まずはこちらをご覧いただきたい。
みなさんは、どんなシュークリームを思い浮かべただろうか?
私が拳のシュークリームと出会ったのは、横浜の名店「レストラン アルティザン」だった。
注文を終えて料理が来るまでの間、デザートのメニューを眺めていた。
文字のみの写真はないタイプのメニューだ。
そこで隣にいたオモコロライターたばねさんが「これ、すごいですよ」と言って指をさした。
横浜のシュッとしたレストランで出会うわけがない「拳」という雄々しい文字に、私たちの目は釘付けになった。
拳というぐらいだから、よっぽど大きいシュークリームなんだろう。
私は思わず右手を握りしめた。そして、特大のシュークリームを思い浮かべて頬を赤らめた。
すると、たばねさんがこう言った。
「すごい硬いシュークリームなんでしょうね……!」
硬さ!? 拳って硬さのほうの!?
線の細いたばねさんが急に「拳といえば硬い」と武闘派みたいなことを言うのでつい興奮してしまったが、でも確かに拳って硬さの要素もある。
こうなってくると、どんなものなのか実物を拝んでみたい。
しかし、私たちはすでにプリン・ア・ラ・モードを注文した後だった。もう変更がきかないタイミングだった。
その日は拳のシュークリームに後ろ髪を引かれながらも食事を終えた。
それから一か月後、私は再び横浜まで足を運び、テイクアウトで拳のシュークリームを手に入れた。
どんなものなのか気になって気になって、もうしょうがなかったのだ。
というわけで、実際に拳のシュークリームを食べてみて、あの日の答えを確かめようと思う。
「拳のシュークリーム」 ←みんなは何をイメージする?
拳というワードから私は大きさを、たばねさんは硬さを思い浮かべたわけだが、他の人はどういうイメージを持つのだろうか。
いろんな人に聞いてみた。
Q.「拳のシュークリーム」、どんなものを思い浮かべますか?
「拳みたいなゴツゴツした形のシュークリーム……ですかね?」
愛のサダさんは突然の質問に戸惑いながらも答えてくれた。
なるほど、形状を似せている説も捨てきれない。ここにきて新たな可能性が追加された。
「拳を握った時に出っ張る骨みたいな、流線形の模様のシュークリームだと思います」
インターネット性善説ドラゴンさんも、同じく拳の形をイメージしたようだ。流線形と細かいディテールまで表現してくれた。
「大柄なおじさんが作る、外側がガリガリのハード系シュークリームだと思いました」
神田さんは作り手までイメージしてくれた。シュークリームは硬さのあるものを思い浮かべたようだ。
「拳ぐらいの大きさのシュークリームで間違いないと思います!」
永田さんは自信に満ちた様子で、拳大のサイズだと言い切った。
みんなが歩いていたところを捕まえて突然質問をぶつけたので、全員「なに? え?」という顔をしながらも、それぞれの拳観(こぶしかん)を答えてくれた。
4人ともイメージはバラバラで、形、硬さ、大きさ、と意見がばらけた結果となった。
拳のシュークリームとご対面
というわけで、拳のシュークリームを確かめる会を設けた。
集まってもらったのは、事の発端の当事者たばねさんと、ジャッジ役のみくのしんさん。
硬さ派と大きさ派で乱闘にならないよう、第三者視点で公平なジャッジを下してもらいたい。
我々はお互いの拳を掲げ、気持ちを奮い立たせた。
拳の上にハトがとまってるTシャツが視界に飛び込んできて腰を抜かしそうになった。
なんてこの日にふさわしいTシャツなんだ。このチョイスが偶然か必然か分からないが、平和の象徴コブシバトに誓い、正々堂々と拳のシュークリームと向き合いたい。
いよいよ拳のシュークリームとご対面だ。
ちなみにお店にケーキのショーケースはなく、箱に入った状態で拳のシュークリームを受け取ったので、実は私もどんな見た目なのかを知れない。
緊張しながらシュークリームが入った箱を開けた。
その迫力に、会場の全員が息をのんだ。
シュークリームの見た目は、拳ぐらい大きく、拳っぽいゴツゴツした形で、拳ぐらい硬そうだった。
そう、拳のどの要素も当てはまっているように見えた。
みんなで拳を差し出し、シュークリームの形と比較してみた。
みんなの拳がどれも丸っこく、なんならシュークリームの形が一番ゴツゴツして拳っぽかった。
誰からともなく「そんなことある!?」と声が出た。
今のところ、このシュークリームは拳の形と大きさが当てはまっているが、まだ確信には至らない。
ナイフでカットしてみた。
隙間なく詰まったクリームに、思わず沸き上がる会場。
「いいぞいいぞ!」そう叫びながら、みんなで拳を振り上げた。
指にちょっとでも力を入れようものなら、クリームがあふれ出てしまいそうだ。
ひと口食べてみると、このクリームが素晴らしかった。
口どけの良いミルキーな生クリームと、プリンのように濃厚なカスタードの絶妙なバランス。
後味は贅沢なバニラビーンズの香り。
そうなってくると、いかにこの素晴らしいクリームをこぼすことなく口に入れるかが勝負になるわけだが、どうやったって頭を左右に振って小刻みにかじりつくしかなく、必死に生きる小動物のようになってしまった。
そんな中、口内に本物の拳を入れる勢いで顎関節を開いてシュークリームに挑むたばねさんがかっこよかった。
拳のシュークリームを食べる者はこれぐらいの覚悟を見せるべきだ。
それが難しければ、お皿にのせてナイフとフォークを使うと食べやすくていいと思う。
「なにこれ、うまーーー!」
みくのしんさんは、おいしすぎて逆につらい表情になっちゃうやつになっていた。
生地のほうはどうだろうか。
表面は香ばしくてほんの少しだけ硬さを感じたが、中は繊細な空気の層の弾力でフカフカに感じた。
つまり、全体的に柔らかい。
というわけで、実際に拳のシュークリームを食べてみた感想を総合すると……、
拳のシュークリームとは、
誰の拳よりも拳の形をしていて、
拳のように大きい。
という結果になった。
後日
またレストランアルティザンへ向かった。
拳のシュークリームをテイクアウトしに。
あれからすっかりハマってしまった。
会計の際に、ふとなんとなく店員さんに話しかけた。
「あの、これってどうして拳のシュークリームという名前なんですか?」
店員さんは爽やかに答えてくれた。
「はい、テイクアウトだと分かりにくいのですが、店内でお召し上がりの場合ですと、皮を香ばしく焼いてザクザクに仕上げておりますので、それが拳のように硬いという意味で「拳のシュークリーム」と名付けております」
そうなの!?
我々が導き出した答えが一気に覆った。
というわけで、これが拳のシュークリームの真実である。
でも、みんなで拳ぐらい大きなシュークリームをワーワー言いながら頬張った思い出もまた真実のひとつではないだろうか。
ごちそうさまでした!