?
咲江:ええ……誠一の形見なのよ。
雨穴:あ、誠一さんの……
咲江:あの子が亡くなる数か月前にね、「おかあさん、今度、ギャラクシーっていうスマートホンが出るから買ってあげるよ」って言ってくれたの。でも結局、その前に死んじゃって。だからね、私、自分で買ったの。こういうの、本当は形見って言わないんだろうけどね……。でもね、誠一が買ってくれたものだと思って、今でも大事に使ってるのよ。
雨穴:優しい方だったんですね。
咲江:ええ……あ、私ったら、またしゃべりすぎちゃった。じゃあ、番号教えるわね。070の…………
新事実
電話を切ったとたん、着信音が鳴った。栗原さんからだ。
雨穴:はい、雨穴です。
栗原:ああ、やっとつながった!もう10回以上かけちゃいました。
雨穴:どうしたんですか?そんなに慌てて。
栗原:いや、実はさっき重大なことに気づいてしまいまして……私はとんでもない思い違いをしていました。
栗原:例のテープに映ってた、縦に縮んだ映像。もともとの映像の比率「16:9」じゃなかったんですよ。
雨穴:え?
栗原:私はてっきり、「16:9」で撮られた映像が縦に縮んで「4:3」になったんだと思い込んでいました。
それで今さっき、もともとの映像はどんなだったんだろうと思って、動画編集ソフトで横に引き伸ばしてみたんです。
そしたらですね……「16:9」にしても、まだ若干、映像が横長なんです。
雨穴:えーと……それは、つまり……どういうことですか?
栗原:つまり……
栗原:この映像、もともとは「16:9」よりも、さらに横長だったんです。計算して正確な比率を割り出してみたところ……
栗原:「18.5:9」だったということがわかりました。
雨穴:なんか……中途半端な比率ですね。
栗原:実はこの画面比率、ここ数年で新しく出てきたものなんです。調べたところによると、「18.5:9」の映像を撮れるカメラが発売されたのは、2017年の6月だそうです。
雨穴:え?ということは……
栗原:そうです。この映像……
栗原:誠一さんが亡くなった後に撮られたものなんです。
雨穴:つまり、ビデオテープが隠されたのも、誠一さんの死後……。すみません、ちょっと理解が追い付かなくて。
栗原:無理もないです。私も、もっと早く気付くべきでした。
ーーーそのとき、得体の知れない嫌な予感が胸にこみ上げてきた。
雨穴:……あの、ところで、その2017年に発売されたビデオカメラっていうのは……何なんですか?
栗原:ああ、ビデオカメラではなくて、スマートホンです。Galaxyシリーズの初代ですよ。
雨穴:え……?
ーーーギャラクシー……咲江さんのスマホ。はたして偶然か?
しかし、嵓蜾は徳島県に古くから伝わる儀式。徳島県は誠一さんの故郷。つまり、母親である咲江さんも……。
雨穴:すみません、ちょっと考えたいことがあって……いったん電話切りますね。
一つの言葉
混乱する頭を整理するため、八原家の年表を見返した。
このとき、今まで何とも思っていなかった一つの言葉が目に留まった。
大量出血……まさか。
私が思いついたことは単なる憶測でしかなかった。しかし、そこから次々に事実がつながり、やがて恐ろしいストーリーが組みあがった。
こう考えれば、すべての説明がつく。
八原家の、隠された一面が見えてくる。