「今じゃない」って思うことがたまにある。

 

告白も謝罪も発表もなんだってタイミングが大切で、そこを間違えるとマイナスに作用していくこともある。

自分の話を切り出す時も、「今じゃない」と思ったらするべきではないように思う。「今だ!」と思えれば素敵なことだが、そんな機会は珍しい。

 

 

 

「俺、精力剤飲み始めたんだよね」

 

飲み会前、暇つぶしのカフェで稲田君はそう言った。

あまりに突然言われたのでケラケラと笑った。結構深刻に悩んでのことだと説明されてもう一度笑った。

 

「効果あるの?」

「めちゃくちゃすごい、自分じゃないみたいになる」

「面白いな」

「今日の飲み会でも、一応みんなに言っておかないといけないと思ってる」

 

別にそんな言っておかないといけない事柄じゃないと思うんだけど、稲田君の表情は真剣だった。なんでだ。

 

 

大学時代の友人たちとは定期的に飲み会を開催しており、幹事は持ち回りで順々にやっている

今回の幹事は目の前の稲田君だったのだが、コイツはいつも幹事が出来ない。

今回も「なんか予約できなかった」という絶望的なLINEが届いたので、しっかり者の田中が予約などをした。

 

 

カフェで時間を潰し、東京駅でみんなと合流する。田中君は稲田のせいで3回連続で幹事をやらされていることにご立腹だった。

 

「せめて地図見て案内しろよ!」

 

田中は雑務を振るが、彼はそれも出来ない。

「こっちに進んでも居酒屋絶対無くない?」みたいな道をグイグイ進んでいく。結局田中君が地図を見て、今まで来た道を戻り店に辿り着いた。

 

 

 

「卒業してもう5年だぞ、何度も飲んでる。1回も幹事やらないって何?」

 

乾杯もそこそこに、田中君は説教を始めた。普通に怒ってた。

 

旅行に行った時も予約から運転、巡るコースまで全部やらされ、飲み会の幹事も自分の番じゃなくてもやらされる。

僕らも実際、任せすぎていた。「なんだかんだ田中がやってくれるだろ」という考えがあり、それが彼のストレスになっていたのだろう。

その中でも特に何もしない稲田に対する怒りは、僕らがいくらなだめても収まらなかった。食べログの星1.5の店を予約しようとしたこと、ゴルフで僕らを置いてカートで次のホールに行ったことなど、過去の失態も遡って断罪していた。

 

 

「幹事も出来ないし、地図も読めないし、稲田は男としてダメだよ」

 

田中は、最後に吐き捨てるようにそう言った。

 

その時、稲田の目がキラリと光った。

 

 

 

「男としてダメと言えば俺、精力剤飲んでるんだよね!」

 

 

 

 

今じゃない。

 

 

 

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