「いやーすいませんね、わざわざ時間作ってもらっちゃって。実はちょっと相談したいことがあるんですよ。

 

この前、中学の同級生だった倉貫(くらぬき)ってやつから急に電話があって。彼とは中3のとき同じクラスで、二言三言くらいはしゃべったことあったと思うんですけど、特別仲良くはなかったんです。卒業してからは1回も会ってないし。普通そんな相手からいきなり電話がかかってきたら、何かの怪しい勧誘とかを疑うじゃないですか。だから僕も身構えてたんですけど、倉貫のやつ、いきなり『中3の夏休み明けの調理実習覚えてる?』って聞いてきたんです。

 

意味がわからなくて『は?』って聞き返したら、『いやだから、中3の夏休み明けの調理実習。班で弁当作るやつ』って言われて。まさかそんな話をされるとは思ってなかったから面食らいましたよ。だいたい急にそんなこと言われても覚えてるわけないし。でもどうやら、その調理実習で僕と倉貫は同じ班だったみたいなんです。

倉貫が言うには、そのときは班の中で役割分担してそれぞれが弁当の具材を用意することになってたそうで。倉貫はデザートのフルーツを持ってくる係だったらしいんです。で、そのとき倉貫が持ってきたフルーツが、プルーンだったって言うんですよ。

 

プルーンを持ってきたことで、倉貫はみんなからめちゃくちゃ笑われたらしくて。『なんでプルーン? 普通オレンジとかリンゴじゃない?』って。他の班のやつらもわざわざ集まってきて、なんならクラスの騒ぎに乗じて家庭科の先生もちょっとイジってきたんですって。でも倉貫は決して奇をてらったわけではなく、栄養バランスとか彩りを熟考した上で真剣にプルーンを持ってきてたんですよ。それを笑いものにされたから、めちゃくちゃショックで悔しかったそうです。それが10年経った今でも忘れられないみたいで。まあ僕はその出来事も一切覚えてないんですけど。

 

で、なんで倉貫は今さらそんな話を僕にしてきたんだってことですよ。聞いたら、『お前だけなんだ』って言うんです。『あのとき、俺のプルーンを笑わなかったのはクラスでお前だけだった』って。そんなこと言われても、僕は何も覚えてないんですよ。それにもし当時の僕が笑ってなかったとしても、それは彼の真意に気付いてたからではないと思うんです。だって今の僕はその話を新鮮に聞いた上で、なんでプルーンなんだよと思いましたからね。でも倉貫はこっちの気持ちはお構いなしで、熱っぽい口調でこう言ってきたんです。

 

『だから、俺とデュオ組まない?』

デュオというのが、2人組で音楽をやるあのデュオだと気付くのには少し時間がかかりました。だって、プルーンの話と僕たちがデュオを組むことは何の関係もないじゃないですか。『だから』って言われても、って感じですよ。ちょっとおかしいんじゃないですかね。

こんなにわけのわからないことを言われたら、もう電話を切ってもよかったと思うんです。でも……これは本人に直接確認してないからわからないんですけど、多分今の倉貫は人生がうまくいってないんだろうなと思ったんですよ。だって順風満帆な人生を歩んでたらそんな考えに至るわけがないじゃないですか。そう考えると同情がわいてきて、もう少し話を聞いてあげようって気になったんです。

 

倉貫いわく、デュオと言っても2人でギターを弾いて歌うような正統派のデュオがやりたいわけではないと。今さらそんな真っ当なことをやっても話題にならないと考えたらしくて。では何をするのかというと、虎を使うと言うんです。

虎と言ってももちろん本物の虎ではなく、使うのは着ぐるみで。まず、倉貫は普通にシンガーとしてステージに上がって歌うんだそうです。ただその隣には常に虎がいる。そして虎は歌に合わせて、早押しクイズで使うような回答ボタンをリズムよく押していくんだそうです。ボタンは簡易的なサンプラーみたいに改造して、ピンポン以外にもいろんな音──カメラのシャッター音とか、本のページをめくる音とか──が鳴るようにするつもりとも言ってました。

 

それとは別に、ステージには大きいキャンバスを置いておくらしくて。虎はライブ中、そこにできるだけたくさんケーキの絵を描いていくんだそうです。とは言ってもメインの仕事は回答ボタンを押すことなので、隙間を縫って描く形にはなるっぽいんですけど。で、ライブが終わるまでにケーキを何個描けるかっていうのも見どころにしたいんだそうです。そういう隠れミッション的なのがあったほうが、お客さんも最後までワクワクできるんじゃないかってことで。その虎の役を、僕にやってほしいと言うんです。

 

さすがに断りましたよ。どう考えてもまともじゃないですから。でも倉貫は食い下がってくるんです。『ギャラは7:3でお前に多く渡す』『虎が嫌ならセイウチでもいい』『お前じゃなきゃダメなんだ』って、電話の向こうで土下座でもしてるんじゃないかって勢いで猛烈に頼み込んできて。しまいには『実はもうオリジナルソングも作ったんだ』って言い出して、電話口で歌い始めたんです。

その歌っていうのが、歌詞は違うんですけど、曲は完全に『檄!帝国華撃団』なんですよ。ただの替え歌で、全然オリジナルじゃないんですよ。歌詞は歌詞でほとんど思い出せないくらい意味不明だったし。唯一覚えてるのは、間奏の語りのところで『ねずみ捕りって、飛行機に持ち込めるんでしたっけ?』って言ってたことだけです。

ひとしきり歌い終わると、倉貫は『また電話するから、それまでによく考えといてほしい』と言って電話を切ってしまいました。いやあ、さすがにしばらく呆然としちゃいましたよ。

 

もちろん最初は、よく考えたとしてもそんな誘い受けるわけないだろと思いましたよ。でも、だんだん気持ちが変わってきて。倉貫が心配だっていうのもありますけど、思い返してみれば今までの人生で誰かにあれだけ熱烈に求められたことってなかったんですよね。そんな風に思ってくれる人がいるなら、その気持ちに応えてもいいんじゃないかって思うし。

だけど今の生活にも別に不満はない分、なかなか踏ん切りがつかなくて。本当にデュオの活動に専念するなら仕事もやめることになるだろうし、いくら虎とはいえ音楽や絵の素養がない自分にその役目が務まるのかという不安もある。まだ倉貫から連絡はないんですけど、一人で考えてても答えが出なくて……僕、どうしたらいいと思いますか?」

 

……いやお前、そんなことよりさあ!

 

4月にもなって、羽根突きで負けてんじゃねえよ!!!