激突したい。何かに。勢いに身をまかせてぶつかり、全身を揺さぶられたい。

 

私は高校生のときにラグビーをしていた。痛いし汚れるしもうやりたくはないが、ボールを持って誰かにぶつかるときの気持ちよさが忘れられない。肺が縮んで空気が押し出され、身体の芯が揺れ、がちんと歯の根が鳴るあの衝撃が。衝撃と痛みが全身を震わせ、苦しさに倒れ込みたい気持ちを抑えながら前に進む。あの感覚はラグビーでしか味わえない。

また、車に轢かれたときのことも思い出す。海外で交通量の多い道路を手を挙げて渡っていたら、止まってもらえず弾き飛ばされた。大きな外傷はなくなんともなかったが、車のあの人間とは比べ物にならない丈夫さに「かなわない」と思い、身の程を知らされた。そのときの衝撃はラグビーのそれを上回り、勝てない相手にひざまずく気持ちよさもあった

 

だから、

やわらかい壁に激突したい!

 

やわらかい壁とは

まず衝撃を受け止めるやわらかい物が必要になってくる。コンクリートの壁にぶつかろうものなら体が砕けてしまう。だからある程度衝撃を吸収してくれる物でなくてはいけない。そして、私がどうやっても壊れない丈夫なもの

体育館にある大きなマットを想像するが、あれは自分が尖って(尖る?)ぶつかったらボロボロになりそうな気がする。

じゃあ人にぶつかる? もう一度ラグビーをやるのか? いや、誰かを気遣いながらぶつかるのはイヤだ。

 

だから実家にあったタイヤを積み上げて壁にする。ライターの神田(こうだ)です。

 

タイヤは壊れない。ここにあるのはもう古くなって捨てるタイヤだから好きに使っていいらしい。ホイールが付いているものはぶつかると痛そうなので除外する。

 

握ったり押し込んだりするといい感じにたわむので、ぶつかった衝撃もある程度は吸収してくれそうな気がする。いわゆるサーキット場のタイヤバリアである。

 

田んぼが空き地になっているので、事務所の裏手までタイヤを持って運ぶ。こういう何にでも使っていい場所が都会にはない。まずはタイヤを積み上げて壁を作っていく。

 

やわらかい壁を作る

タイヤを粛々と運ぶ。こうやってタイヤを運ぶのは部活のトレーニング以来だ(グラウンドをタイヤを押しながら雑巾がけのように往復するやつがあった)。

前日に雨が降ったので、タイヤの中の溝に水が溜まってたぷたぷしている。

 

田んぼにタイヤをどんどん運ぶ。両手に1つずつ抱えて放り投げていく。

何個運ぶかは決めていないが、10個を4列並べるとして、40個程度あれば大丈夫だろう。車だったら10台分だ。

 

2月の日差しは穏やかだった。スポーツをするにはいいかもしれないが、物を運んだり積んだりする作業のときにギラギラした日差しが照りつけているのはよくない。

 

もうどんどん放り投げていく。鈴鹿サーキットのタイヤバリアは全部新品を使うらしいが、私が体当たりするだけなので湿って泥まみれでも構わない。

 

投げると水しぶきが立つ。

 

よし、ある程度集まった。

タイヤが劣化するとゴムが固くなってグリップが悪くなったり乗り心地が悪くなったりするそうだ。そのためタイヤ交換をするが、それを父親から聞いてタイヤを触るとたしかに固い。固いが、激突するには十分な柔らかさと言える。

 

今度はタイヤを壁際に積んでいく。4列だと足りない気がしたので、5列に増やした。

 

持ち運ぶたびにタイヤから水があふれて袖が濡れるが、だんだんと積み上がっていく。自分が体当たりするための石垣を組んでいるような気持ち。壁際は水はけが悪くぬかるんでいる。

 

だいたいこんなもんか。積み上がるとちゃんと迫力がある。

 

高さは44cmくらい。いちおう高さは測ったが、これは何のためだったんだろう。

棒立ちのまま体当たりするわけではなく当たるときには力を込めて重心を下げるので、そこまで高さは必要ないとは思う。

 

だけどせっかくなのでもう少しタイヤを持ってきて積み上げた

田んぼに放り投げたのでタイヤは泥だらけだ。中に水が溜まっているものもある。泥と濡れた草と、タイヤの無機質なゴム臭が混じって乾いた唾液のようなにおいがする。

これでタイヤの壁作りは完了だ

 

積み上げて疲れたので、コーヒーを飲んで休憩する。なんか甘いコーヒーがよかったんだよな。自分を粗末にする前には。

スポーツドリンクだと変な力みが生まれる気がするから。

 

家で寝ていた弟にジュースを買い与え、見守ってもらう。

私はタイヤの壁にぶつかるのを楽しみにしているが、いざ始めると近隣住民にどう思われるか不安で一生懸命ぶつかれない気がしたからだ。田舎は噂がすぐ広まる。

「神田んとこの息子は何をしよるんや」と広まったら父親へも迷惑がかかる。だからポーズとして観測者は必要なのだ。そういう肝の小ささが、私を私たらしめている。

 

やわらかい壁に激突する

準備ができた。私の背丈くらいの高さに積み上がったタイヤ。

ようやくぶつかれる。あの何かにぶつかって脳や骨が揺れる衝撃と、無機物へのかなわなさを実感したい。

 

しかしいざぶつかろうとすると、怖い

アクセルを踏めば車は目の前に何があろうと全速前進だが、私には脳があるのでためらいが生まれる。「服を汚したくない」「指を怪我して仕事ができなくなったら面倒だ」などいろいろ考える。だけど、ここで思い切りぶつかれなかったら今後の人生に遺恨を残すだろう。もっとやっておけばよかった、と。

 

あまり遠くから勢いをつけてもビビってしまうので、近くから勢いよくぶつかる。腰が引けてしまう。だけどやるしかない。

いけるか……。

 

これだ!!!!!! おれが欲しかったものは!!!!!

 

右腕を盾のように前に構え、肩を入れてぶつかる。そうするとまず脳がぐわんぐわん揺れて痺れる。肩と腕の骨がきしみ、上半身がキュッと縮こまる。

そしてタイヤが衝撃を反発し、私の身体を震わせる。そして頭がじんと熱くなって、何かホルモン的なものが脳から染み出しているのを感じる

その痺れ、痛みはラグビーで相手にぶつかったときのことを思い出させてくれて、とても爽快だった。これだった。部屋でパソコンばかりしていても手に入らない高揚は

 

でもかなり、かなり辛い。まだ数回ぶつかっただけなのにもう倒れ込みたいほどしんどい。さっき飲んだコーヒーのカロリーはもう吹き飛んだだろう。

呼吸が荒くなる。肩で息をする。力いっぱいぶつかる。今度は飛び上がってみよう。

 

飛び蹴りだ!!!!!

 

ぎゅむとタイヤがへこむ気持ちよさはありつつ、

 

落下して腰を思い切り地面に打ち付ける。腰骨が震える。やはりタイヤにはかなわない。それも今は気持ちがいい。受け身を取らず、ただ弾かれたい。

相手が人だと、たとえ絶対的な体重差があっても多少は自分の与えた力が相手に吸収される。しかし、タイヤは容赦がない。当たり方によっては指や手首、そして首や脳にもダメージが返ってくる。その汗臭さのない反発に愛着が湧くが、まだ怖い。

 

いつだったか、ライターの友人数名に「やわらかい壁にぶつかったらどうなりたいか」と聞いたことがある。今思うと変な質問だな。

ひとりは「突き抜けたい」と答え、もうひとりは「そのままぴたっとくっつきたい」と話していた。私は「思い切り弾き返されたい」と答え、やわらかい壁を前にしてもそれは変わらなかった。

 

決めた。ドロップキックだ。

ドロップキックは勢いをつけたまま跳躍し、地面と水平に近い角度で相手にキックする。ほぼ水平のドロップキックは自分と相手のことも信頼していて美しいと思う。それはプロレスを見ていてそう感じる。威力の程度はさておき、当たらないとただ自爆するだけなのに。

私が言いたいのはドロップキックは自分をしっかり投げ出さないと繰り出せないということ。我が身かわいさで日和ってしまうと水平にはできないし、ビビっているのは周りが見てもよくわかる。だから恐怖を乗り越えるためにもドロップキックを決めてみたい

 

しかしなかなかうまくいかない。勢いよく飛び上がりはできるが、足を水平になるまで自分を投げ出せない。水平にすると腰や背中から落下し大きなダメージになる。それが怖い。

 

思い切り跳ね返され、地面を転がる。情けない。

 

もう一度試しても足は上がらず、

 

ああ…

 

前のめりに叩きつけられる。同じだ。

まあ確かにタイヤが衝撃を跳ね返すから、水平に飛ぼうがそうじゃなかろうが地面に叩きつけられるのは仕方ないんだけど、やはり水平に飛んでみたい。それが心意気であり、必要なアティチュードだと思う。

気付けのために激突する。

どちらかというと衝撃の手応えに傷つきたい、というか、

自分が予測できない強靭な力に屈服させられたい

ということを何度もぶつかりながら考えていた。

情けないヘソ天のポーズ。ラグビーやアメフトではこの状態で倒されると非常にダサい。人懐っこい犬ならまだしも人間だ。

頭が痛い。ヘッドギアなしでプレーしているラグビー選手はすごいな。

しんどい。頭が熱が出ているかのように熱い。頭の内側が膨らんでいるような気がする。試合は時間になれば終わるが、これは試合ではない。自分でケリを付けないといけない。

きれいに水平なドロップキックをすること。それが自分の恐怖を克服することでありゴールだ。

一連の様子を見ていた弟がタイヤにぶつかり「これ楽しいね」と言っていた。楽しいならいい。

 

やわらかい壁に立ち向かう

ぶつかるのにはとうに慣れたが、自分の身を投げ出せるかはまだわからない。だけど体力も限界なので後悔がないようにしたい。

 

飛び上がる。キックの打点は高くなったが、まだ水平ではない!

 

かなり強く地面に叩きつけられた。一瞬、息が出来なくなる。肺と脇腹が刺すように痛い。

タイヤに溜まった水が飛び散ってズボンの裾を濡らす。今度こそやるしかない。

 

遠くから走って今までで一番勢いをつける。飛び上がって打点を高くする。

 

そして姿勢を低くし、足を踏み込んでねじり、勢いを殺さないようにタイヤめがけてキックする。跳ぶ!

 

いけた!!!!!!

 

足がきちんと水平になっている。飛んだ後の痛みは考えず身を投げ出せた。

できた。きちんと跳べた。これでぶつかる恐怖から解き放たれた。

 

うまく受け身がとれない。腰骨から落ちる。ドサッという重い衝撃。

 

体をねじって勢いを殺そうとするも後頭部を打つ。じーんと鈍い痛みの後、目の奥が重くて暗いような感じがする。

 

だけど非常に気持ちがいい。ちゃんとドロップキックが出来たからだ。乗り越えられた。なんとも満たされたような心地だ。

身震いする衝撃も得られたし、愛想のないタイヤにはかなわないと実感できたし、何よりもっと自分を投げ出すことができた。

 

大の字になって空を見上げる。なんでもない景色だったがそれがすごくきれいだった。

 

電線が交差して二等辺三角形になっていた。きれいだった。

何の含みもないが、私が何度も激突し、身を投げ出して横たわったからこそ見れた景色のように思うのだ。

 

背中がくったり濡れるまで横になって起き上がった。頭がじんじんし、体はまだ熱かった。

 

積み上がったタイヤをバラした。廃タイヤ置き場に元通りに直しておしまいだ。

やわらかい壁、私を受け止めて強く弾き返してくれるやさしい壁。今は脳を体を揺さぶるあの衝撃が懐かしい。

また私が必要としたときにどうか、どうか。