会社員として働いていたある日のこと、同期の岸辺と僕の2人が係長的なポジションに昇格した。

急に何人も部下が出来て、残業が1.5倍になり、課長に怒鳴られる回数も5倍になった。そして給料は0.9倍になった。意味がわからなかった。毎日心をすり減らしながら働いていた。

 

僕はまだマシだった。普段からミスの多い岸辺は昼食を摂ることも許されず、トイレでこっそりパンを口に詰めていて、それを見てしまった僕に「内緒にしてくれ! 頼む!」と言ってきた。この世の地獄だと思った。

日付が変わるくらいの残業に加え、ミスしなくても毎日怒鳴られる。心身ともに死んでいく僕らに、伊東部長だけは優しかった。

 

「いつも頑張ってるな、もう残業いいから焼肉行こう」

 

伊東部長は忙しく全国を飛び回っていたので、あまり顔を合わせたことが無かった。部長からしても、僕らなんかほぼ知らない人のはずだ。そんな僕らに、普段なら立ち入ることすら出来ないような高級焼肉店を案内してくれた。

 

「昇格おめでとう。今の不満を言ってくれ」

 

僕らは一瞬目を合わせ、勤務時間のこと、何もしてなくても怒鳴られること、ストレスのことなどを伝えた。岸辺は「お昼ご飯を食べたいです」と言いながら泣いていた。こんな可哀想な奴はいない。

 

部長は「わかった。正当だ」とだけ言って、スマホを操作し、こう続けた。

 

「社内のことは俺がどうにでもできるけど、ストレスは付き合い方の問題だな」

「どんな状態であれ、ストレスはある。働いてたらそりゃあるし、働かない時はそれについてのストレスがある。だからストレスとは、上手な付き合い方を見つけろ」

「俺の解消法はサウナだけど、カラオケ行って発散する奴もいるな。特にそういうの無ければ、一番簡単な解消は、三大欲求を満たすことだ。休みはよく寝ろ。好きなものいっぱい食え。あとは抱け、風俗でもいいから」

「明日休みだろ? めっちゃ寝ろ。あと今日は死ぬほど良い肉を食え」

 

 

「なるほどなあ」と感心した僕は、浴びるように肉を食って14時間寝た。

 

そして部長の現場指導により、残業は劇的に減って、あまり怒られなくなった。岸辺も「今日はお昼食べていいんですか!?」って聞いてた。本当に可哀想な奴だ。

 

週に1度の業務報告の最後に、僕らは焼き肉の日のことを書くことにした。業務が改善された事と、伊東部長への感謝を綴った。

どんな時でもミスの多い岸辺は「部長の三大性欲の話、一生忘れません!」と書いて送信したので社内は普通に騒然となった。

 

おかげさまで、その後もそれなりに働き続けることが出来た。伊東部長は常に気にかけてくれて、たまに食事をご馳走してくれた。

 

僕が仕事を辞めた後も、すぐに連絡と仕事をくれた。

伊東部長、本当に有難う御座いました。

 

まさか横領で捕まってしまうとは思いませんでしたが、とても感謝しています。

 

 

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