トミー・ヒルフィガーという服屋がある。
トミー・ヒルフィガーとは、この服屋で売ってる服をデザインした人の名前だ。
トミー・ヒルフィガーの服を買って着ると、僕は自分の名前の他に、トミー・ヒルフィガーという名前を身にまとうことになる。
でも僕はトミー・ヒルフィガーに会ったこともない。その声を聞いたこともない、彼の通り過ぎた後のシャンプーの香りを嗅いだこともない。
トミー・ヒルフィガーとは、本当に実在する人間なのだろうか?
トミー・ヒルフィガーも今、僕と同じ時間を生きていて、「晩メシ何にしよう」とか考えていたりするのだろうか?
「昼はパスタ食ったから、夜は肉いっときたいね」とか思ってたりするのだろうか?
「そろそろサランラップ切れそうだから買っとこ」って地元のスーパーに寄って帰ったりするのだろうか?
トミー・ヒルフィガーは……
「ヘイ・ユー」
あなたは……
まさか…………
トミー……ヒルフィガー……?
「イエス」
(すげえ…! 本物だ…! 来日してたんだ…!)
「トライ・ディス」
このサングラスは一体……?
「ユー・ファインド・ザ・トゥルース」
トミー・ヒルフィガーに言われるまま、僕はサングラスをかけてみた。
「どぅわわわわ~~~!!!」
「こ、これは一体……?」
「これが世界の真実の姿なのか……?」
「今まで僕が見ていた世界はニセモノだったんだ……」
「ありがとう、トミー。僕に本当の世界を教えてくれて……」
サングラスを外して振り返ると、すでにトミーの姿はそこにはなかった。
一体あれは何だったんだ? 彼は本当にトミー・ヒルフィガーだったのか?
その真偽は誰にもわからない。しかし、彼が残してくれた“真実を見る力”はここにある。
だから決めたんだ。今日からは僕が、“トミー・ヒルフィガー”になってやろうって。
ガイイィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン
世界の真実を知ったあの日以来、僕はすべての消費活動と縁を切り、必要なものは自分で作る生活を続けている。
「必要なものがなければ作ればいい」
それが僕があの日、トミー・ヒルフィガーから教わった大切なことだ。
ジャッジャッジャッジャッジャッジャッ!!
ジャッジャッジャッジャッジャッジャッ!!
ソッ…
「熱っ」
(おわり)