世界的に有名な哲学者の共通点とは、いったいなんでしょう。
少なくとも文章のうまさ、何十年間も考え続ける忍耐力ではありません。フッサールは悪文で有名ですし、ショーペンハウアーは若くして主著「意志と表象としての世界」を完成させています。むしろ、この答えの方が真理に近いかもしれません。
世界的に有名な哲学者とは、とんでもねえがっかりエピソードを未来永劫保存されることが決まっている人なのです。
なぜなら、哲学の世界では哲学書だけでなく、手紙や日記も研究材料になるためです。こっそり書いていた超プライベートな資料でさえ「学術研究」という大義のもと、半永久的に保存されます。そこに、どんな黒歴史が書かれていたとしても……。
今回は、このことを確かめるべく、今回は大学で哲学を学んでいたIT企業社員(23歳)に話を伺いました。
詳しい哲学者はいますか?
―――仕事を始めてから哲学書を読む時間が減ってしまいましたが、学生時代に取り組んだのはウィトゲンシュタインです。
オーストリア出身の哲学者。「20世紀最大の哲学者」とされ、分析哲学、言語哲学の分野、論理実証主義や日常言語学派などに深い影響を与えた。20世紀の人文科学で起こった言語論的転回(人間の意識ではなく、言語が現実を形成するという思想の隆盛を指す)の立役者のひとりで、社会学や心理学でも知られている。
著作は生前に書いた「論理哲学論考」、死後発表された「哲学探究」。講義ノートも「青色本」「茶色本」「黄色本」も刊行されている。ひとつのフィールドにとどまらず、言語や論理学、基礎数学、自己のありかた、倫理など幅広く言及した。
「語りえないことについて沈黙せねばならない」ってフレーズで有名な方ですよね。師匠のラッセルでさえ、その天才ぶりを認めていたとか。
―――ええ、講義にはコンピュータの誕生に大きな役割を果たした天才・チューリングも参加していたと言われています。
スゴいですねえ……と、褒めるのはここまでにして。今回は、がっかりエピソードを聞きにきたんですよ。
―――ウィトゲンシュタインは、なかなかのモンですよ。暗号で書いていた日記が、解読済みの状態で出版されてますから。
わざわざ他人に分からないように書かれていたものが、表に出されちゃったワケですね。どんなことが書いてあるんですか?
―――たとえば、好きな女の子が他の男に手編みのセーターをプレゼントしてるのを見て、嫉妬を日記に書きまくったというエピソードがあります。とても落ち込んで泣いてしまったものの、後日その女の子が心配してくれて元気が出たとか。
青春してますねえ。中学生のときの話ですか?
―――30歳くらいです。
精神年齢、若っ!
―――暴力的なほどにピュアというか、付き合える人間が少ないタイプの人なんですよ。田舎の小学校の教員をしていた時期があるんですが、生徒に暴力を振ってクビになってますし。本人も変わった性格であることは自覚してたらしく「愛されたいのに、他人を愛する力がない。性格的に結婚できない」みたいなことを書いてます。結局、生涯未婚でした。
けっこう赤裸々なこと書いてるんですね。他にはどんなこと書いてあります?
―――ウィトゲンシュタインのプライベートを知るのは学術研究の一環なんですが、どうしても記憶に残ってしまうのは、「昨日も今日もオナニーした」「3週間ぶりにオナニーした」みたいな箇所です。ちょっとしたオナ日記ですね。性欲を感じることに罪悪感があったらしく、オナニーを「神」「精神」などのテーマと絡めて考察していました。「オナニーは悪いことなのだろうか。悪いことだとは思うが、理由は分からない」みたいなことも書いてます。
オナニーを通じて、己の魂と対話をしてたんですね。
―――あと、知り合いの話をしたあとに、「セックスしたくてたまらん」みたいな記述も残しています。日記書いてる途中で、ムラッと来ちゃったんでしょう。
も~、エッチなんだから! ちなみにどういう女性が好きだったか分かります?
―――巨乳好きだと伺っております。
エッチ!
―――ちなみにアメリカ映画のファンで、好きな女優はベティ・ハットン、カルメン・ミランダだそうですよ。私は見たことないんですが、愛称はそれぞれ「ブロンドの爆弾娘」「ブラジルの爆弾娘」です。
なぜダブル爆弾娘……。
―――ベティ・ハットンについては、弟子に「会わせてくれ」ってお願いしたこともあります。
大好きじゃねえか!
いろいろと教えていただき、ありがとうございました。
―――いえいえ。
最後に一つだけ聞きたいことがあります。世界的に有名な哲学者になると、こんな風に恥ずかしいエピソードが残っちゃうじゃないですか。
―――手紙、日記が読まれますからね。現代的に言うと、鍵アカのツイートを読まれてるようなもんだと思います。
もし、ここに「世界的に有名な哲学者になれるボタン」があるとするじゃないですか。ポチッて押すだけで天才哲学者になってサラリーマンがやめられます。そしたら、たっぷり哲学書が読める。
―――それ最高ですね。哲学者になることは、今でも夢です。
その代わり、あなたの黒歴史が半永久的に保存されます。卒業文集もツイートもLINEのメッセージもFacebookも全部読まれます。日本語が苦手な海外の学生は、辞書を引いてまであなたの恥ずかしいエピソードを知ろうとします。
―――……。
それでも押しますか?
―――押しますね。思想とプライペートのカッコ悪さは別ですから。むしろ、ウィトゲンシュタインみたいにオナニーしてるくらいのほうが親近感が湧くってもんですよ。「天才とはいえ、ひとりの人間なんだな」って。
―――それに……。
それに?
―――フランスの哲学者のほうが、ヤバいエピソードを持ってますから。ハードSMマニアとか、他の学者と穴兄弟とか。
マジかよ。