小学校からの帰り道、私は息をはずませて走っていた。

なぜなら、今日こそ“あれ”が手に入るかもしれない。
そう思うだけで、胸の奥が弾んで、足が勝手に速くなった。

SNSでもずっと流れてくる、今いちばん人気の”あれ”。
どこへ行っても売り切れで入手困難。

そんな“あれ”を
私は母にお願いした。

「なんとかしてあげる!」

母がそう言った声が、いまも耳に残っている。

だから走る。
期待がこぼれそうで、止まれなかった。

息を切らしながら玄関を開けると、

「おかえり。早かったね」

台所から母が顔を出し、にっこり笑う。
その笑顔が、いつもより誇らしげに見えた。

「ただいま!ママあの……」

言いかけたところで、母がふっと笑って近づいてきた。
その両腕は、背中の後ろにまわされている。

「ねぇママ、それ……!」

母は背中に隠していた腕を少しだけ前に動かした。
ふわふわの毛が、ちらり。
淡いピンク色。

 

「!!!!え!?え!」

期待が喉の奥までこみ上げ、呼吸が止まる。

母はわざとためるみたいに、ゆっくりと言った。

「じゃあ……見せちゃおうかなぁ〜?」

(来る……! 来る!!)

そして両手を勢いよく前に出した。

 

「じゃーーーーーーん!!!」




……え、え?

 

 

なにこれ

 

「ママ頑張ったんだよ~運よく見つけたんだから」

母は、うれしそうに言った。

「もうどこにもないじゃない? そしたらね、駅前でたまたま叩き売りしてて…」

「いや違うじゃん!全然違うじゃん!!全然偽物じゃん!!!」

「え?違うの?ママ、チェブ●ーシカとモン●ッチの見わけもつかないからなぁ」

「なんでいつもそうなの!!!!
今度中学にあがるからって買ってきたスマホもアイフォンの偽物だし!」

「Google PixelはiPhoneの偽物じゃないよ?」

「中古でもいいから!!!!!メルカリで買いなおしてよ!!!!」

「あのね?メルカリの転売価格で買うのは、企業と消費者から掠め取る資本経済のコソ泥に加担するモラルなき犯罪行為っていつもいってるでしょ?」

「なら今すぐ道行く人のかばんからむしりとってでも”本物”を持ってきて!!!!!!!」

 

「こら!あんまりわがまま言うとママ怒るよ!」

 

イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィ!!!!

「困ったらメンフクロウの鳴き声で叫ぶのやめなさい!」

 

「ママなんて大嫌い!」

 

そう吐き捨てると、私は自分の部屋に駆け込んだ。

ドアを閉めた瞬間、胸が熱くなって、涙がぽたぽた床に落ちる。

「なんで……なんで……!!」

手につかんだ“それ”をにらみつける。

ネットでは本物が当たり前みたいな顔して並んでる。

みんな簡単に追いついて、簡単に持ってて、

なのに私は、中古すら手に入らない。

「……なんで……私だけ……」

偽物のそれが、

なぜか自分と重なった。

涙と怒りがごちゃ混ぜになって、

気づけば手が勝手に動いていた。

 

「こんな”偽物”……いらない!!」

ベランダの窓を勢いよく開け、
外へ放り投げた。

淡いピンクが、夕方の光の中でくるくると回り、庭先の草むらに沈む。

窓も閉めず、私はベッドに倒れ込んだ。

涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、
そのまま意識が落ちていった。

 


 

外の風が、開けっぱなしの窓から肌を撫でた。

その冷たさで、ふっと目が覚める。

ぼんやりとした頭のまま、

ゆっくりと窓の外へ視線を向けた。

庭の先、

さっき“それ”を投げ捨てたあたりに、

 

なにかが、
立っていた。

 

ピンク色の、細長い影がじっとこちらを向いている。

目が——合った。

 

突然、そいつは、歩き出した。
ゆっくりと、ただ一直線に、私のほうへ。

私はベッドの上で固まった。

喉が動かない。

声も出ない。

風が止む。

次の瞬間、

そいつは、窓枠に手をかけた——。

私は限界まで縮こまっていた体をはじくように動かした。

ドンッと音を立てて部屋のドアを開け、廊下へ飛び出す。

「ママっ!! ママぁ!!!」

喉が痛いほど叫びながら探し回る。

だがどこにもいない。

家の中が、まるで空き家みたいに静まり返っている。

喉がひゅうひゅう鳴る。胸がつぶれそうだ。

足が震えて立っていられなくなる。

床に手をついたそのとき——

 

後ろから、きい……と床板がきしむ音がした。

ゆっくりと、ゆっくりと、
廊下を歩いてくる気配。

私は息を飲んだ。

涙でにじむ視界の向こうで、廊下の影が揺れる。

 

明かりに照らされ、影の輪郭がはっきりしていく。

異様に吊り上がった口角。

そこから覗く、不揃いな歯。

視線の定まらないプラスチックの瞳。

まちがいなく、あれだった。

私が、さっき窓から放り投げたはずの。

“偽物”の顔が、私に向かって、

笑っていた。

 

いやあああああああぁぁぁぁぁぁぁ!


 

 

 

 

はぁ…

はぁ…

ギィッ…ギィッ…


はぁっ……

はぁ…っ

…!

…っ!

 

 

………………

……はぁ…はぁ…

 

 

イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィィ!!!!!!!!!!!

 

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