『ベルセルク』という漫画がある。中世風ファンタジー世界を舞台にした血みどろの冒険活劇だ。この漫画は、悪役のキャラが濃いのが素晴らしい。一度見たら忘れられない下衆野郎が次から次に出てくるので、逆に忘れてしまうほどだ。
たとえば、印象的な悪役のひとりにワイアルドというやつがいる。罪人の寄せ集め兵団・黒犬騎士団のリーダーであり、犯すわ殺すわやりたい放題な外道だ。めちゃくちゃ強い。兵団の心得は「エンジョイ&エキサイティング」。ITベンチャーっぽい。
そんなワイアルドの影に隠れているが、個人的に大好きな悪役がいる。
名を「甲冑千切(ちぎ)りのバーボ」という。
バーボは、噛ませキャラである。初登場のワイアルドに瞬殺されたので5ページくらいしか出てない。しかし読者に強烈なインパクトを残した。
だって、ねえ、まず名前がすごいじゃないですか。バーボですよ。バーボ。ベルセルク読んだことない人、こいつどんなやつだと思いますか。答えはハゲのデカい囚人です。予想通りでしょう。
バーボという名前、絶対に「優しい人になってほしい」とか「花を慈しむ人になってほしい」みたいな親の願いは込められていない。ひたすら野蛮で荒々しい。もし羽生結弦の名がバーボだったらどうだろう。足の入るスケート靴がなさそうだし、氷を叩き割りそうだ。プーさんのぬいぐるみより馬の首とかを欲しがるはずだ。
バーボは、名前と造形が見事に調和している。もちろん性格もだ。数少ないセリフは
「王ざまよゥ!! こいづと勝負させでぐでェ!!」
である。一人称は「オレざま」。完璧だ。くり上がりのある足し算なんか絶対できない。
そこにさらなる花を添えるのが「甲冑千切り」なる異名である。甲冑をちぎる。なんて粗野で凶暴なんだ。力任せ感が前面に出ている。だからこそ、それを瞬殺したワイアルドはどんだけ強いんだ、と盛り上がれるのだ。
ところで、「異名」ってなんなのだろう。甲冑千切りなどという前置きがなぜ必要なんだ。別に「バーボ」だけでいいのでは?
もしかすると、バーボという囚人はふたりいたのかもしれない。そう、異名は同名人物を区別するためにあったのだ。
おそらく、もう一人のバーボはパワー型ではないのだ。両方似たタイプなら、腕力をアピールする異名で区別する意義が薄くなる。逆に繊細なやつである公算が高い。髪型が七三だったり、花言葉に詳しかったりする。油ものは胃にくるので苦手。地震に真っ先に気づく。趣味は羊毛フェルト。そんなバーボ。
彼の心の中はいかばかりだろうか。
「もしもし、バーボさんお願いできますか」
「バーボでしたらふたりおりますが、どちらのバーボでしょうか」
「バーボっぽい方のバーボです」
「”甲冑千切りのバーボ”ですね。少々お待ちください…」
そんなやりとりを、バーボっぽくない方のバーボ……「羊毛フェルトのバーボ」は、少し悲しそうに見ているのだ。