18時、普段は23時くらいまで帰れる気配すら無いオフィスで、上層部が焦っていた。

僕は今日、社長と会食に行く。人生で出会った人間の中で一番怖く、引き金がわからなくすぐキレるし怒鳴っただけで人を吐かせる事が出来る、ゲロ版覇王色の覇気を持つモンスター社長と会食。

僕が何か失礼を働けば上司全員が死ぬだろう。緊張する僕に、課長がアドバイスをくれた。

 

「必ず『どう?』って聞かれるから、絶対に無言になるな、1つちゃんと質問を用意していけ」

 

なんだそれと思うが、一応質問を考え、同期の3人とガチガチに震えながらタクシーに乗って料亭に向かった。

 

 

料亭の個室、少し料理が用意された席に震えながら座り、挨拶もそこそこにビールが運ばれ、乾杯をした。その時――

 

 

「どう?」

 

早い。もう来るのか。

どう?と聞かれても仕事の愚痴しか無いが、愚痴なんて社長に言えるわけがない。

何よりも社長は「自己責任」という考え方が好きだった。なので誰かの愚痴なんて言ったら僕が悪い事になる。例えば僕には浜田くんって部下がいて、アイツは八王子の風俗店で「名刺割引」という名刺を差し出せば1000円割り引かれる制度を利用しようとし、自分の名刺を切らしてたから俺の名刺を出したというとんでもないカミングアウトをしてきたんだけどこれすらも自己責任と言われるだろう。俺のどこに責任があるんだ。

 

横にいた1人が質問すると、その後時計回りに「どう?」と聞かれ続けた。全員一周するらしい。

「社長は35歳の時に独立したと伺いましたが、最初から35歳で独立、と決めていたのでしょうか」

用意していたので我ながらまともな質問だ。社長もちゃんと答えてくれる。「どう?」も一周し安堵したその刹那――

 

 

 

「どう?」

 

2周目だと。

これは予想してなかった。皆が頭をフル回転させる顔をしていた。苦手なビールだけが妙に進む。

 

「社長が最近食べたものでこれは美味しかったというものはありますか?」

 

我ながら終わってる質問だと思う。「カキ」って言われた。

 

 

 

もしかしたら社長は用意されてない質問が聞きたくて2回聞いたのか?そんな事を考えていた矢先――

 

 

 

「どう?」

 

 

3周目。嘘だろ、助けてくれ、俺はまだ箸に巻き付いている和紙すら外していないんだ。

 

「社長の好きな色はなんですか?」
「社長にもし娘が産まれたらなんて名前にしますか?」
「今度名古屋に行くのですがオススメスポットはありますか?」

 

皆の質問レベルも底の底まで落ちていく。名古屋は自分で調べろ。北海道出身の社長に聞くな。「そば」とか全然的得てない回答来てるじゃねえか。

 

皆が限界だった。ほぼ誰も食事に手を付けていない。もうやめてくれ。聞きたい事なんて何も無い。

最後の質問に短く答えた社長は、僕の料理を指差し「食べなよ」と言った。

 

ようやく解放された。硬直していた皆の身体も少し和らいだ。

 

「頂きます」と、着いてから30分以上何も食べていなかった僕は刺身を口に運び、一口咀嚼した。その瞬間――

 

 

 

 

 

「どう?」

 

 

 

 

 

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