
丸のままのバームクーヘンには夢がある。
しかし、夢には障害がつきものだ。
例えば、テーブルに丸のままのバームクーヘンが置いてあったとする。
あなたはそこで何も言われなくても、率先してナイフを持ってきて、等分に切って、みんなに分け与えることが出来るだろうか?
私には無理だ。
もしそんな勇気ある行動がとれたなら、その人を勇者と呼んで崇めたい。

だから私は勇者を探すことにした。
舞台は総勢60名のライターが集まる合宿。

他の差し入れの隣に、そっと丸のままのバームクーヘンを置いてみた。

ひとまずこの状態で置いておく。
果たして勇敢にバームクーヘンを切り分けてくれる勇者は現れるだろうか。
近くで息をひそめて見守りながらお待ちしてみたい。
17時

外は緑が色濃く、すっかり夏の兆しだ。

合宿はバーベキューから始まるのがお決まりである。

さあ、みんなで乾杯!
17時30分

バームクーヘンを置いてから30分経った。
しかし1ミリも動きが見られなかったので、思いきって包装紙を外してみた。
ちなみに中身は【ねんりん家】の【しっかり芽】というバームクーヘンだ。外はサクサク、中はしっとりふわふわで誰もが魅了されるおいしさである。この事実が明らかになれば、おのずと人々は集まってくるだろう。

一方、外ではどんどんお肉が焼かれ、バーベキューの勢いは止まらない。

たくさん食べ、たくさん飲み、たくさん笑い、


たくさん腕が生えたりなどしていた。
18時00分

バームクーヘン、動きなし。みんな外にいるし、そもそもバームクーヘンの存在に気がついていないのかもしれない。
今度はメモ書きをつけてみた。「みんなでどうぞ!」のひと言で心のブレーキは解除されるはずだ。誰もが自由にこのバームクーヘンを切り分ける権利があるのだと。
18時30分

雨が降ってきた。慌ててバーベキューを引き上げて、みんな家の中へ
19時

室内の人通りが増えたところで一気に畳みかけたい。箱のフタを取って、バームクーヘンを露わにしてみた。

バームクーヘンの魅力いっぱいの年輪が人々を呼び寄せる

しかし、気づかれず

ここでふらっとバームクーヘンに近づく者が現れた。
ところが「デザートはあと3時間後かな~」と言ってすぐに立ち去ってしまった。

続いて興味深そうにバームクーヘンを見つめる者が現れた。
「ねんりん家、へえーおいしそう……」
彼がバームクーヘンを切り分けし勇者かもしれない。私は息をのんで近くで様子をうかがった。

「そうだ、僕の差し入れも食べてくれました? この隣に置いてあるやつ。おいしいんで是非!」と言って、私に小さなお菓子を渡して彼は去っていった。
むしろ貰ってしまうとは。バームクーヘンが悲しそうにこちらを見ている気がした。

その頃、キッチンではカレー作りが進行中

市販のルーを使わない本格カレーはみんなの大好物である。
20時

バームクーヘンの隣に小皿を置いてみた。
切り分けてほしそうな感じがビンビン伝わってくるはずだ。だからそろそろ勇者よ、現れてくれないか。

キッチンでは渾身のカレーが完成。おいしそう!
21時

私は確信していた。辛いカレーを食べ終えて、そろそろ甘いものが欲しくなる頃合いだと。
となると間違いなくバームクーヘンに人だかりが出来るはずなので、包丁を添えた。
そこで名乗り出た勇者がこの剣でバームクーヘンを切り分けてくれることだろう。



勇者は現れなかった。
21時30分

「勇者がバームクーヘンを切り分けに来てくれるはず」というのはおこがましい気がしてきた。
バームクーヘン側からも勇者を探す姿勢を見せるべきではないか。思い切って他の差し入れのお菓子よりも一歩前へ、目立つところに置いてみた。

少しずつ……

一歩ずつ前へ……

さぁ勇者よ、切り分ける時が来たのだ……

だめだった。すごいよ、不自然なほどに切られたがってるバームクーヘンがこんなにも近くにあるというのに全然気づいてもらえないよ。

未だかつてこんな悲壮感のあるバームクーヘンを見たことがあるだろうか。私はない。
あと、この人だかりは何なの!?

人だかりの中心を見たら、たかやさんがいた。「オレ、どうしたらいいんすか……っ」と掠れ声で打ちひしがれていた。
事情は分からないが、どう見てもこの人が主人公だと分かった。
それと同時に「この主人公にバームクーヘンを切ってもらいたい」という思いが胸の内から湧き出てきた。
私はたかやさんをバームクーヘンの前に案内し、包丁を渡した。

「なんですか!? これで死ねっていうんですか!?」
この主人公、全く趣旨を汲み取ってくれなくてびっくりした。

「あ、みんなの分を切ればいいのか!」
ついに、バームクーヘンを切り分ける時が来たのだ。

「ここにいる人数に合わせて11等分にしてほしい」と言ったら、すごい苦しそうだった。

出来た……! 5時間を経てようやくバームクーヘンが切り分けられた。

祝福するように人々が集まり、バームクーヘンに手を伸ばした。
そうだ、私はこの光景をずっと見たかったんだ。

小さなバームクーヘンの欠片は、心に沁みるおいしさだった。じっくりと味わってから、私は大切なことを悟った。
バームクーヘンを切ってくれる勇者を待つのではない。
切ってほしいとお願いする勇気こそが重要なのだ。そしたら切ってもらえるのだから。

最後に現れた勇者が、私に本当の勇気を教えてくれた。
ありがとう、ありがとう。

かとみ


たかや

めいと
雨穴
オモコロ編集部






