近所に小さな児童公園があり、そこの隅に人語を解するキリンがいる。
僕はよく公園のベンチに腰をおろし、キリンと他愛もない世間話をする。彼は寝そべって首をとぐろ状に巻き、目を伏せている。
キリンは厭世的というか、どうにも皮肉っぽいやつで、僕が何を話しても面白くなさそうに耳をぴこぴこと動かす。そして「ろくでもない世界だ」と吐き捨てる。しかし僕にはその態度が落ち着くのだ。
休日の午後のことだ。
「神の存在を信じるか?」
僕がファミマで買ったデニッシュを食べていると、珍しくキリンが話しかけてきた。最初から僕の返答なんてどうでもいいみたいにキリンは話を続ける。
「俺は神を信じない。いたとしてもキリンには関係がないと思ってた。ただ、最近考えが変わってきたんだ。道路沿いに”J”という創作居酒屋が出来たのを知ってるよな」
「ああ……うん」
たしか串カツなんかを出す店だったか。30代前半くらいの男店主が仕込みをしているところを見かけた。
「こう見えて、俺は世界の平和を願っているキリンだ。毎日を微笑んで暮らせたらそれにこしたことはないと思っている。だが、アレだけはダメなんだよ。創作居酒屋の店主特有のセンスだけは。見たかよ。Jの店先の掲示板にチョークで描いてある絵を」
「いや」
「コナンくんが『ペロ…これは秘伝のソース!』と言ってる絵だ」
「……」
「分かってるさ、何も悪いことじゃない。居酒屋は飲み食いして楽しけりゃいいんだし、オリジナリティやプライドなんて不純物だ。だが、Jの前を通りがかるたび、自分の中で黒い液体がたぎる。
ビラに『駅より徒歩5分、ムーンウォークなら7分』と書いてあったり、ビンゴイベントの景品がTENGAだったりするのを知ると、一瞬、理不尽な怒りが全身を熱くする」
「まあ、わからなくはないよ」
「先月、掲示板が描き換わってた。『田中じゃない方の串カツです』と書かれていた」
キリンは伏せていた瞳を僕に向けた。
「そのとき俺は初めて、神に祈った。『Jに報いあれ、Jに災いあれ』と祈ってしまった。
そして3日前のことだ。Jの三軒隣の空きテナントで『串カツ田中』の開店工事が始まった……これを報いだと思うかい?」
丸めていた首を伸ばし、僕に顔を近づける。間近で見るキリンの目は漆黒だった。
「やっぱり神はいるんだとそのとき初めて思ったよ。なあ、どう思う。誰かを呪うことでしか神を信じられない哀れなキリンを」
「葉っぱ、いる?」
僕が葉の付いたアカシアの枝をキリンの顔前に差し出すと、長い舌が器用にそれを巻き取って食べた。キリンはそれきり口を開かなかった。
僕は思った。
人間と違ってキリンはめちゃくちゃ理不尽な理由で悪口を言うから最悪だな、と。