2025年2月26日、4年ぶりの『よつばと!』の新刊となる16巻が発売されました。こんなに嬉しいことはないですよ。

『よつばと!』の魅力のひとつは、時にユーモラスで時に心を揺さぶるセリフの数々。今回は16巻という数字にちなんで、僭越ながら私の好きな『よつばと!』のセリフを16個ご紹介させていただきたいと思います。

 

※この記事はPRではありません。

※この記事は『よつばと!』16巻発売前に書いたものです。以下の文章では、15巻までの内容に触れています。

 

その1

「ちょっとなにかがわからなくなった…」(よつば)

第34話「よつばとうみ」より

 

海に来てテンションが上がり、服を着たまま海に入ってしまったよつばのセリフ。なんとも詩的でリリカルで、読めば読むほど深く心に沁み入る一言です。確かに人は理屈では説明できない行動をとってしまうことがあり、そのときの気持ちをあえて言葉にするなら「ちょっとなにかがわからなくなった…」としか言いようがないのではないでしょうか。言語化しがたい衝動や昂りを、端的に言い表した鋭い表現だと思います。

 

その2

「え?ああ…いいな シンプルで」(虎子)

第37話「よつばとポタリング」より

 

新しく買った自転車に乗るよつばに「とら これかっこいい!?」と聞かれた際の虎子の返答。漫画上だと「え?ああ…いいな」は活字で「シンプルで」が小さな書き文字で付け足されているのですが、この「シンプルで」という一言が良いんですよね。適当に「いい」と言っているのではなく、自分なりの感想を交えた上でコメントしてくれているところに虎子の誠実さが垣間見えます。虎子は作中で「子供は苦手」と明言していますが、だからこそよつばとのコミュニケーションにも「対子供」ではない人間味が感じられてセリフのひとつひとつが興味深いです。

 

その3

「……こどもってくいしんぼうだから…」(よつば)

第38話「よつばときんようび」より

 

おやつのエクレアをとーちゃんの分まで食べてしまったよつば。代わりとなるおやつを用意するため綾瀬家を訪れてかーちゃんに事情を説明し、「なんでお父さんのも食べちゃったの?」と聞かれた際の回答です。そもそものよつばの行動はあどけないものですが、「子供は食いしん坊」という客観視ができているところに意外な聡さが感じられます。普通なら「おいしそうだったから」とか「我慢できなくて」とか言いそうなものですが、ここでこう答えられるよつばはけっこう冴えた子供なのではないでしょうか。天真爛漫なようで、こういう「俯瞰の視点」を持ち合わせているのがよつばの面白さだと思います。

 

その4

「5くらい?」(よつば)

第46話「よつばとおつかい」より

 

カップラーメンを買いに近所のコンビニへおつかいに来たよつば。手にしたカップラーメンが辛いかどうかを近くにいた女性客に聞き、「それはたぶんかなり辛いと思うよ…?」と教えてもらった際のセリフです。「5」って、それだけだと何のたとえにも説明にもなってないはずなんですけど、だからこそ芯を食った比喩では伝わらないニュアンスが表現されていると思います。

あえて筋が通るように考えてみるなら、例えばココイチの5辛や、カレールーの箱とかに書いてある辛味順位表でだいたい5が最大値に設定されていることなどから、5という数字と辛さを結びつけることは可能でしょう。しかしこのセリフからは、そういう具体例を超えた切実な説得力が感じられる気がします。よつばがどういう連想をして「5くらい?」と言ったのかはわかりませんが、よつばが持っている「5=辛い」というイメージが、論理による整形を経ずにダイレクトに伝わってくるというか。同じ数字でも「10くらい?」や「100くらい?」だったら、比喩としてはわかりやすいけれどここまで印象には残らないでしょう。数字の使い方の巧みさも含め、何度読んでもしびれる一言です。

 

その5

「とら!? とらって誰だ?ちょっと俺にわかるように説明してみろ?」(ジャンボ)

第53話「よつばとるすばん」より

 

よつばが描いたあさぎと虎子の絵を見たジャンボの反応。ジャンボはあさぎに惚れていて、よつばの曖昧な説明により面識のない虎子のことをあさぎの彼氏だと思い込んで慌てているのです。普段はよつばの良き遊び相手であるジャンボですが、このときばかりは「竹田隆」(本名)としての一面がまろび出ているかのよう。大人と子供のやり取りの中で、こんな風に大人側の「マジ」が垣間見える瞬間があるとなんか嬉しくなってしまいます。特にジャンボは、普段は「子供と接する大人」としてお手本のような人間である分なおさら味わい深いです。「ちょっと俺にわかるように」の切実さが滑稽ですね。

 

その6

「はー そんなきが…」(よつば)

第58話「よつばとコーヒー」より

 

コーヒーを飲むと「仕事がよくできる…気がする」「頭がすっきりする…気がする」と話すとーちゃんに対するよつばの言葉。別になんてことはないセリフですが妙に印象に残っていて、私も人が「〜気がする」と言うのを聞くにつけ心の中で「はー そんなきが…」と思っています(大人なので口には出しません)。

 

その7

「ハーゲンダッツ」(焼肉屋のおばちゃん)

第59話「よつばとやきにく」より

 

この「よつばとやきにく」は個人的にかなり好きな回です。よつば・とーちゃん・ジャンボ・やんだの4人が焼肉屋に行く話なのですが、男友達3人の会話の温度感や、そこに小さい子供が混ざっているときの空気の描き方がすごくリアルなんですよね。よつばがそこまでメインを張らず、男3人のやり取りを中心に進んでいく構成も印象的。普段は絶対的な主人公であるよつばが、この回ではギミックとして機能しているような新鮮味があります。

それで「ハーゲンダッツ」は何なのかというと、この回の一番最後のセリフです。終盤、焼肉屋のおばちゃん(ジャンボの知り合い)が登場するのですが、

やんだ「今日のおすすめって何かあります?」

おばちゃん「うーん アイスクリーム?」

やんだ「ええっ」

ジャンボ「肉じゃねえのかよ」

おばちゃん「いやいやいや大丈夫!」

おばちゃん「ハーゲンダッツ」

という会話で回が終わるのです。この終わり方すごくないですか? 言葉を選ばずに言えば、かなり尖ってるとさえ思います。初めてこの回を読んだときは「『よつばと!』ってこういう種類の面白さもあるのか」と衝撃を受けました。ハートフルでいて一筋縄ではいかないこの感じが、私が『よつばと!』にはまった大きな要因だと思います。

 

その8

「うん丸いよねー 普通は四角いのに」(あさぎ)

第68話「よつばとうそ」より

 

『よつばと!』を読み返すたびに思うのが、あさぎのよつばのあしらい方が天才的だということです。このセリフは、バランスボールを好きな理由について「まるいから! ふつうはしかくいのにこんなにおおきくてまるいからすごい!」と話すよつばへの返しなのですが、よつばのよくわからない発言に戸惑うでも突っ込むでもなく、ただ同じ言葉を復唱するだけで会話を成立させる技量がお見事。それでいて冷たい印象にもならないのはさすがあさぎの立ち回りの上手さといったところでしょうか。何気ない一言に見えて、よつばの「よくわからなさ」も含めて一人の人間として受け入れているような鷹揚さを感じる、ある種真摯な対応だと思います。

 

その9

「うーん…ハムスターはいいんだけどハムスターのかごが高い… 1980円とかするし…」(恵那)

第69話「よつばとさいかい」より

 

ハムスターを飼いたいけれどお金がないと話す恵那の発言。この「ハムスターはいいんだけどハムスターのかごが高い」という感覚は、子供の心理をかなり的確についているように思います。ハムスターの値段もかごの値段もピンキリだとは思いますが、ハムスターを飼うにあたってハムスター自体の値段と設備代を別々の出費と考えているあたりがなんとも子供らしいです(私も小学生のときハムスターを飼っていましたが、確かにそうでした)。単にお金を持っていないというだけではない、買い物慣れしていないがゆえの子供のみずみずしい金銭感覚が表現されたシーンだと思います。

また、1980円という額も絶妙。これはちょうど大人と子供の金銭感覚の差が現れるラインの金額だと思います。大人からすればそこまでではなくても、小学生にとっての1980円って相当ですからね。それこそ「1980円“とか”するし…」という曖昧な言い方になってしまうほど、小学生から見た1980円とは現実感のない金額なのでしょう。自分も子供の頃には感じていたはずの、1980円の「果てしなさ」を思い出させられました。

 

その10

「まあそれなりには」(よつば)

第77話「よつばととらこ」より

 

自分のトイカメラを虎子に見せたよつばが、「ちゃんと使えるのか?」と聞かれたときの言葉。たまに妙に大人っぽい物言いをするよつばですが、その中でも私が特に好きなのがこのセリフです。会話の内容は至って普通なのに、小さい子供が「それなり」と言っているだけでこんなに面白いとは。「それなり」という言葉をここまで面白く見せられるのは『よつばと!』だけではないでしょうか。

 

その11

「しかくくてまるいみずいろのピンクのやつにはいっててなー 13しょくとか29しょくとかいっぱいある!」(よつば)

第78話「よつばとあおいろ」より

 

恵那が持っている絵の具について説明するよつば。「しかくくてまるいみずいろの……」の要領を得ない(なのになんとなくイメージがつく)説明ぶりもすごいですが、最も心惹かれるのは「13しょくとか29しょくとか」の部分です。別にここの数字が「13しょくとか29しょくとか」である必然性はないはずですが、個人的にはこれ以外の組み合わせは考えられないというほどにしっくりきます。「13しょくとか29しょくとか」を見てしまった後では、「11しょくとか25しょくとか」も「16しょくとか28しょくとか」も「17しょくとか31しょくとか」もしっくりきません。やはり「13しょくとか29しょくとか」なのです。「数字ボケ」として面白いどころの話ではない、美しさすら感じる数字の並びだと思います。

 

その12

「ひとつふたつみっつ…じゅうにくつある!」(よつば)

第86話「よつばとおみやげ」より

 

ばーちゃんからおみやげでもらった色鉛筆の本数を数えるよつば。確かに子供ってものを数えるとき「じゅうにくつ」って言う! とはっとしました。あるある未満のリアリティや共感を丹念に描写している『よつばと!』ですが、中でも「よくこれを描こうとして描けるな」と感動したシーンのひとつです。今になって考えてみると、「じゅうにくつ」ってどこから「く」が来たのかよくわからないですね(「いくつ」から? という気もしますが、だとしてもなぜ12にだけそれが適用されるのか不思議です)。

 

その13

「かわいいいぬ ああいうのはかわいいね おおきいのとくろいのはおそろしいけども」(よつば)

第96話「よつばとよよぎこうえん」より

 

代々木公園で散歩中の小さな犬を見かけたよつばのコメント。会話の内容はたわいないものながら、「おそろしい」のような少し引っかかりのあるワードをてらいなく織り交ぜてくる感じが『よつばと!』らしくて好きです。「けども」も良いですね。最近(13巻以降くらい?)のよつばは「〜けども」という語尾をたびたび使っている印象があるのですが、なんかツボで読むたびに笑ってしまいます。この後のシーンで犬の飼い主に「なでてみる?」と聞かれたよつばが、「べつに けっこうです」と普通に断っているのも良いです。

 

その14

「なんかごめんねー?」(よつば)

第98話「よつばとくつした」より

 

ジュラルミン(テディベア)を投げて遊んでいたら、棚の上のものをぶちまけてしまったよつばの謝罪の言葉。図太いのか謝り方を間違っているだけなのかわかりませんが、完全に自分が悪い状況でこんなにしれっと謝れるよつばは大したものです。これも先述の「まあそれなりには」同様、なんてことのない一言が輝いている好例。パワーワードに頼らず、ありふれた言葉だけでおかしみや意外性を生み出すセリフ回しに感服します。ただの日常を特別な演出もなしに描いている『よつばと!』がこんなに面白い理由のひとつは、こういうセリフが至るところに散りばめられているからではないでしょうか。

 

その15

「よつばがきれいになったから よのなかもきれいになった」(よつば)

第103話「よつばとほん」より

 

美容院で髪を切ったよつばがその帰り道に言ったセリフ。これはもう、まっすぐに良い言葉ですね。すごいのは、『よつばと!』の世界ではこの言葉がある意味真実だということです。よつばを中心とした世界を描く『よつばと!』では、確かに「よつばがきれいになること」と「世の中がきれいになること」は同義だと言えるのではないでしょうか。単に「はっとする子供の発言」というだけではない、作品の構造を的確に言い表した名言だと思います。

 

その16

「とーちゃんはよつばがまもってやるからな!」(よつば)

第104話「よつばとランドセル」より

 

よつばがランドセルを背負った姿を見て涙ぐむとーちゃんに、よつばがかけた言葉。これはすごいですよ。まず、よつばがランドセルを背負うということが本当にすごいことなのです。この時点ではまだ店でランドセルを買っただけなのですが、それでも『よつばと!』という作品ではあまりに劇的な出来事です。何しろ、第1話からここに至るまで作中では半年も経過していませんが、現実では20年近い歳月が流れているのです。本物の子供の成長速度よりもずっとゆっくり、雨垂れが石を穿つがごとく緩やかさで進む物語の中、ついによつばがランドセルと出会った。私は『よつばと!』の20年間を全て追っているわけではないですが、それでもあまりに感慨深い気持ちになってします。

そこにきての「とーちゃんはよつばがまもってやるからな!」ですからね。これ自体ぐっとくる言葉ではありますが、もし連載初期にこのセリフが出てきていたらそこまで私の印象には残らなかったかもしれません。やはり、20年かけて「ここ」にたどり着いたという事実がこのセリフにただならぬ重みを与えているのではないでしょうか。私はこのセリフを読むたびに圧倒されますが、それはよつばの成長に感動しているのとも少し違った感覚であるように思います。もっと何か、悠久の時をかけて出来上がった雄大な自然の風景を眺めているような、そんな厳かな気持ちにすらなってしまうのです。

 


 

『よつばと!』って、本当に素晴らしい作品ですね……