数年前、実家の飼い犬が亡くなった。
彼が家に来たのは僕が小学生の頃。
名前にこだわりたくて、英和辞典を引っ張り出し1ページ目から細かく吟味して、当時の僕なりに素敵な名前をつけようとした。
結局「B」の欄で力尽き、半ば妥協するようにBress(ブレス)と名付けたけれど、それも定着せず彼はブーちゃんと呼ばれていた。
たしか16年くらい家にいたと思う。犬にしては大往生だろう。
最期にブーちゃんを見たのは亡くなる数ヶ月前だっただろうか。
わんぱくなパワーに手を焼いていた頃の面影はなく、恐る恐る撫でた彼の体も不吉にカサカサしていた。
凶兆に手で触れた気がしてゾッとしたのを覚えている。
ブーちゃんの訃報はショックではあったものの、故郷を離れて過ごす僕は、幸か不幸か彼の死を身近に感じずに済んだのかもしれない。
ただ、実家で暮らす両親や妹たちはそうもいかなかったようで、特に母はだいぶ重篤なペットロスに陥っていたらしい。
父もそんな母を見かねたのか、ほどなくして実家ではまた新しい犬を飼い始めた。
名前はルル。
それ以来、家族のグループラインには、その子の写真が頻出するようになった。
母「ルルちゃんとお父さんがお昼寝しとるよ〜」
(父と同じポーズで眠る小型犬の写真)
母「ルルちゃんの髪飾りを新しくしました〜」
(耳元にお花のヘアピンをつけた小型犬の写真)
母「今日も我が子は仲良しで〜す」
(妹の顔をペロペロ舐める小型犬の動画)
犬の写真や動画があがると、家族のグループラインは活気づく。
妹たちは「かわいい〜」「この写真はブサイクやな〜」などと反応し、父も不器用な絵文字でリアクションしていたりする。
ただ、実家から遠く離れた僕は思ってしまうのだ。
コイツは誰だ? と。
みんなが猫可愛がりしている(犬だけど)コイツを、僕は全く知らない。
ブーちゃんは、こちらから顔を近づけると照れたように顔をそらすので、人の顔を舐めるなんて絶対しなかった。
ブーちゃんは、アクセサリーを身につけることをとても嫌がったので、おめかしなんて絶対にしなかった。
家族の会話に嬉々として現れる、妹の顔を無作法に舐め、媚びたようなへアピンをつけた、コイツは一体誰だ。
どこの馬の骨とも知れない(犬だけど)小型犬が、僕の知らないうちに家族の一員になっているのはとても不気味だったし、ブーちゃんがいたはずの場所に僕の了承もなく勝手に居座っているようで、言葉を選ばずに言えば不愉快だった。
親の再婚相手を敵視する子どもの気持ちが少し分かったように思う。
先日、帰省した時、図らずもこのドロボウ猫(犬だけど)と初対面を果たした。
僕を見るなり駆け寄ってきて、足元でぴょんぴょん跳ねて歓迎していた。
母は「あら〜初めてばってんお兄ちゃんがわかるったいね〜」となんとも嬉しそうな声をあげている。
僕の足に頭をすりつけて甘えるコイツを見た瞬間、僕は心の底からこう思った。
かわいい〜