「アイスバース」とは、韓国の二次創作を発祥とする世界観「ケーキバース(케이크버스)」から派生した特殊設定である。
まえがき

数年前に紙面を賑わせた、とある「融解事件」があります。
都内アパートに同居していた「アイス」男性の遺体を「ジュース」男性が遺棄し、のちに「ジュース」男性が自死を図ったという無理心中(未遂)事件。
この事件は「アイス」と「ジュース」のカップル間で起きた悲愴な心中としてメディアが連日取り上げていたため、記憶している方は多いでしょう。
本記事は、この事件に対し、筆者が行った独自取材の記録です。
事件記録

▲12/14(日)、突発融解による救急搬送者の累計が100人に達した
まず、当時の報道や新聞記事をもとに、
あの日に起こった事件を振り返っておきましょう。
かの事件は、「アイス」と「ジュース」の性質が世間に認知されて間もなく、国が各種社会制度を急造で整備している最中に起こったものでした。
事件記録1 アイスとジュースの性質

▲アイス性発見初期、症状の「感染」を危惧した各病院はそれぞれ専用の外来を設けていた
アイス(Ice)とジュース(Juice)は、ここ十数年の間でごく少数の人間に発現した、いわゆる「第二の性」に近い現象あるいは疾病です。未だ現代科学で解明できていない部分が非常に多く、その原因や対処法は今もって判明していません。
アイスもジュースも非常に希少であり、それが発現する理由や有意な傾向も殆ど見つかっていません。
しかし少なくとも、その形質が子に「遺伝」したり、空気や粘膜を通して他者に「感染」したりすることはないようです。
双方の性質をやや雑に表現すると、以下のようになります。
- アイスはジュースに溶かされる
- ジュースはアイスを溶かしてしまう
アイスには、ふたつのとても大きな特徴があります。
それは、まず「一般的な人間よりも明らかに体温が低い」こと。
そして、「ジュースと結ばれると体が氷のように溶けて死亡する」ということ。
前者は比較的分かりやすいでしょう。
アイスの体温は、一般に低体温気味とされるヒトの体温をさらに数度下回ります。
しかし健康上は何の問題もないため、これがアイス判別の最も大きなポイントとなります。
生まれたときからこの体質を持つ「先天的アイス」の場合もあれば、それまでは標準的な体温だった人が突然にこの体質を持つ「後天的アイス」の場合もあります。
そして問題は後者です。
「ジュースと結ばれると体が氷のように溶けて死亡する」という特徴。
現場には、かつてアイスだった人の液体が残され、その液体からは当人のDNAが検出される。
「結ばれる」の定義は今もなお曖昧です。
告白が成功した約三分後に体が溶けはじめた神奈川の女子中学生の例や、
明朝のベッドの中で融解液にまみれた状態で発見された成人男性の例(※)を鑑みると、「何らかの方法で明示的に相互の恋情を確認する」ことがトリガーであろうと思われています。
(※)男性は警察の取り調べに対し「朝起きたら恋人が溶けていた」と証言している
しかし不思議なことに、身体にそれほど重篤な変化が起こっているにも拘らず、いずれの場合も融解中のアイスが苦痛を感じている様子は一切見られないようです。

▲コネチカット州で撮影された融解直後の水溜まり写真(通称”Shoe In Water”)は、当時のSNSを中心に大きな話題を呼んだ
ただ当然ながら、それらの線引きはあまりにも主観的です。
性質上、事前の把握や生体実験の実施が難しいことから、各国の研究機関はほぼ事後報告によってしかこの症例を把握できていません。
このようなアイスの多様な特徴に対し、ジュースの特徴はある意味でとても明快です。
ジュースの特徴はただひとつ。
「アイスと結ばれると、アイスを溶かしてしまう」こと。
アイスにおける低体温のようなすぐ分かる特徴も、体が溶けて死亡するといった生命の危険もありません。
ただただ、「アイスが溶けるきっかけを与える」という形で発現します。
なお、すべてのアイスがすべてのジュースに対応するわけではないようです。
つまり、例えば一人のジュースが十人のアイスと恋愛関係を持った場合、十人のアイスが一斉に溶けるのではないということです。
今のところ、一人のジュースに二人以上のアイスが「対応」した例はなく、あくまでも特定の、一対一の関係でのみ発現する性であるようです。
そのため、多くの週刊誌やSNSは、このアイスとジュースの生物学的な繫がりをしばしば「運命」と形容し、叶うことの無い悲劇的な恋愛関係として大きな注目を集めました。

▲水無月小春によるウェブ小説『凍結関係』は、アイスの苦悩と恋愛を描いた最初期の小説として話題になり、180万PVを超える絶大な人気を博した
例の事件も、そういった風潮のいわば過渡期に発生したものでした。
事件記録2 現場の状態
その事件は、都内の企業で働いていたアイス男性(以下、Iさんと表記)の同僚による通報をきっかけに発覚しました。Iさんは長期休暇が明けてもなお三日間の無断欠勤を行っており、普段の就業態度を鑑みて訝しんだ同僚は彼の住所へ向かいました。
Iさんの居住していたアパートは鍵が開いており、中に彼の姿はありませんでした。
代わりに、Iさんの親友として知られていた男性(以下、Jさんと表記)がアパートの床に昏倒しており、周囲からは大量の睡眠薬の空き瓶などとともに、IさんとJさんの連名による遺書が発見されたそうです。
以前からIさんのアイス性(低体温)を知っていた同僚はその場で警察に通報し、事件が発覚しました。
搬送されたJさんは、間もなく意識を回復。
警察の聴取に対し、彼はIさんとの無理心中を図ったことを告白しました。Jさんは、先天的アイスであり親権者もいないIさんにとっての唯一の幼馴染として、長く半同棲状態にあったことが知られていました。

▲当時、病院前には多くの報道陣のほか、他病室の入院患者家族が詰めかけた(アイスの「感染」を危惧してJさんの入院に反対したため)
その時点でIさんの融解液はどこにも残っていませんでしたが、
・遺書の字が紛れもなくIさんであったこと
・Iさんのアイス性は公的にも(※)周知の事実であったこと
・Jさんの証言と周囲の監視カメラ情報に矛盾がないこと
などから、この証言は受け入れられました。
※Iさんは幼少期にアイス性としての届け出を行っていたほか、IさんとJさんはともにアイス関連保険に加入していた
自分たちの感情を確かめ合うのが怖かった。
でも、お互い、もう我慢の限界だったんです。
この関係に怯え続けるぐらいなら、彼の死を見届けて、一緒に死のうと思った。
僕は浴槽で眠る██の溶けかけた顔を、最後にもう一度目に焼き付けてから、排水溝の蓋を外しました。
死んだあとは窮屈な浴槽や墓の中ではなく、せめて広いところへ行きたい。
それが、生前の彼の願いだったからです。
(『週刊高野』第71号「声にならない叫び~アイス心中事件・悲劇の獄中手記~」より)
この事件が新聞やテレビで報道されると、例によって「アイスとジュースの悲恋」として大々的に取り上げられました。
上記の手記(の一部)をワイドショー等で目にした人は多いでしょう。
いずれにせよこの事件は、アイスとジュースの福祉や社会保障、様々な法整備に関する議論を進めるにあたっての大きなターニングポイントとなりました。
事件記録3 アイスとジュースの存在する社会
当時、IさんとJさんがアイス関連の保険に加入していたことは広く知られています。これはアイスとジュースの体質が解明され始めて間もなく、社会的不安が大きかったころに誕生した新興のビジネスでした。
IさんとJさんが加入していたのは、俗に「アイス保険」「ジュース免責保険」と呼ばれるものでした。
前者は比較的有名でしょう。
アイス保険(会社によって様々な呼称がありますが)は、アイス当事者向けの死亡・介護・精神ケアの特約です。
アイスとして予期せぬ融解が発生した場合の遺族向け生命保険は特に、当時散発していた融解死亡事故とその不安感の受け皿になりえました。
対して後者は、潜在的なジュースを対象にした保険でした。
早い話が、アイスの遺族から訴えられた場合の弁護士費用の肩代わりです。
こちらはアイス保険と比較して、少なからぬ悪感情と共に受け入れられました。
「ジュース免責保険」誕生の背景には、アイスの死亡をめぐる泥沼の争いがありました。
アイスの死をめぐって発生する典型的な「争い」は、以下のようなものです。
アイス性の有無は低体温で事前に判別可能なので、「相手がアイスだと知りながら恋愛関係を結ぼうとした」交際相手には明確な殺意が存在する、と考えたアイス遺族が交際相手のジュースを提訴。
結果、「恋愛関係の成立」をどう証明するかや、そこに殺意を認めるかの論争で泥沼化するケースが多発しました。
(クリスタル新書『頭のいい人の対アイス・コミュニケーション術 これでアイスは怖くない』より)
なお、これはアイスという「生態」がもたらした「自然死」に近いため、
原則としてアイスの融解死に「殺人罪」は適用しない──というのが現在の法解釈の主流であるようです。
しかし、脅迫や依存形成(マインドコントロール)により相互の恋情を誘導した、とみなされた場合はこの限りではありません。恋愛という「感情」は処罰できずとも、強要や欺罔といった「行為」は罪に問える可能性があるから、というのがその大まかな理窟です。
しかも判例はほぼ皆無であるため、検察の腕によっては実刑も有り得る、というのが当時の風潮でした。
そして、この不安感を最も端的に表したのが、先ほどの「ジュース免責保険」だったのです。
誰もが加害者(ジュース)になる可能性があるという恐怖がビジネスに変化した、最初期の例でした。
そのため、そういった新興の保険は、当事者間では寧ろ「不謹慎」として忌避される傾向にありました。
事件記録4 アイスが社会に与えた影響
周辺報道により「とりあえずアイスには近寄らない方が良い」という世論が形成され、アイスに対する差別が社会問題となりました。「両想い」の成立が殺人/死亡の可能性を生むことから、恋愛感情を表に出す機会が減り、出生率が大幅に低下しはじめたのもこの時期です。
互いの恋愛感情の確認を忌避する風潮は、当時のトレンドであった無性愛・アセクシャルへの憧れも手伝って、若年層を中心に広く受け容れられました。
「告白の先延ばし」を意味する「凍結」という言葉は、中高生の間で一種の合言葉として流行し、やがてポップカルチャーに合流します。
昨年の流行語大賞となった「凍結もの」は、いわゆる「両片想い」をさらに発展させた若年層向けの甘酸っぱい恋愛映画ジャンルとして、一大ブームを巻き起こしました。

▲アイスの女性を主人公とするウェブ小説として人気を博した「凍結関係」は、来春のショートドラマ化が決定している
こうした風潮への反動が、先述した「運命」「悲恋」への憧れに繋がったことは言うまでもありません。
アイス/ジュースとしての葛藤を乗り越えた、「死んでもいいから結ばれたい」「愛する人に看取られたい」という思いを描いた作品が、プロアマ問わず多数発表されました。同時に、それを実在の事件に投影する風潮も、作品の人気と共に加速していくことになります。
かくして、IさんとJさんの、アイスとジュースの心中未遂事件は、
「自由恋愛の氷河時代とも称されたこの時代を象徴する」(※)事件として知られることとなりました。
(※)「アイス無理心中未遂事件にみる『情愛』と『うわさ』の構造:阿部定事件と比較して」より引用]
Jさんは、殺人罪には問われませんでしたが、Iさんの死体を浴槽の排水管から水に流した点で死体遺棄の罪に問われ、懲役二年六カ月の実刑判決を受けました。
初犯にも拘らず執行猶予のないこの判決を重いとする意見もありましたが、双方が控訴しなかったため、Jさんの刑は確定。
アイスの「死体」とその扱いをめぐる重要な判例として位置づけられました。
Jさんはすでに刑期を終え、社会に復帰しています。
筆者は独自の取材を重ね、出所後のJさんと接触することに成功しました。
アイスバースを象徴するこの事件を調べていくうち、あるひとつの可能性に思い至ったためです。
取材記録抜粋
筆者:この事件に関して、理解の難しい点が二点あります。
Jさん:はい。何でしょうか。
筆者:一点目は、「IさんとJさんが、アイス保険とジュース免責保険に加入していたこと」。当時、新興ビジネスとして各社が始めたこの制度は、アイス当事者からは忌避されていた。まして、先天的アイスとして幼少期からアイス性を発現していたIさんや、その幼馴染のJさんが、世間の潮流に流されて保険加入を決めたことは、少々不自然に感じました。
Jさん:別に、全員が全員あれを忌避していたわけではないと思います。一応の保険として加入していた当事者も少なくないと思いますが。
筆者:ええ、もちろんです。しかし、あなたがジュース免責保険にまで入る必要はあったでしょうか。Iさんに親権者はいない。実質的な家族はあなただけだったのだから、「アイスの遺族から訴えられた場合の弁護士費用の肩代わり」の保険に入る必要はないはずです。
Jさん:……いや、そんなことは。
筆者:二点目は、「Iさんの死体を浴槽に流したこと」。身体が溶けて死亡するアイスの死に場所として、慣れ親しんだ家の浴槽を選ぶことは理解できます。しかし、なぜ死体を流す必要があったのでしょうか。それさえしなければ、死体遺棄で実刑判決を受けることもなかったのに。
Jさん:それが、彼の願いだったからですよ。あなたもあの遺書を見たのでしょう。
筆者:はい。IさんとJさんによる連名の遺書には、「死んだあとは窮屈な浴槽や墓ではなく、せめて広いところへ行きたい」と書かれていました。
Jさん:でしょう。僕はそれに従ったのです。
筆者:しかし、そのためにわざわざ浴槽の排水管まで綺麗に清掃するでしょうか?
Jさん:……するのではないですか。液体とはいえ、死体ですし。
筆者:取材記録の通り、Iさんの融解液は「どこにも残っていませんでした」。どこにも、です。液状化した死体をただ排水溝経由で遺棄しただけなら、どこかにそのDNAなどは残る。しかし、あの家は排水管に至るまで徹底的に清掃されていた。ハウスクリーニング業者でも中々使わないような、洗浄専用の薬品が検出されるぐらい、徹底的に。あの遺言に対し、そこまでの行動をするでしょうか? 明らかに自筆の遺言があったから、警察は詳しく調べなかったようですが。
Jさん:…………。
筆者:以上の二点が、私の理解が追い付いていない点です。つまり、「①アイス当事者間ですら敬遠している保険制度の濫用」と、「②メリットのない死体遺棄」。特に不可解なのは後者ですね。わざわざマイナーなジュース免責保険まで見つけてくるほど訴訟リスクを危惧している人なら、死体を無断で流失させることのデメリットは理解しているだろうに──
Jさん:もういいでしょう。あなたは、何かの結論を持ったうえで私に質問をしている。何が聞きたいのですか。
筆者:そうですか。では、単刀直入に言います。あなたはジュースではない。少なくとも私はそう思っている。
Jさん:……ジュースでは、ない? しかし現に、Iはアイスとして生を享け、アイスとして死んでいるのですよ。
筆者:はい。Iさんがアイスであることは役所もお墨付きを与えている。疑いようのない事実です。つまり、あなたがたはアイスと一般人のカップルだった、ということでしょう。
Jさん:しかし、Iは確かに溶け死んでいたじゃないですか。それとも何か、Iには、僕の他に、ジュースとなる恋愛対象がいたとでも?
筆者:その疑心に耐え切れなくなったから、あなたは心中を選んだのでしょう。もしくは「あなたがた」かもしれませんが。
Jさん:…………。
筆者:私の推測を述べます。まず、あなたとIさんは幼少期から淡い恋愛関係にあった。Iさんがアイスであることは知っていたから、その感情を互いに確認することは長らくなかったかもしれません。しかし、どこかのタイミングであなたとIさんは「結ばれた」。それがどのような行為であったかは知りませんが、恐らくは決死の覚悟だったでしょう。
Jさん:……そうですよ。だから、あんな心中事件を起こしてしまったんです。
筆者:いえ、違います。何故なら、相思相愛を確認したはずなのに、Iさんの身体が溶けることはなかったからです。一般的に、アイスとジュースは運命によって決定づけられた唯一無二の恋愛関係だと思われている。だからきっと、あなたはこう思ったことでしょう。すなわち、「彼にとっての『運命の人』は、もしかしたら、自分じゃないのではないか」と。
Jさん:……違う。
筆者:「誰かに溶かされる前に、自分が溶かさないといけない」。そんな恐怖に駆られたあなたは、この心中計画を実行に移した。メリットのないジュース保険にわざわざ加入したのは、自分が彼にとってのジュースであることを世間に追認してもらうため。あなたはIさんを、アイスの性質によってではなく通常の方法で殺害し、その死体を通常の薬品で溶かした。丁寧に排水管を清掃したのは、その証拠を隠滅するため。
Jさん:違う。
筆者:何が違っているのですか。
Jさん:二点、違います。まず一つ目ですが、あの心中計画を立てたのは僕ではなくIでした。そしてもう一つ。彼にとっての運命の人は絶対に僕だし、僕にとっての運命の人も絶対に彼なんです。これだけは絶対に、何があっても譲らない。
筆者:……というと。
Jさん:僕は、最後の最後まであいつの計画に反対していた。自分が彼を手にかけるなんて、怖くてできるはずもなかったから。でもそう言って拒否する僕に彼は言ったんです。僕も同じくらい怖いと。お前がジュースとして僕以外の人を溶かしてしまうことなんて、考えるだけで恐ろしいと。笑いながら。
筆者:…………。
Jさん:あの体質が生まれてから、「運命」という言葉がうんざりするほど流行しました。つまり、アイスとジュースの結びつきは、恋愛関係を超越して生物学的に決定づけられた、神に認められた、運命の関係なのだと。だから、アイスとジュースのカップルこそが本当の恋愛なのだと。部外者たちが楽しそうに言うんです。
筆者:その「運命」論が、自分たちを苦しめたと?
Jさん:そうです。その運命から外れた僕を襲ったのは、恐怖でした。僕は、本心では彼を愛していないのではないか。彼は、本心では僕を愛していないのではないか。そういう疑心暗鬼。そういう疑心暗鬼に陥るたび、僕はそんな情けない自分を嫌悪した。
筆者:あの──。
Jさん:僕はね、自分がつくづく嫌になったんですよ。あの雪の夜、まだ若かった僕と彼が結ばれた夜、ぜんぜん溶けてくれない彼を見て一瞬でも「はやく溶けないかな」って思った自分が。一時間前にあれだけ泣いたはずなのにそう思ってた自分が。こんなこと思ってしまう自分はひょっとして本当に彼のジュースじゃないのかなって思って、それを必死で打ち消し続けた。
筆者:…………。
Jさん:「これ」は一体だれが決めたのでしょうか。彼は僕を愛していたはずなんです。僕に溶かされてくれたことがその証拠です。僕に殺されてくれたことがその証拠です。僕を殺してって言ってくれたことがその証拠です。なのにあなたも、まるで神みたいに、それを否定するのでしょうか? 僕はジュースではないからという理由で?
筆者:いえ、そこまでは──。
Jさん:だからそのとき、思ったんです。この世界が、ジュースとアイスの恋愛関係のためにあるのなら──ジュースとアイス以外の一般人は、僕も含めて、全員いなくなってしまえばいいって。きっとそれが、この世界を創った神の思し召しだから。だから僕は、あんなお涙頂戴の手記を描いてまで、アイスとジュースの大恋愛を世間にアピールした。一般人である僕がジュースとして死ねば、この事件はジュースとアイスの心中事件として記憶される。実際、みんなはそれを望んでいたでしょう?
筆者:──確かに、それを望んだ人は多かったかもしれない。でも他方では、アイスバースにおいて「告白」が「加害」であると知れ渡ったことによる弊害も生まれている。事実、ここ数年の出生率は、明らかに減少しています。あなたが控訴しなかった執行猶予なしの実刑判決は、今後も参照される重要な判例になった。だから、これからその風潮はさらに加速するでしょう。
Jさん:だからさっき言ったでしょう。全員いなくなってしまえばいいって。
筆者:え?
Jさん:「それ」を望んだんですよ。僕も、世界も、そして神も。
あとがき
以上の会話は、ほぼすべてが双方の主観に依存しており、証言としての信憑性はほぼありません。
また、とうに裁判どころか懲役も終わった今、このようなウェブ記事に何かを書いたところで、事件の再捜査と共にあの判決が覆る可能性はほぼないでしょう。
あの日、彼らにいったい何が起こったのだろうかと、今でも考えることはありますが──。
もはや真実を確かめる手段がない以上、どちらにせよ、その判断は保留するしかないのでしょう。
彼らがそれを望んでいるのなら。
追記
周知のとおり、先日、Jさんが自宅にて縊死した状態で発見されたとの報道がありました。現場の状態などから自殺であると断定されているとのことです。
自殺の前日、Jさんは社内健康診断を受けており、健康体であるにもかかわらず著しい低体温症状が確認されていたそうです。

梨
彩雲
鳥角
サイケ蟹光線

JET






