ある種の追い詰められた人間は、しばしば不合理な行動をとる。

私はその「ある種」なので、実例を話したい。

 

 

明日には提出しなければならない原稿があって、現時点でぜんぜんできていなかった。進捗は無。
 
かれこれ6時間は机に向かっているのに、絞りカスみたいなアイデアしか出てこない。このアイデアはなんだ。

 

「足湯の残り湯」と「風呂の残り湯」で汚さを比べると、風呂は足以外も浸かってるから足湯のほうが汚くないはずなんだけど、「足湯の残り湯」のほうが汚く感じませんか?

これがメンタリズムです。

 

6時間考えてこれか。情けなくなってくる。

 

どん詰まりに追い込まれたとき、私は自己啓発書を読む。なるべく自分に甘いことが書いてある本を読んで精神をマシにする。

 

手にとった本にこんなことが書いてあった。

 

「机は2つ用意してL字にすべき」

 

理由は忘れた。スペースが広くなって効率がよくなるとかだった気がする。

 

とにかくそれを読んで、私はハッとしたのだ。そうだったのか。いまの私がうまくいかないのは、机がひとつしかないからだったのだ!

 

気づいたら私は家を飛び出していた。もちろん向かうのは家具店である。今の私にはもう一つの机が必要なのだ。それがないことには何も始まらない。
ニトリに行ってみて、なかなかよさそうな机を見つけた。

 

「これ、当日持ち帰りできますか?」
「ここには在庫がないんですよ。後日発送です」

 

何を悠長なことを言ってるんだ。私にはいま机が必要なんだ! ニトリを飛び出して別の店へ行く。
質感もよく値段も手頃な机を発見した。

 

「これ、持ち帰りでお願いします」
「結構重いですよ。送料無料ですが……」
「持ち帰りで」

 

やった! 机をGETしたぞ!

 

 

 

重い。
死ぬほど重い。

 

雑踏の中で巨大なダンボールを抱えて歩きながら、強烈な後悔が一気に押し寄せる。

 

 

机、いらん。

どう考えてもいらん。

意味ない。

佐野、厄除け大師。

馬鹿か?

己は馬鹿か?

やめちまえ。

無意味。

大晦日だよドラえもんスペシャル。

机いらん。

 

頭の中で自分への罵詈雑言や年の瀬っぽい言葉が飛び交った。

 

耐えきれなくなってタクシーで帰った。運転手に「海まで」って言いたかったけど我慢した。机抱えて海に行っても意味がないから。

 

窓の外は夕暮れになり、私の机はL字になった。その日の夜、単純にがんばってなんとか仕事を終えることができた。新しい机は使わなかった。

 

 

このように、ある種の追い詰められた人間は自己啓発書ですらマイナスの方向に役立ててしまうのだ。参考にしてほしい。

 

ところで、そろそろ別の仕事の納期が近い。

 

誰か「机はコの字に並べろ」みたいな自己啓発書を知りませんか。

 

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