「バイトの休憩室」と聞くと、「備品が雑多に詰まれていて」「そこまで広くない」くらいの小部屋を連想する人が一番多いのではないかと思う。
実際、僕が大学生の頃に働いてた牛丼チェーン店の休憩室も、バイトが荷物を入れるためのロッカーと、持ち帰り用の空き容器のストックなんかが積まれているくらいの狭い4畳半の部屋がそうだった。休憩時間になるとその部屋でまかないを食べたり、仮眠を取ったりするのである。
そんな「休憩室」ではフリーターの岡本くんと一緒になることが多かった。岡本くんはやたらと長時間労働のシフトを組んでおり、シフトの狭間で長めの休憩を取ることも多く、深夜番をしていた僕と休憩時間がかぶることがしばしばあったのである。
そんな岡本くんは重度の風俗狂いで、長時間労働によって得られる、決して少なくない金額を毎月毎月、綺麗さっぱり風俗にブチ込んでいるらしく、「飛田新地」という名前を人生で一番最初に聞かせてくれたのも岡本くんだったし、出会い系サイトにハマりすぎ、「当時のバイト代が8万円なのに、12万円の請求が来た」という言葉で世間の怖さを教えてくれたのも岡本くんである。
そんなバイトの給料日。いつものように岡本くんと一緒に休憩時間を過ごしているうち、岡本くんが「この給料日までがいかに長かったのか」を語り出した。「6月はほんまに金欠やったから全然遊ばれへんかったんスよ……」「大変っすね」いつものように適当にスルーしていたのだけど、今回の岡本くんは妙にしつこい。「金欠で、風俗にも全然行けてないんスよね……」 そして10秒くらいの沈黙のあと、意を決したように岡本くんが口を開いた。
「あの、ここにデリヘル呼んでいいッスか!?」
「ぶっちゃけ、僕溜まっててヤバいッス!」
「やばいのはお前の頭じゃないか」と思った。バイトの休憩時間くらい我慢出来ないのか。そもそも、岡本くんが休憩室にデリヘルを呼んだことがバレたら、止めなかった僕も一緒に怒られるかもしれない。
「いや、僕は別に構わんけど……」
好奇心が勝ってしまった。バイトの同僚としては本来、岡本くんの暴走を止めるべきだったのだろうけど、こんな小汚くて狭い部屋にデリヘルを呼ぶだなんて、岡本くんは最高にロックなやつだな、と思ってしまったのだ。バイトの休憩室ならホテル代も節約出来て一石二鳥、というところなのかもしれない。
「マジっすか!いいんすか!?」
「ええよ。僕は適当に外で時間潰してるから」
「マジっすか!ありがとうございます!」
岡本くんはむやみに僕に頭を下げ、「マジっすか!」を連発した。嬉しそうにカバンから風俗情報誌を取り出し、ペラペラとページをめくる岡本くんを尻目に、「じゃあ、僕はゲーセンにでも行ってるから…」と休憩室を出ると、閉まりかけたドアの向こうで、笑顔の岡本くんが僕にペコリと頭を下げた。
※ちなみに「シャワーが無いから」という理由でデリヘルは来ませんでした