今年の夏、朝起きると自分の声が出なくなった。

風邪ではないし身体はすこぶる調子がいい。…ただ、何故か声だけが出てくれない。

“声の塊”が腹から首元までは来てくれるが、喉のポンプの力が足りず塊が滑り落ちていく感覚だ。

 

調べたところ「失声症」という症状に該当した。ストレスにより一時的に声が出ない状態になるらしい。確かにその頃の自分は、将来への不安からあまり眠ることが出来ず、不規則な生活が続いていた。

 

それでもその時は「無理やり声を出す状況になれば元に戻るだろう」とまだ楽観的だった。

近所のマックに行き、口頭で注文を試みる。……出ない。「チキンクリスプ」の「チ」が出てこない。

泣きそうになる。チキンクリスプで初めてのおつかいが失敗したみたいになった恥ずかしさもあるが、流石に焦ってきた。

 

 

再びアパートに戻り、何としてでも自力で治したいと悩みに悩み抜いた結果、たどり着いた方法は“オナニー”だった。

 

「この状況を忘れるほど楽しいことに熱中する」→「勢いで声を出す」という作戦だ。

 

決してふざけている訳ではなく真剣だ。むしろふざけでもしなかったらこの状況に圧倒されていよいよダメになりそうだった。

 

そうと決めたら服を全て脱ぐ(自分は全裸にならないとオナニーが出来ない)。

一心不乱にちんぽをしごいた。

時刻は昼12時。外からは蝉の鳴き声が聞こえる。

 

―ちんぽをしごく

 

…あれ? この方法でいいのか? 大丈夫か?

 

―それでもちんぽをしごく

 

…将来。…フリーライター。今だパッとしないこの暮らしを一年続けてきた。

 

―ちんぽをしごく

 

親父からの仕送りをATMで降ろす時はいつも心が苦しくなる。最近は目を閉じても「明細は発効しない」が押せるようになった

 

―ちんぽをしごく

 

母親から時々連絡が来る。なにか良い報告がしたいのに何も出来ない。毎回「俺はこんな凄い人達と働いている」とARuFaさんの特集ばかり見せる

 

―ちんぽをしごく

 

そういえば今日のオモコロ特集は誰だろう(本当に偶然だったが、その日は自分の特集だった)

 

―ちんぽをしごく

 

後輩ライターの記事は1万RTも伸びていた。もう自分の特集のRT数も見れなくなり、記事上部に出るシェア数欄も薄目で素早くスワイプするようにしている

 

―ちんぽをしごく

 

ネットでウケるコツは今も分からない。俺にはSEIYUのお弁当に半額シールがつく時間帯しか分からない

 

ちんぽをしごく。ちんぽをしごく…ちんぽをしご…くッ!

 

数秒後、果てた。いつも通りに精子は出た。それでも…声は出なかった(当たり前だろ)。

 

ティッシュに飛んだ精子の軌跡は小文字の「i」にも見えた。“voice”の「i」かもしれない。

なんか泣けてきた。

その後、友人や編集部のハートフルな支えにより声は無事戻った。そっちのエピソードを書けばよかった。

おわり

 

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