ギター教室に週一回通っている。
パソコンのタッチタイプが出来るならギターも軽く弾けるだろうという愚かな確信から通い始めた。だが当然、現実は甘くない。
そんな理由でギターをマスターできるなら、けいおんの影響でギター始めたオタクは全員メジャーデビューしているだろうし。
今練習している曲は、中島みゆきの「シーサイド・コーポラス」。
港町の情景を優しい語り口で描いた歌だ。とても良い歌なので是非聞いて欲しい。あと、短いのでカラオケで歌うと上手く時間調節出来る。
そんな名曲も、演奏するとなると話は別だ。
全く、弦を押さえられない。
ボルタリングの要領で産道を通ってきたせいなのか知らないが、僕の指はやたらと長い。おかげで素早く動かすと指同士が絡まりまくる。
指が長いからって良いことないな本当に。肛門に入れても第一関節がやっとだし。
特に、Bmというコードを押さえるのが大変だ。
Bmは、陽性の妊娠検査薬を夫に見せびらかす時のように指を曲げた状態で、弦を抑える。ただ押さえるだけなら簡単だ。しかし、演奏中にリズムに乗って押さえようとすると途端に崩れる。
その日も、講師の先生の前で繰り返し弾いてみたのだが、上手くいかない。数十分繰り返し弾き続けたので指もすっかり疲れてしまい、しばらく休憩となった。
休憩中、弦に指を掛けたままボーっとカレンダーを見つめている僕。
もう今年も終わりだな、なんて思っていると、先生が突然スマホの画面をこちらに見せつけてきた。サンタコスに身を包んだ色の白い女の子が写っている。何?
「かわいいでしょ?この子」
自慢げに微笑む先生。
ふーん。俺の方が可愛いけどね。未だにワサビが苦手だし。
という対抗意識を押さえつつ、同意する。
「確かにかわいいですね。誰です?」
「昨日行ったキャバクラの子。夢顎くんはキャバクラとか行かないの?」
「1人じゃ行かないですね」
「え?そうなんだ、会社の先輩とかに連れてって貰ったこともないの?」
あったかなあ。無かったような。あ、でも。
「……似たような店ならありますね」
「似たような店って?」
僕が答えると同時に、弦に掛けていた指が緩んだ。
「おっぱいパブ(ジャン♪)」
ジャン?
神憑り的なタイミングで弦が鳴ってしまった。「え?マジ?」というような表情を浮かべてこちらを見る先生。
どうしてこんな時に指が緩んでしまったのか。
棋士の羽生善治は、勝利を確信すると興奮で指が震えるらしい。
では僕も、おっぱいパブという答えにたどり着いた興奮のあまり指が震えたというのか。
「最低の坂崎幸之助」こと僕は、ただ無表情を貫くしか無かった。