意味のない問いかけは今日もどこかで行われている。
4人がけのテーブルで、皆川さんは彼氏に振られたと泣き出した。
残った3人は非常に困った。なぜ職場の飲み会でほぼ初対面の私たちにそんな話をするのか。どうすればいいのか。わからないが目の前の女性は泣いている。
斜め向かいの同僚、木村が口を開く。
「吐き出した方が良さそうなら、話してみてよ。僕らでよかったら、聞く、から…」
そう言ってチラリと僕を見たので、軽く2回頷いた。この場の最適解な気もしたからだ。隣に座る部下、浜田を見るとちょっと神妙そうな顔をちゃんとしていた。
元はと言えばこの浜田が「皆川さんと仲良くなりたいっすー」とか言うから僕らはこのテーブルになったんだ。
5秒ほど置いて、皆川さんは堰を切ったように彼氏との思い出を語り出した。
おそらくごく最近の話で、彼女の中でも整理がついていないのだろう。説明がとてもわかりづらかった。何故か2人の関係性をある程度理解してることが前提みたいに話が進むので、都度質問する必要があった。
「こんなに付き合ったのにそんな終わりって…」
「どのくらい付き合ってたの?」
「3年です……」
こういう質問は良い。話をちゃんと聞いてる感も出るし、全体に状況を共有出来る。問いかけが場を回していく。
私も木村も、ちょいちょい質問しながら理解しようと努めた。ただ浜田だけは、何にも質問しなかった。ちょっと深刻そうな顔してるだけだった。こいつは仕事でも1番役に立たないのにこういう場でも役に立たない。
そうしてる間に皆川さんの話は、いよいよ別れの日に差し掛かった。
「その時、私も酔ってて、怒っちゃって…」
その瞬間、浜田が顔をあげた。
そして何故かいつもより少し低い声で、ささやくように質問した。
「お酒……なに飲んでたの?」
いらなくない?
その質問いらなくない? 何その質問? それ聞いてどうすんの?
「えっ? び、ビールとか」
「ビール、か……」
皆川さんは困惑し、浜田も悲しそうな顔で黙った。なんでだ。どうなる予定だったんだ。
それからも浜田は、全然芯を食わない質問や相槌を繰り返した。普段より低い声で、真剣な眼差しで。
「もしタイムマシンがあったら、また同じ彼氏と付き合う?」
「赤坂駅ってことは、定期券の範囲からも外れるってこと……?」
もうやめろ、口を開くなと僕らが目で訴えても、浜田のエンジンは止まらなかった。
皆川さんもいちいち答えてくれるからすぐ話がどこかにいく。
脱線を繰り返し、ついに話はクライマックス、別れのシーンに辿り着いた。
「だからそこで、暗に、別れようって言われてるんだって気づいて…」
浜田はここ1番のダンディな顔と声で、皆川さんに問いかけた。
「アンって……誰?」
イカれた質問が場を止める。でも皆川さんは泣きながら、すごく笑っていた。
もしかしたら一番意味のある問いかけだったのかもしれない。