「麦わらの一味大募集」
その貼り紙を見たのは、ウユニ塩湖にほど近い町の安宿だった。
ウユニ塩湖ーー通称『天空の鏡』。
塩の大地に雨水が溜まり、見渡す限りの巨大な鏡が足元に広がる。日本の裏側、南米ボリビアに位置するこの場所は、雨季になるとはるばるやってきた日本人観光客でごった返す。
というか、ほとんど日本人しか見かけない。
鏡張りに感じ入るのは日本人特有のセンスで、欧米人からすると雪のように真っ白な乾季のウユニ塩湖のほうが美しいらしい。
それを覆い隠してしまう鏡張りはむしろ嫌われ者。「入ると靴が白くなるクソ水たまり」「パスタの茹で汁でも眺めてた方がマシ」「メノクラゲしか出てこない水場より無価値」みたいな悲しい扱いを受けている。
そんなわけだから、塩湖に水が張る12月〜3月には、現地のツアー会社も日本人向けの施策を用意する。
ツアー会社の壁に貼られた「募集表」のシステムもそのひとつだった。
「募集表」とは、要するに即席パーティーを結成するためのマッチングサービスである。
町からウユニ塩湖までは、定員7名ほどの車を貸し切って移動する。
料金は「車レンタル代+ガイド代」で固定だから、参加人数が多いほど一人当たりの料金は安い。
そこで、個人旅行で現地を訪れた日本人は、この募集表を貼り出したり、あるいはすでに貼られている募集表に名前を書き込むことで、経済的かつ気軽にツアーに参加できる。最高だ。企業の採用もこういう感じにしてくれ。
ただし問題もあった。人気の時間帯での募集はすぐに埋まってしまうのだ。
たとえば星空と朝焼けが同時に楽しめる深夜ツアーとか、晴天の日のロングツアーとか。そういうベストな条件での募集がすぐに見つかるとは限らない。少なくとも僕がウユニを訪れた時はそうだった。
だからといって自分から募集をかけるのは気が引ける。ゲストとして参加するのはいいけど、ホストとして何らかの責任を負うのは嫌なのだ。バックパッカーに「責任」「義務」「納税」みたいな言葉を浴びせると頭が破裂して死ぬ。
結局、さんざん探し回って唯一見つけたベストな条件の募集表。それが
「麦わらの一味大募集」
「WANTED」
「うるせエ!!! 行こう!!!(笑)」
と、でかでか書かれた一枚だった。
天候は晴天。時刻も青空がもっとも綺麗に見える正午。おまけにグッドプライス。
だというのに売れ残っている募集表。このミステリー、皆さんには理由がわかりますか……?
僕はわからないふりをして名前を書き込んだ。
ツアー開始の時間。集合場所に行くと、すでに男女6人組が集まっていた。
所在なさげにしている僕に気づいたようで、リーダーっぽい、ちょっと小柄なお兄さんが声をかけてくれる。
「俺らみんな大学のツレなんスよ。でも内輪のノリで盛り上がったりしないように気をつけますんで、今日は仲間っつうか、家族だと思ってくれたら嬉しいです!」
なんというか、予想に反してすごく気を使ってくれるいい人たちだった。
1ヶ月以上ひとりぼっちで旅を続けていたから「家族」という言葉が心にしみてちょっと泣きそうになる。
だから
「俺が『出港だ〜〜〜!!!』っていうんで、みんなと一緒に『どんっ!』って叫んでください。動画撮るんで」
と言われればその通りにしたし、
「じゃ、仲間の印お願いしま〜す」
とマジックを差し出されれば喜んで腕に×印を描いた。
そこに恥ずかしさとか、冷めた感情が無かったといえば嘘になる。ボリビア、海無いし。
だけどそれ以上に、目の前の愉快な仲間たちに最高の思い出を作ってあげたかった。そのためならちっぽけな自意識なんて押し殺そう。そう決めた。
そう決めたのに。
俺の腕が一番ピーンッてなってるの、なんでだよ。
なんでなんだよ。