拝啓 焼肉ライスバーガー様

 

朝の冷気が頬を刺し、庭先には霜が白く降りる季節となりました。

厳しい寒さの中にもまた、薄氷や落葉などに豊かな季節の彩りを感じております。

そちらは変わらずお過ごしでしょうか?

 

 

我が家では毛布が大活躍しておりますが、先日テレビで「毛布は上に掛けるのではなく、下に敷くのが良い」と聞きました。

上に羽毛布団、下に毛布、その間に私。

まるで焼肉ライスバーガーみたいだと思いませんか?

 

さて、あなたのことを思い出したのは、20年ぶりになると思います。

突然このようなお手紙を受け取り、さぞ驚かれたことでしょう。

というのも、先日街を歩いていて、ふと見かけたんです。

 

 

あなたが、あの時と変わらずメニューに連なっている姿を見ました。

 

 

あなたは、モスライスバーガー焼肉という名前だったのですね。

私はてっきり、焼肉ライスバーガーだとばかり思いこんでいました。

首都大学東京みたいで、素敵だと思います。

 

あと、

 

 

大衆食堂日高も同じですね。

 

話を戻しましょう。

街であなたを見かけて、とても驚きました。

 

期間限定メニューだと思っていたんです。

小さい頃に食べて、その味が忘れられなかったのですが、いつからかモスバーガーであなたを見かけなくなりました。

確かに、具が焼肉で、パンがご飯のバーガーなんて、いかにも期間限定です。

食べられなくなっても仕方のないことだと半ば諦め、そのままモスバーガーからも足が遠のいていきました。

 

 

ところがどうでしょう。あなたは、まだモスバーガーにいた。

焼肉ライスバーガーという文字を見ただけで、ブワッと当時の記憶がよみがえってきました。

 

 

あなたもよくご存じだと思いますが、少しだけ昔話を書かせてください。

私があなたに初めて出会った場所は、いつかのお正月、祖父母の家近くのモスバーガーでしたね。

 

当時の私はまだ幼く、お正月という理由だけでいつもよりほんの少し身なりのきちんとした服を着させられる理由が、さっぱりわかりませんでした。

行先はすぐ近くにある祖父母の家で、別にそこからキレイな場所に出かけるわけでもない。

それなのに、なぜお気に入りのヨレたトレーナーと疲れたズボンではなく、お正月以外には着るはずもないチョッキを着て、何に貢献しているのかもわからないズボン吊りをぶら下げたスラックスを履く必要があったのでしょうか。

ズボン吊りは大体いつも、祖父母の家に着く前にズレてネジれてユルみ切って、ただズボンに嚙みついているだけの邪魔な紐になっていました。

 

 

お正月は、おせち料理とお雑煮を交互に食べ続ける耐久レースです。

私のような子どもは、2食半もすれば音を上げてしまいます。

スパゲッティが、ハンバーグが、恋しい。

そんな私の様子を察してか、滞在2日目のお昼に祖母が散歩に連れ出してくれました。

 

 

行先は、近くのモスバーガーです。

「モスバーガーかあ」

当時の私は、モスバーガーのミートソースがあまり好きではありませんでした。

玉ねぎのゾリゾリした食感が苦手だった私にとって、生前の姿が認識できるくらいデッカくザク切りされた玉ねぎは、かなり厳しいものでした。

更に言うと、バーガーの洋風ソース全般があまり好きじゃなかったかもしれません。

そういえばマックでも、ハンバーガーやチーズバーガーではなく、てりやきマックバーガーばかり食べていました。

てりやきが好きなのではなく、ギリ美味しく食べられるバーガーを選び抜いた結果です。

 

しかし、正月にモスバーガーまで来て「僕はポテトだけで良い」などという素っ気ない注文ができるはずもありません。

せっかく、普段一切ファストフード店に行かないおばあちゃんが、孫のためにモスバーガーまで「降りて」きてくれたのに。

 

 

ギリギリのせめぎ合いの中で見つけた一筋の光明が、あなたとの出会いでしたね。

これだったら、食べられるかもしれない。

この判断が大正解でした。

 

まずバンズ。

パンだったら実現し得ない、隅々までタレが染み染みのごはんバンズは、濃い味好きの私にとって膝まづきたくなるくらい素晴らしい発明でした。

そしてレタスみたいなやつ。

玉ねぎやキャベツ、トマトは野菜ですが、あのレタスみたいなやつは野菜ではないので美味しく食べられます。孫の偏食が気になる祖母の前で積極的に野菜を食べている自分を演出することができる点もGoodです。

焼肉は言わずもがな。

辛くも甘くも苦くも酸っぱくもない。旨味そのものだけが濃厚な密林の中に凝縮されている牛肉は、子どもの舌でも「食とは何か」という真理(ブラフマン)に到達した気分になる凄まじい涅槃体験。

 

今、こうして書いているだけでも、舌が焼肉ライスバーガーを受け止める臨戦態勢になっていきます。

他の食では体験し得ない、焼肉ライスバーガー用の神経回路が急速回転し始めます。

しかし、あなたは期間限定だったはず。

 

 

私がたしか高校に上がったばかりの頃、朝イチの体育の時間が嫌すぎて学校をサボって、モスバーガーに逃げ込みました。

平日日中のモスの2階は、高校生が逃げ込む場所としては最高のロケーションでした。

しかもあのバーガーが食べられる。

なけなしのお小遣い、今週分を全部吐き出してでもあのバーガーにまた出会いたい。

 

 

しかし、あなたはメニューに居ませんでした。

私はポテトを単品で頼んで、あとは水をがぶ飲みして午前中を粘り切りました。

 

 

あなたは期間限定。きっともう会えない。

諸行無常、盛者必衰、万物流転の真の意味を私は知るところとなりました。

 

 

ですから、20年ぶりにあなたを見つけて、どれほど驚いたことか。

チキンタツタのように、世間の要望を受けて復活したのでしょうか?

リバイバルブームのご時世に感謝しながら、私は焼肉ライスバーガーを注文しました。

 

 

あの日と変わらない、タレが染み込んだライス、食べられる葉っぱ、そしてとんでもなく味の濃い焼肉。

そう、包み紙は他のファストフードよりずっと厚くて持ちやすい質感なのに、それを貫通するくらいライスが熱っちいんですよね。

それも思い出しました。

 

 

私は20年経って、玉ねぎも食べられるようになったし、結局学校も適度にサボりながら卒業できました。

冬はこれから更に深くなり、それでもきっとまたあっという間に、毛布を圧縮袋でつぶして押入れの奥底にしまう季節が訪れるのでしょう。

月日が経つのは信じられないくらい速いのに、あなたはあの時とまったく変わらない濃さと旨さと熱さでした。

 

そうそう。

 

 

あなたといつも一緒にいたドリンクは、この20年で随分と成長しましたね。

 

 

私もさすがに当時よりは成長して大きくなったつもりでしたが、まだまだこれからということですね。

 

一体いつからでしょうか?

せっけんは、肌に塗りたくるものではなく、身体の汚れを落とすものだと理解できたのは。

 

 

私があなたに手紙を書いた理由を、まだお伝えしていませんでした。

 

 

ありがとう。

本当に、そうお伝えしたかっただけなんです。

 

あなたを食べるだけで、なんでもなかった当時の記憶を思い出せる。

あの頃は、無用なズボン吊りに腹を立てることも、正月のお雑煮に飽きることも、祖母と街を歩くことも、焼肉ライスバーガーを食べることも、なんでもない当たり前でした。

あなたが店頭から消えて、当たり前は当たり前じゃないということを知りました。

 

 

だいぶ御礼が遅れてしまったかもしれません。

今更だとあなたは嗤うかもしれません。

でも、また店頭に並んでくれて、仕事を続けてくれて、本当にありがとう。

 

 

寒さもいよいよ本番に差し掛かってきております。

時節柄、体調第一でどうかお健やかにお過ごしください。

 

敬具

 

 

追伸

 

ひと手間かけるモスライスバーガー〈焼肉〉6個入

 

今度はぜひ、我が家にお越しください。

 

(おしまい)