第39回「王の器」

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OP/いとしいご主人様 ED/悲しみのラブレター
唄/森の子町子

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「付いていく人を間違えると終わる」

 

僕がブラック企業で学んだ、数少ない事の1つだ。

色んな上司がいて、どの上司の下に付くかはわりと自由だった。「コイツには付いていっちゃダメだな」と判断したらすぐに離れた。多様な経験をしていくうちにいつしか自分も上司と呼ばれる存在になり、上司たちから学んだ良かったことだけを部下に実践していった。

 

みくのしん、というライターがいる。

彼は自分が今まで見てきた上に立つ人物のどのパターンにも当てはまらない。

 

ライターの先輩だけど「読み書きが苦手」という致命的な弱点があり、記事も全然書かない。タクシー代は着服するし、社会的弱者にだけすこぶる強く、こんな終わってる人間が、「みくのしん軍団」という名を冠した軍団の長を務めているなんて、結構意味が分からなかった。

 

僕はひょんな事から、ええと、たまたま撮影の手伝いをして帰りに一緒に飲んだら翌日に軍団認定されていた。ひょんな事ってよく聞くけどこういう事を言うんだな。

 

若いライター同士の軍団、というのは凄く良い。軍団員もそれぞれ違った技術や視点を持っていて、良いメンバーだと思っている。今はなんとも思われてない僕たちがすごく頑張れば、1つ上の世代も「負けてらんねえ」と良い記事で応戦するかもしれない。それが、クソコピペ記事で溢れたWeb記事界の良化にわずかにでも繋がれば最高だと思う。

 

ただ、ここでいいのか。

 

いや、コイツでいいのかと、悩ましい日々だった。

 

 

 

 

 

「僕がお金全部出すんで軍団員で年末旅行に行きましょう!」

 

ある日、妙な知らせが来た。

収入も少ない彼が何故全員の宿代を出すのか未だに理由がわからないが、ライター同士の親睦を深める絶好の機会に無料で行けるということで、断る理由もない。

 

 

12/30 レンタカーを借りて、湯河原へと向かった。

 

旅行は楽しかった。道中も大いに笑ったし、ご飯もおいしかった。(春巻とレンコンとカレーは悪夢のようにマズかった)

撮影をしたり、作業をしながらも、酒を酌み交わし、よく話をした。

 

年末の旅館代を全額出してもらうなんて、とてもありがたい。

みくのしんが居ないところで、「良いねえ」「ありがたいねえ」なんて話もした。

 

ボードゲームで一緒に遊んだりもしたりして、気づけば深夜3時。

そろそろ寝るかと布団に入った、その10分後。

 

 

 

 

 

 

 

ガガッ! ガガガガガズガガ! ピー!

 

 

ガガッ! ガガガガガズガガ! ピー!

 

 

 

古い作りの和室に響く爆音。

 

「なんだ!?」と目を覚ます。

 

音は、大きな口を開けたみくのしんから発せられていた。

 

とても同じ部屋にはいれないくらいの音量だったので、すぐにみんなで隣の和室に移動した。

 

 

 

「なにあれ。いびきってあんなになるの?」

 

ラジ「人間が発する音じゃない」

かまど「部屋で原付が走ってるのかと思った」

たかや「僕寝れそうに無いので作業します」

 

 

ただ僕はすごく眠くて、どうしても寝たかった。

「頑張ってきます」と伝え、爆音鳴り響く寝室へ。

 

 

 

 

 

 

 

ガガッ! ガガガガガズガガ! ピー!

 

 

 

ガガッ! ガガガガガズガガ! ピー!

 

 

 

無理だ。人が寝れる音量じゃない。寝るためには殺すしかないなんて。

 

一瞬起きればいびきは止まるんじゃないかと、僕は布団越しに彼を蹴った。

 

 

ドガッ……

 

 

……

 

 

……

 

 

 

スピュピュピュピュピュ! ズゴー!

 

 

 

スピュピュピュピュピュ! ズゴー!

 

 

 

音の種類が変わった。

 

和室から「あはははw」と声が聞こえた。

 

 

「蹴ったけど無理だった」

 

山ラジ「おもちゃの光線銃とかと同じ仕組みだから」

かまーど「運が良ければ止まる」

 

 

僕はイヤホンをつけて、パケットを気にしないことにして作業用BGM(雨音)を大きく流して布団をかぶって眠りに就いた。

 

音はたまにイヤホンを貫通してくるので色々攻撃をして、気づけば眠っていた。その時刻は朝5時頃。

 

 

宿のチェックアウトは12時。

 

朝食が7時~というふざけた時間設定だったので、起きれたら行こうみたいな感じだったけどさすがにみんな起きれなかった。

一瞬8時くらいに起きたがみんな疲れ果てた様子で眠っていたので、じゃあ11時くらいに起きればいいんだ、それなら少し寝れると思っていた。そしたら。

 

 

 

 

10時

 

 

みくのしん「みんな朝だよ~! ウリウリ~!」

 

 

 

 

ブチ殺すぞ。

 

たっぷり寝て元気いっぱいのみくのしんが、みんなを起こしはじめた。

一番寝れていなかったかまどの布団を捲ったりしていた。みんな口々に呪詛を吐き出す。

 

 

「やめろ」
「寝てろ」
「死ね」
「黙れ」
「殺すぞ」
「お前だけ元気な理由を考えろ」

 

 

みくのしん「あ、いびき? やばかった?」

 

 

「自覚あるのかてめえ」
「死んでくれ」
「11時まで静かにしてろ」
「一生息を吐くな」
「窓から飛び降りろ」
「サウナで寝てろ」
「蹴り殺すぞ」

 

 

みくのしん「わかったよ……」

 

 

 

11時

 

みくのしん「みんな~~起きてよ~~……」

 

 

さすがにみんな起きた。

その時、みくのしんはテンションは下がっているように見えた。

 

さっきはみんなで言い過ぎちゃったかな、と思って、少し反省しつつ彼のTwitterを見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっと強く言えば良かった。

 

 

 

 

 

一晩でこんなに評価下がる人を初めて見た。ちなみに神田くんだけはいびき中もずっと寝てた。剛胆。

 

 

 

チェックアウトし、記事の撮影のため、かまーどの運転で海を目指す。

アイツのせいで朝飯を食えてないので、少しおなかが空いていた。

 

みくのしん「海近いから魚か貝食いたいなー!」

 

彼は大きい声で望みを言うだけで、調べないし、運転もしない。望みを言うだけで連れていって貰えるのは彼女だけだ。

 

車内ではみんな、「マックで良くね?」という空気が充満していた。マックなら海の近くにあったことを覚えていたからだ。

僕も旅行先ではその土地のモノを食べたいと思う方だが、寝不足でそこまでのモチベーションが無く、ちょっとしたハンバーガーとコーヒーくらいがちょうど良さそうに思えていた。

 

 

車はあっという間に、通りかかったマックに吸い込まれた。みんなも異論はない。

みくのしんだけが、「何で旅先でマック行くんだよ!」とキレていた。

 

店内に入り、順番に注文。ちょっと混んでいて、2人席に3組ずつ座る感じになった。旅行のおかげか、かまーどと2人の沈黙が気まずくなくなっていた。

みくのしんは店内に入っても、列の最後尾で「何でこんな海の近くでマックなんだよ」と、まだキレていた。

 

レジの近くの席だったので、みんなの注文の声が聞こえる。たかやが普通に注文ミスってた。みくのしんはまだ文句言ってた。

 

 

「魚とか絶対おいしいのにさーなんでなんだよ!」

 

「俺旅行先は絶対その土地のモノ食いたいのにさー!」

 

「あーあ! 海近いから魚おいしかったんだろうなー!」

 

 

店員さん「ご注文をどうぞー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フィレオフィッシュで」

 

 

 

 

 

 

彼は一切ブレない。

 

自分の信念を曲げない。

 

 

 

 

王の器なのかも、しれないな。