人の脳は弱い。不必要な興味や訪れなかった未来に、簡単に支配されてしまうからだ。
――城戸
10回クイズというものがあります。
ピザ、ピザ、ピザ、ピザ、ピザ…とひとつの単語を繰り返し脳に刷り込ませることで、回答者を不正解へと誘導するという、一種のお遊びですね。今さら10回クイズに引っ掛かる大人なんていないでしょうが、あれは引っかけた側だけでなく、引っかかった側もなかなか気持ちが良いんですよ。
「ああそうだ~!」という気持ちよさもさることながら、「じゃあここは?」という問いに一切思考を介さず「ヒザ」と答える瞬間がたまらないんですね。人間、脳みそを使っていないときが一番気持ちいいんです。関係ないですが、火炎放射器を発明した人って脳みそ使ってないと思います。
しかし普通に10回クイズをやってもつまらないので、少し変わったやり方で自分の脳みそに向き合ってみたいと思います。
ヤムチャを1時間見続けたあと桜木花道を描くとどうなるのか?
これ以上説明はいりませんね。というわけで、今回は『劇場版ドラゴンボールZ 銀河ギリギリ!!ぶっちぎりの凄い奴』の8:55に登場する仰向けで拗ねた表情のヤムチャを1時間見続けたいと思います。
ヤムチャにも著作権がありますから(無かったらすみません)、具体的な映像をここで見せるわけにはいきませんが、大体こんな感じのヤムチャです。
それでは、このヤムチャを1時間見続けます。
ヤムチャを1時間見る
今ヤムチャを見てます。
見始めて2分が経過しました。つまらなそうな顔をしていますが、まだまだヤムチャが結構おもしろいです。
始まって5分程度、まだまだヤムチャに興味があります。途中でトイレに行きたくなってしまったら困るので、控え目に飲み物を飲んでいきます。
ヤムチャへの興味が尽きず、1時間などあっという間なのでは、と感じ始めています。ヤムチャの画像は、少なくとも10分間見続けられるレベルには娯楽性をはらんでいるということが分かりました。
見始めてから15分程度。まだまだヤムチャが面白いです。今回見ているヤムチャは仰向けになってこちらに顔をのけぞらせている状態なので、だんだんとその顔がヤムチャではなく、パワプロくんに見えてき始めました。パワプロくんを描いてしまう可能性があります。
ひどい顔をしています。ヤムチャは男前です。
そろそろヤムチャに何も感じなくなってきましたが、僕は脳内にヤムチャを焼き付ける必要があるので引き続き見ていきます。
そもそも、これは本当にヤムチャなのでしょうか。僕のヤムチャのイメージはロン毛で狼牙風風拳を繰り出しているところで止まっているのですが、今見ているヤムチャはちょっとしたベジータのような髪型で狼牙風風拳どころか仰向けになっているだけです。もしかしたらヤムチャではなく、ちょっとしたベジータである可能性が出てきました。
ヤムチャと信じて見続けます。ブルマがベジータと結婚した時どんな気持ちだったんだ
見始めて20分ほどが経過しました。もうどうでもいいですね。
もうヤムチャに何も感じない。井浦新とかにすればよかった
ヤムチャって誰なんでしょうね?
30分が経過し、そろそろ苦しくなってきました。僕はひとつの場所にじっとしているのが苦手で、家にいるときは基本的に動き回っています。よく数学の問題で、A地点とB地点を移動し続ける点Pというものがありますが、あれは僕です。
太ももに麻酔を打ちました。しばらくおとなしくなると思います。
睡魔が襲ってきましたが、ちゃんと目を開いています。ヤムチャを見ています。しかし、もはや彼のことを考えるほどの集中力はありません。このあたりで、得体のしれない思考が僕を襲い始めました。
40分ほどが経過しました。とにかく眠くて仕方のないうえ、強い空腹を感じ始めました。僕は外食をするとき、必ずご飯を大盛にします。どうせ高いお金を払うのだから、せめて満腹にしたいという気持ちがあるからです。
その貧乏くささは一旦置いておくとして、昨日僕がかつやでご飯を大盛にしなかった世界線はどのようなものになっていたのでしょうか?
僕はかつやでご飯を大盛にした影響で、かなりの満腹状態になりました。歩いて帰るときも、非常に苦しい思いをしたのを覚えています。大盛にしなければ、まず苦しい思いをせずに済んだでしょう。
さらには、僕はご飯を大盛にする代償に150円を支払いました。大盛にしなければ、僕の現在の所持金は150円多かったのです。もっと言えば、僕の財布にはかつやのサービス券が入っていました。それを使っていれば、より出費を抑えることができたのです。完全に忘れていました。
そしてもうひとつ。ご飯を大盛にしたことで、食べ終わるのに時間がかかってしまいました。少なく見積もっても、並盛を食べる場合より4分は多く費やしたでしょう。
僕はかつ丼を大盛にしたことで、苦しい思いをし、150円を失い、4分間を失ったのです。
苦しい思いをしなければ、僕が駅前のベンチに座ることもなかった。腹八分目であれば、そのまま歩き続けることができたからです。もし、そのベンチに座ろうとしていた人がいたら?僕がベンチに座っていたせいで、座るのを諦めた人がいたら。
その人がベンチに座ることで、無限の可能性が生まれたはずです。運命の人に出会っていたかもしれないし、もしくは、警察官が職務質問をし、その人がバッグに潜ませていた拳銃を無事に押収することができたかもしれません。直前に座った人が実は堂本光一で、さほど堂本光一に興味のない僕が座ることで、堂本光一の座ったベンチを上書きしてしまった可能性もあります。
さらに、僕が失った150円。このあとに寄ったコンビニで、財布に小銭が足りず5000円札を使って会計することになってしまいました。これにより、店員の負担が大きくなります。そのコンビニ店員は、僕が5000円札で会計をしたストレスがきっかけでバイトを辞めてしまった可能性があります。そのコンビニ店員は一流の猿回しを目指していたにも関わらず、バイトを辞め生きる気力をなくし、相棒の猿と決別してしまったかもしれません。僕が5000円札で会計をしたせいで、あと一度の訓練で人間の言葉を話すことができるようになっていたはずの猿は、その才能をとうとう開花させることができませんでした。僕が5000円札で会計をしたせいで、猿は喋れなくなってしまったのです。
そして、僕が大盛を食べたことで余計に費やしてしまった4分。4分早く店を出ていれば、一本早い電車に乗ることができました。一本早い電車に乗っていれば、弱冷房車に乗らずに済んだ可能性があります。僕は乗っている車両が弱冷房車であると気付いた瞬間に大声を出しますので、4分早く店を出ていれば周りの乗客へ迷惑をかけることもありませんでした。
僕のささいな選択が、他人の人生に多大な影響を及ぼしていたかもしれないのです。
ある男が街にやってきた。その男は、橙の胴着に身を包んでいた。
彼には夢があった。世界一強い男になることだ。そのために厳しい修行に励み、また誠実さも忘れなかった。3年が経ち、自分の実力に確固とした自信を持てるようになったとき、彼の顔には歩んだ道の険しさを物語る傷が残っていた。彼はその傷を誇りに思い、長かった髪をバッサリと切ったのだった。
そして、そんな彼を待つ女性がいた。
彼女は、修行の旅に出た彼を待ち続けた。3年後のこの日、駅前のベンチで会うという約束を胸に秘めながら…。
彼女は、ベンチに座っている男を見つけた。長い髪にくさそうなTシャツを着たその男は、苦しそうにベンチでうなだれている。マスクをしており、顔はよく見えないが、髪の長さ、そして何かに緊張しているかのような体勢。彼女はそれが彼であると確信した。ただひとつ、修行に出た割に痩せたままなのが気にかかったが、きっとムエタイとかそういう修行をしたのだろうと納得した。
ゆっくりと立ち上がった男は、そのまま改札を抜けてホームへ向かった。彼女はその後ろ姿を追いかけ、彼が乗った車両に滑り込んだ。
『駆け込み乗車はご遠慮ください』とアナウンスが響く。彼女は電車の中で赤面した。
彼は、ベンチに別の男が座っていることに気が付いた。苦しそうな表情を浮かべながら、かつやのサービス券をただ見つめている。早くどけよとは思うものの、順番を待たなければならないだろう。隣に座ることも考えたが、ベンチに座っていた男は薄汚く、近づくと包茎がうつりそうだったので、少し離れたところでベンチを観察することにした。
ほどなくして男は立ち上がった。やっと空いた、と思ったのも束の間、よろよろと駅へ向かう男のあとを走って追いかける彼女に気が付いた。3年ぶりに会った彼女は、別の男を追いかけていたのだ。
彼もそのあとを追った。男を追いかける彼女を追いかけ、駅のホームに向かった。
『駆け込み乗車はご遠慮ください』
そのアナウンスに彼は非常に腹が立ったが、どこにエネルギー波を撃てばいいのかわからなかった。
彼女は、意を決して男に話しかけようと思った。男は、ドア付近に立って辺りを見回している。ドキドキしながら近づいてみると、男は突然大声をあげた。彼女だけでなく、驚いた乗客たちは男から距離を取った。男はその後も、この車両が弱冷房車であることに文句を言いながら、次の駅に着くと電車を降りていった。修行で完全に頭がおかしくなってしまったのかとショックを受けた彼女は、しかし見ていて面白いのでこのまま後をついていくことにした。
男は駅から出てコンビニへ入った。彼女も後を追って入店し、話しかけるタイミングを伺ったが、男は麦茶と納豆だけを持ってすぐにレジに向かった。コンビニスピードタイプなのは昔から同じだが、3年の修行から帰ってきた日に麦茶と納豆を購入する意味がわからない。生まれてから何の修行もしてこなかった奴の買い物だ。彼女は、この男が本当に彼であるのか疑い始めていた。
彼は、ひとつ後の電車で彼女を追いかけた。彼女がどの駅で降りるつもりなのかわからないが、それでも後を追うしか選択肢は無かった。弱冷房車のぬるい冷風を浴びながら、彼は彼女のことを考えた。彼女が追いかけていた男は、3年前の自分に似ていたような気がする。もしかして、自分と間違えて追いかけていたのではないか。そんな希望を抱きながら停車した駅のホームに、かつやのサービス券が落ちていることに気が付いた。彼は賭けに出た。その駅で電車を降りたのだ。
彼女は、コンビニの中で男の会計が終わるのを待っていた。
彼は、そのコンビニの前を通りかかろうとしていた。
会計を終えた男は、お釣りとして受け取った何枚もの小銭をレジの前で落としてしまった。
心の優しい彼女は、男の元へと駆け寄り、一緒に小銭を拾ってあげた。
「あああ、ああ、ありがとうございます」
へらへらとお礼を言う男の声を聞いて、彼女は衝撃を受けた。
彼の声ではない。
自分が追いかけていた男は、ただのへらへらした昆虫だった。
彼は、とうとう彼女のことを見つけることができなかった。コンビニの前を通りかかったとき、外から店内の様子を伺ったが、しゃがんで小銭を拾っていた彼女に気付けなかったのだ。
男は、自分が2人の運命を決別させたとはつゆ知らず、家に帰ってヤムチャを1時間見始めた。
ああ…俺がかつ丼を大盛にしたばっかりに…
えーと…あれ?
何やってたんだっけ?
?????????
ちゃんとやります。
ちゃんとやろう
おはようございます。翌日です。
昨日は自分の思考に向き合うばかり、まったくおかしなことを考えてしまいました。
別に結果がどうなろうが糞どうでもいいんですが、検証は検証なので改めてちゃんとやっていきます。
引き続き、昨日と同じヤムチャを見ています。もう知ってるヤムチャです。
5分経過。ヤムチャに失礼な態度で臨んでいます。
10分ほどが経過しました。「これは…?」みたいな顔をしていますが、そこにあるのはヤムチャです。知っています。言うこともないのでサクサクいきましょう。
30分が経過しました。僕はヤムチャを見続けることを頑張っていますが、ヤムチャは仲間を救うために頑張っているのです。自分が恥ずかしくなってきました。
40分経過。そんな恥ももう忘れました。
うわっ
くつろぎすぎて椅子から落ちてしまいました。
けつを押さえながら見ています。残り10分ほど。集中していきます。
あと3分…
あまりに達成感のない表情ですが、ヤムチャを1時間見続けることに成功しました。
もう僕の頭はヤムチャのことで頭がいっぱいです。
さあ、ヤムチャに脳を支配された男が桜木花道を描くとどうなるんでしょうか。
検証していきましょう。
桜木花道を描く
そもそも絵が下手だったです。
さようなら。
みんなでコロナ禍、乗り切っていきましょう。