「お客さん、ひょっとして今から仕事ですか?」
「いやいや、仕事終わりに実家に顔を出してたんですよ。父の還暦の祝いでね。今から都内に帰るわけです」
「はあ、なるほど。ここいらでこんな時間にタクシー待ってる人間なんて、なかなかいないもんでね。幽霊かと思っちゃいましたよ」
「ははは、タクシーの運転手やってたら、霊体験なんて慣れっこじゃないんですか?」
「そうですね……私もまあ、いくつか怖い思いもしましたけどねぇ」
「へぇ、僕そういう話が大好きなんですよ。何かひとつ話してくださいよ」
「そうですか? じゃあ……」
「とはいえ、こっちも仕事ですからね。30分くらいかけて墓地に行ったんですよ」
「『なんか怖いから』って理由では断れないですもんね」
「ところが墓地について振り返ってみると……」
「まさか女はいなくなってて座席のシートがグッショリ、みたいな!?」
「なんで水の量多くしちゃったんですか。グッショリどころかヒタヒタになってたじゃないですか」
「えー、だめでした? 溺れるかと思って怖かったですけどね」
「あ~あ、ガッカリだな。せっかく怖い話が聞けると思ったのに」
「う~ん、じゃあこんな話はどうでしょう?」
「うわぁ……! お婆さんが近道をして先回りしたってことは?」
「曲がりくねった道でしたけど、ショートカットできるようなところはありませんね」
「じゃあ、同じ背格好の老婆がたまたま二人……」
「夜の山道に老婆が二人歩いてるって、その方が不自然じゃないですか。私は、これはヤバいぞと。一刻も早く逃げなきゃと思って車を走らせたんですがね」
「まさか」
「そのまさかです。10分ほども走った頃でしたかね……」
「運転手さん、怪談のセンスないんじゃないの?」
「ちょっと待ってください。そうまで言われたら私にも意地ってものがありますよ。次の話を聞いてから、センスがあるかないか判断してください」
「ほう、こりゃ楽しみだ」
「あれは去年の夏のことでしたかね。街でカップルのお客さんを乗せましてね……」
「N岬ってのはここいらの観光名所でね。断崖絶壁になってて夕日がきれいなとこなんですよ」
「そこなら知ってますよ。確かに良いところだけど、自殺の名所でもありますよね」
「よくご存知で」
「なんだこの話」
「え、怖くなかったですか?」
「この縮尺だと霊じゃなくてUMAだよね」
「UMAなら怖くないと? ドシャ降りの夜にヒバゴンが突然アパートを訪ねてきても怖くないと?」
「それは怖いよ!」
「しかしこういった怪談って、何がしたいんでしょう」
「ん? どういうことですか?」
「いやね、女がいなくなってて後部座席が濡れてたとか、海から白い手が伸びてたとか、仮にそれらの話が本当だとしてですよ、その……霊? 霊は何がしたいんでしょうね?」
「怖がらせたいんじゃないですか? 他に理由あります?」
「怖がらせて何の得があるのか?っていう話です」
「ああ、そりゃあ……怖がらせた方がコントロールしやすいんじゃないですか」
「コン…………は?」
「…………」
「ん?」
「…………」
おわり