なにげなく立ち寄った雑貨屋に、浣腸が売っていた。

 

かなり年季が入っている。レトログッズの一種なのだろう。
500円とそれなりに手頃な価格。好奇心から買ってみた。

 

蓋を開けると、ほのかに甘くほこりっぽいにおい。
この箱の中だけ、昭和が生き残ってる感じがする。

中身を取り出してみよう。

 

丁寧な説明書とピンク色の浣腸器が入っていた。

とても「浣腸」然としたフォルム。今も昔もこの形は変わらないのか。
容器はザラっとしていて、ちょっと硬い。指で押すと「ボコッ」とへこむ。
たとえるなら、ピンポン玉をやわらかくしたような感じだ。

中には1/3ほど液体が入っている。仕組みは現代の浣腸とほとんど同じだが、
ひとつ気になることがある。

 

穴がないのだ。

これでは薬が出てこない。肛門にピンクの棒を刺すという単に無為な行為で終わってしまう。
どういうことだ。説明書を読んでみよう。

 

『クミアイ輕便浣腸』

ーーー毎日排便のある人体は、小川のごとく清浄でありますが、便秘症の腸内はちょうど古池のように不浄(キタナク)で臭く、ガスが発生してをります。 

便秘の説明が辛辣すぎる。

 

 

『使用方法』

竹針で容器先端の凹部(ヘコミ)に両側より別々に穴を少し大きめにあけて下さい

竹針で穴をあける……?

 

箱の底を見ると、たしかに入っていた。竹針。
竹串の先端のようなものだが、尖っている部分が微妙に粗く、おそらく手作業で削ったものだろう

 

浣腸の先端には、よくみると凹みがある。
ここに竹針をさして穴をあけるということか。

(もったいないのであけないけど)

 

穴をあけてから肛門内に嘴部(エノ矢印マデ)を挿入してから容器を徐々におしつぶし クスリの全部を注入して下さい

とても親切な説明が続く。

だた、「(エノ矢印マデ)」という言葉の意味がわからず、理解するまで数分考えこんでしまった。

 

絵(エ)に描かれている矢印の部分まで肛門に刺す」という意味が分かったときは、
「なるほど!」と思うと反面、「そんなに奥までぶっさすのか」と驚いてしまった。

ぶっさしてるのにこの笑顔
ぶっさされてるのにこの笑顔

 

この浣腸、いつのものなのか?

「クミアイ輕便浣腸」と検索したが、何も出てこなかった。この浣腸、謎に包まれている。
そうとう昔のものだということは分かるが、具体的にいつごろ作られたのだろうか。

 

説明書のはしに「02.5.3」という数字が書かれている。
これを年月日と考えるなら、おそらく「昭和2年5月3日」ということになるだろう。(大正2年だと少し古すぎる気がする)

ただ、これが本当に年月日をあらわしているのか、確証がもてない。そこで、パッケージに書かれている情報から、年代を推測してみることにした。

 

まず注目したのが、箱の側面。

 

「能 効」と書かれている。
これはたぶん「効能」のことだろう。昔は日本語を横書きするとき、右から左に書いていた、ということはなんとなく知っている。しかしこの書き方、いつ頃まで使われていたのだろうか。 

調べてみると、だいたい1940~1950年代に書き方が変わったらしい。特に戦後、GHQの方針により、日本がアメリカ文化を取り入れるようになると、「右から左に文章を書くのは保守的で古臭い」という価値観が広まっていったという。つまり、この浣腸はそれ以前に作られた可能性が高い。

さて、実はこの画像。もう一つヒントが隠されている。

 

印刷された文字とは別に、三つの文字が確認できる。おそらく後からハンコのようなもので押されたのだろう。
一番下の文字は「錢(銭の旧字体)」と読める。つまり、値段だ。

ちなみに「銭」「円」の1/100の単位。かつては日常的に「このおにぎりいくら?」「3銭だよ」みたいな感じで使われていたらしい。

調べてみると、一般的な商品の売買で「銭」単位が使われていたのは、1953年までだという。
この浣腸が売られたのは1953年より前、ということが確定した。

ただ、これだけではあまりにざっくりしすぎている。

 

反対の側面を見てみよう。

 

「日本アイデアル浣腸製削所」

社名が書かれている。しかし、検索しても何も見つからない。
途中で社名が変わったのかとも思ったが、現在浣腸を作っている会社の企業沿革を見ても「日本アイデアル浣腸製削所」という言葉はなかった。

 

所在地は「大阪市天王寺区上本町八丁目」とある。
現在、天王寺区本町八丁目に医薬品メーカーは存在しない。

「日本アイデアル浣腸製削所」……歴史の中に埋もれてしまったらしい。

 

では、「全国購買販売組合総合会」はどうだろうか。

これに関しては、ネット上に情報があった。

「全国購買販売組合総合会」

1940年に三つの組織が合体して生まれた産業組合のこと。
日用品・生活必需品を一括購入し、それを組合員に安く売っていたという。組合員の多くは、貧しい農民だった。

今でいう、農協のような組織らしい。この組織が「日本アイデアル浣腸製削所」から大量に浣腸を買い付け、組合員に向けて販売していた、ということだ。商品名が「クミアイ浣腸」なので、もしかしたら、そもそも組合からの指示で作られたものなのかもしれない。

つまり、この浣腸が作られたのは1940年~1953年の間、ということになる。

 

しかし、そうなると気になるのは……

この数字だ。

昭和2年は1927年。合わない。

これは年月日ではないのか。しかし、このように考えることもできる。

「昭和2年5月3日は、この説明書の文章が書かれた日。当時「日本アイデアル浣腸製削所」が販売していた別の商品に封入されていた。のちに会社は新商品「クミアイ浣腸」を発売することになる。その際、新しく説明書を作ったが、文章は既存のものを使いまわしたため、02.5.3という数字が生きた」

こんな感じだろうか。

 

その後

浣腸についてあれこれ考えた次の日、私はふたたび雑貨屋へ行った。
実はその店、浣腸の他にも古い医薬品がたくさん売っていたのだ。

私は買った。

 

仁丹を

 

オブラートを

 

下剤を

 

軟膏を

 

浣腸をきっかけに、私は古い医薬品マニアになってしまった。
どれもおそらく、使用期限はとっくに切れている。しかし、なんでこんなに心惹かれるのだろう。その理由を考えてみた。

 

箱の中

私が買った医薬品は、すべて未使用のものだった。以前はどこかの家庭に常備薬として置かれていたのだろう。「いつか使うかもしれないから念のために」と買われ、結局使われなかった薬たち。

暗い薬箱の外からかすかに聞こえてくるものを想像する。
子供たちのはしゃぐ声、ラジオから流れる歌、食事を作る音、夫婦のささいな喧嘩。
祝いの日のにぎやかさ、別れの日の涙、家族がみんな家を空けた日のシン……とした静けさ、この薬たちはすべて聞いていたのだ。

薬に染み込んだ時代のにおい、そしてそこからイメージされる当時の生々しい生活、それに思いを馳せるのが、このコレクションの一番の醍醐味だ。

 

ちなみに……

 

この軟膏。おそるおそる塗ってみたところ、皮膚がすごく臭くなった。

しかし翌日、塗った部分を触ってみると、こころなしかスベスベしているように感じた。
まだ使用期限は切れてないのかもしれない。

 

(とはいえ塗らない方がいいと思うので、古い軟膏を見つけても真似しないでください)

 

おまけ

 

『浣腸の原材料』

パッケージに「リスリン」と書かれている。

「リスリン」とは「グリセリン」がなまったものらしい。
グリセリンは、アルコールの一種で、食品や医療品に幅広く使われている。

現在、市販されている浣腸も、グリセリンを薄めたものを使用している。

 

『容器は何でできてるの?』

説明書の中に「セルロイド容器」という言葉が出てくる。
この浣腸器はセルロイドを原料にしているらしい。

セルロイドは世界初のプラスチック素材として、以前は日用品に多く使われていたが、
燃えやすい性質があるため、セルロイド製品がきっかけとなる火災が続発。

それが問題視され、1950年代以降、急速に廃れていったという。

この浣腸、持ってて大丈夫か?

 

『このマークは何?』

蓋に描かれている、このマークはなんだろう。

 

よく見ると「共存同栄」という文字が読める。
「共存同栄」とは「助け合って、ともに繁栄していこう」という意味。

相互扶助を目的とする、産業組合全体のスローガンとして使われていたらしい。全国購買販売組合総合会のシンボルマークだったのだろう。

 

『もっとくわしい年代を知りたい』

1940年~1953年ということは確定したが、もう少し絞れないだろうか。

ふたたび、値段に注目する。
だいぶ剥げているが、「拾」「参」「銭」と読むことができる。
「拾=十」「参=三」
つまりこの浣腸、13銭で売られていたということだ。

では、13銭は現在の価値に直すといくらくらいなのか。
仮に1940年だとすると、13銭は現在の53円に相当する。

今、薬局で売られているイチジク浣腸の値段は、40g×2本で284(税抜)。
「クミアイ浣腸」は20g×1なので、単純に計算すると、
現在の浣腸の価値は、20gあたり71円

53円とそこまで変わらない。

ところが、戦後、国内で急激なインフレが起こる。
1947年の物価をもとに計算すると、13銭は現在の1.8円になる。
いくらなんでも、浣腸一個1.8円は安すぎる。

そう考えると、この浣腸が作られたのは、インフレが起こる前(1945年以前)といえるかもしれない。

しかし、物価は何を基準にするかによって大きく変わるため、この説が正しいかどうかはわからない。

 

 

 

 

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