両親がよく連れて行ってくれていた影響もあって、平均よりは多く美術館や博物館に足を運んでいる。
だが、美術館で絵を眺め「ほー」と言ってみるものの、イマイチ「刺さっていない」自分をずっと感じていた。
どうしてもウオオ! という興奮までは得られない。筆致とか絵の具の厚みとか正直どうでもいいとすら思っている。ルーベンスの絵の前で胸をいっぱいにして死んだネロの感受性が羨ましい。
そんな私でも一年に何度か思い出すアート作品がある。あれだけはいまでも私の心に突き刺さっている。
D.K.F.M…
出会った場所は美術館ではなく、武蔵野美術大学。学生が作品を一斉展示する「芸術祭」を、なんとなく覗きに行った日だ。もう7年くらい前だろうか。
一般的な大学の学園祭と違い、美大の芸術祭は全てアートである。校舎のいたるところに作品が展示してあり賑わしい。美術館の静謐な空間とは対極的だ。
全学生が関わっているから、展示作品数はとにかく膨大である。とても見切れないので、パンフレットを眺めて気になった展示を見にいくことにした。そこで、ある文字列が目に留まった。
○号棟 ○階
ドンキーコングファンミーティング
ドンキーコングファンミーティング。
ドンキーコングファンミーティングとはなんだ。
ドンキーコングとは、あのドンキーコングだろうか?
およそアート作品に似つかわしくない名前に一瞬で心奪われてしまった私は、すぐさま展示場へと足を運んだ。
「第一回 ドンキーコングファンミーティング」
巨大な筆文字で、看板にそう書かれていた。
ドンキーコングファンミーティングは、完全な無人の、サイン会場のような場所だった。周囲は騒がしいのに、なぜかここだけ妙に閑散としている。
何が起こってもおかしくない異界に足を踏み入れたようだ。息を呑み、辺りを見回す。
まず、「祝 ドンキーコングファンミーティング様」と大書された花輪が目に入った。
そしてその横に、ドンキーコングのイラスト顔はめパネルが立っていた。やっぱりあのドンキーコングだった。記念写真を撮れということだろう。穴はドンキーの肩のあたりに開いている。
横にある長テーブルの上には黒マジックと「D K」と書かれたサイン色紙が何枚か並んでいる。
後ろの壁にジャングルの写真が貼ってある。天井から糸が垂れ下がっていて「K」「O」「N」「G」の文字がぷらぷら揺れていた。
何かが始まるのかと思い、しばらくそこに立っていた。
何も起きなかった。
それだけだった。
私は確信した。
これはドンキーコングファンミーティングだ。
何年経っても忘れられない。不思議な魔法にかかったままのように、あの光景が脳裏に浮かぶ。
ドンキーコングファンミーティング……。
そっとひとり囁いてみる。妖しくて甘美な響き。
ドンキー・コング・ファン・ミーティング。
短いが夢のような時間だった。
いつか死ぬ日が来たら、私はドンキーコングファンミーティングの前で死にたい。
それともあれは、本当は夢だったのだろうか?
夢じゃない。