「君はもう白ちんぽを見たか」
肌を灼く日差し。うだるような熱気。顔の穴という穴から水分を奪っていく砂漠の風——。
真夏のエジプトを放浪中、暑さから逃れるために乗り込んだタクシーで、運転手のおっさんが仰々しく口にした『White Penis(白ちんぽ)』という単語を忘れられずにいる。
「俺たちの村に来る観光客は、みんな白ちんぽが目当てさ」
「砂ばっかりで嫌んなるけどな、白ちんぽだけは俺たちの誇りだぜ」
「君も見に来たんだろ? 俺たちの白ちんぽを……」
最初はエジプト式の終わってる下ネタかと思ったが、ルームミラー越しに覗く顔はいたって真剣で、冗談を言っているような雰囲気はない。むしろ「アレを見るまでは決して帰さない」とでも言いたげな、どこかギラギラした迫力があった。
どうやら僕が知らないだけで、この村には『白ちんぽ』という何かがマジで存在していて、村人達の手で大切に管理されているらしい。そんな猟奇系エロゲの舞台みたいな村、エジプトにもあるんだ……! 嬉しさ半分、怖さ半分の興奮が湧き上がる。
見たい……。
なんとなく「オアシスの暮らしを体験したい」という理由で訪れた村だったが、ここまで煽られたら見ずには帰れない。『白ちんぽに相見えし旅人、朝は3本、昼は2本、夜は4本のノルマで犯されるだろう』みたいな風習が残っていたらめちゃくちゃ嫌だけど。
覚悟して、白ちんぽが見たいこと、白ちんぽが何か知らずにここまで来てしまったことを運転手のおっさんに伝える。
するとおっさんは慣れない手つきでスマホを操作して、一枚の写真を見せてきたのだった。
「ああ、なんだ。知らなかったのか。これだよ」
写真に写っていたのは、ちんぽの形をした巨岩が無数に立ち並ぶ光景。
100本……いや1000本はあるだろうか。高さ2メートルから10メートルほどの真っ白なちんぽが、砂漠の上にずらりと突き出している。偉大なものを祀った墓標のような、あるいは神秘を帯びた剣のような、ちんぽの聖域は遥か地平の先まで続いているようだった。
美しかった。ちんぽを神々しいと感じたのは生まれて初めてかもしれない。
後から調べたところ『世界の絶景100選』みたいなリストにもたびたび名を連ねている場所で、「世界各地から旅行者が訪れている」という話も本当のようだ。
「ホテルの受付で話してみな。白ちんぽツアーを手配してくれるぜ」
「絶対感動するからさ。帰って来たら感想聞かせてくれや」
そう言い残して目的地のホテルに僕を降ろしたタクシーは、道沿いのマンゴー畑を猛スピードで走り去り、あっという間に見えなくなった。それから村にはしばらく滞在し、ツアーの感想を伝えるために同じタクシーを探し回ったが、結局おっさんとは再開できていない。
「君はもう白ちんぽを見たか」
その仰々しい問いかけにも、今なら自信を持って答えられる。
僕はもう白ちんぽを見た、と。
……などと美談にするつもりは毛頭ない。ホテルで「白ちんぽが見たいんですけど」とお願いしても全然通じなかったからだ。『白ちんぽ』は名称でも俗称でもなんでもなく、おっさんが勝手にそう呼んでいるだけだった。
エジプト式の終わってる下ネタじゃねえか。