注意。
ナレーション「この漫画には、恐怖表現が含まれます。苦手な方は、ご注意ください。」
ナレーション「この漫画は、事実を元に制作しています。」

 

夜道を歩いている主人公。
ナレーション「数年前、夜道を歩いていたところ」
ナレーション「出版社との打ち合わせの帰り」
横断歩道を渡る主人公が何かに気付く。
ナレーション「横断歩道の真ん中で立ち止まっている人がいた」
立ち止まっている人は、サングラスをかけている青年であった。
主人公は、その青年が視覚障害者の青年であることに気付く。
青年「あ…人いますか?」
青年「すみません…道が分からなくなってしまって…」

 

青年に駆け寄る主人公
主人公「前にいますどうしましたか…?」
青年「あ…!よかった…ありがとう慣れない道で…迷ってしまい…」
青年「通りすがりの方に案内してもらっていたのですが…いきなりここで置き去りにされてしまって…」
主人公は「置き去り?その状況、怖すぎるだろ。自分がその状況なら絶対に不安で泣いちゃうだろうな」と思った。

 

主人公の肩につかまっている青年。二人は夜道を歩いている。
主人公「怖かったのでは…?」
青年「不安はありますね~でも、道に迷うと不安なのってみんなそうでは?」
主人公「言われてみれば確かに…」
ナレーション「ほんの一言で世界が思ったより違っていたり重なっていることに気付く
その後も二人は歩きながらぼちぼち歩きながら話した。
各々が持つ世界の見え方について。」

ナレーション「青年の視野は全体的に灰色で黒や白のボンヤリしたものを常に感じるそうだ。」

 

主人公「暗いところが怖くないんですねぇ」
青年「全盲なので家帰っても明かりつけないですね~オバケより道に迷うほうが怖いです」
主人公の回想「駅までの道を数百メートル案内をしただけ、世間話をしただけなのだが色々な話を聞いた気がする」
無事に青年を駅まで送り届けた主人公。
二人は駅で解散をする。青年は主人公に向けてお辞儀をしている。
主人公は手を降る。しかしそれが青年に見えていない事に気付く。

主人公は「オバケより怖いものか…そういえば障害者の怪談ってあんまり聞いたことないなぁ…」と思った。

 

ナレーション「その後…作者は漫画を描くかたわらストーリー作りの参考に怪談や奇談を意識的に収集するようになった。怪談…奇談それは…千差万別の様々な心の深淵にダイブする行為に似ている。そうして取材を重ねるうちに…いつの間に多く集まった気がする。」

 

場面が変わり、主人公の仕事部屋。
主人公「そんなわけで…数年間…僕が収集した…障害を持つ方々の怪談を漫画にしてみました今回は、僕が知り合った… 身体に障害を持つ方々の怪談です。」
ナレーション「ちなみに…描いてる漫画家もASD (自閉スペクトラム症)だったりする」
主人公「お楽しみいただければ幸いです」

 

タイトル 第一話 霊魂と足

 

車椅子に乗った女性がいる。
主人公の回想「僕がお仕事で知り合った遠藤さんは20代の頃事故に遭ってそれ以降車椅子ユーザーです。」

紹介された車椅子の女性は遠藤さん
彼女の体験を漫画にするため、インタビューさせてもらっている。遠藤さんは自分の体験を語り始める。
遠藤さんのナレーション「30代に差し掛かったあたりから…夢で…自分の寝顔を見るようになったんです」
回想シーン。遠藤さんの寝顔。
遠藤さんは語る。
遠藤さんのナレーション「最初は…自分の顔のアップを…じっと長い時間見つめる…。そんな夢を頻繁に見るようになりました」

 

そのまま回想シーンは続く。

遠藤さんのナレーション「繰り返すうちに…ちょっとだけ全体を見られるようになって…部屋全体を見渡せるようになって一年くらいで家全体を…夢の中で…動き回れるようになったんです」
語る内容にあわせて自由に動き回る遠藤さんの視野の絵。

 

遠藤さんのナレーション「当時はね…足が不自由になった自分の願望が…そういう夢を見させているんだなって…思っていたんですけどね…移動も楽ですしね…ふわふわ移動するのも楽しくて」
彼女は朗らかに続ける
遠藤さんのナレーション「いつしかこの夢を見るのが…楽しみになっていました」

 

再び回想シーン
遠藤さんの家の台所が俯瞰して見えている
遠藤さんのナレーション「ある日…夢の中でフワフワと家の中を見回していると…戸棚の上に何かが落ちているのを見つけたんです…」

食器棚の上を覗き込む白い人影。
それは夢の中で移動する遠藤さんの意識のようだ。
そこには四角い紙が落ちており、よく見ると写真だった。

遠藤さんのナレーション「それは家族で昔…潮干狩りに行った時の写真でした」

麦わら帽子を被ったあどけない笑顔の少女の写真。年齢は5歳くらい。左手にバケツを持ち右手には掘り出した貝を掲げている。

遠藤さんのナレーション「幼少期の私が写っています」

遠藤さんはそれを見て、「懐かしいなぁ…」と感じた。

 

翌朝、動き回る夢から目覚める遠藤さん
遠藤さんのナレーション「夢から覚めた後も…写真を眺めた時の懐かしい気持ちが残っていました。」
遠藤さんは車椅子に乗り、母親の元へ向かった。
遠藤さんのナレーション「なので…私は、母に頼んで幼少期のアルバムを出してもらいました」
テーブルにアルバムを広げて楽しそうにながめる遠藤さんと母親。

 

ページをめくるとおかしなことに気づく遠藤さん。
遠藤さん「あれ…?このページ1枚写真が無い…」
母親「あら…ほんとね…」
2人は不思議そうにアルバムを見ている。
遠藤さん「私は『もしかして』と思う気持ちがおさえられなくなりました」

 

遠藤さんは思い切った表情で母に伝えることにした。
遠藤さん「ねぇ…お母さん…もしかして写真さぁ…戸棚の上にあるかも…」
怪訝な表情で母親は聞き返す。
母親「えっ…?どういうこと…?」
遠藤さん「お願い…確認して欲しいの」
母が戸棚の上を確認するのを、緊張した様子で遠藤さんは見守っている。
遠藤さんのナレーション「戸棚の上を確認したところ…やはり夢と同じ場所に同じ写真が落ちていました」
動き回る夢は、現実だった事にハッとする遠藤さんの回想

 

場面は現在のインタビューに戻る。
主人公「不思議な話ですねぇ…」
遠藤さん「そうなんです。それで…その後思い切って夢の中で…家の外に出てみたんです…」

回想シーン
暗い廊下を白い影、遠藤さんから発生した白い影のようなものが玄関に向かって進んでいく。
玄関から出て道路に出て深夜の静かな住宅街へ。
ポツリ、ポツリと街灯の灯りが道路を照らしている。
遠藤さんのナレーション「こんな時間に外出なんて久しぶりで…ちょっと怖かったけど楽しかったです」

 

ボンヤリと街灯の下にたたずむ白い影。
遠藤さんのナレーション「でもね…外に出てみて気付いたんです」
目の前に、公園への階段が見えている。
遠藤さんのナレーション「スロープのない階段や段差がどうしても乗り越えられないんです…」
白い影は、階段の前にきてもその先に進めない様子でじっとしている。
遠藤さんのナレーション「体はフワフワ浮いているのに差し掛かるとガクン…と止まってしまう…」

 

遠藤さんのナレーション「たぶんね…もう…私の魂も車椅子に乗っているんだなぁ…って」
白い人影は、いつのまにか車椅子に乗った人影に姿を変えていた。

そう話し終えた遠藤さんを見つめる主人公は、すっかり話に聞き入ってしまっていた。そしてあの日の潮干狩りの写真を思い出しながら、遠藤さんは続ける。
遠藤さん「残念です。どこまでも行けるのなら海に行こうって思っていたのに…」
そう言って遠藤さんは、少し寂しそうに笑った。

 

主人公の僕はこの話を聞いた時「興味深〜〜〜!」と思っている。
表情は興奮、困惑、恐怖をないまぜにしたようになっている。
主人公の回想「僕たちは世界の多くの物事が健常者に向けて、デザインされていることを忘れてしまう。話すこと、読み書きすること、道具を使うこと。それは、たぶん世にある多くの怪談や奇談もそうなのだろう。」
主人公の回想「逆に…障害を持つ人が多数派になる場所でどんな話が生まれるのか知りたいな…リサーチしてみるか…」

 

タイトル 第ニ話 花子さん…?

 

「怪談…?体験談じゃないけどあるよ〜」
そう話してくれたのは、先天性の聴覚障害を持つ山田さん。
山田さんの外見は、短髪で筋肉質な男性だ。

主人公は彼にLINEで文字によるインタビューを行っている。
山田さん「小学生のころに…学校の怪談ってあったじゃない」
主人公「はいはい!ありました」

人面犬や口裂け女、動く人体模型などを思い出す主人公。
主人公「幼少期ぞわぞわワクワクしたものです…トイレの花子さんとか…夜中になるピアノとか…」

 

山田さん「そうそう、でもねーそれって聾学校だと違ってて…花子さんもピアノも…耳が聞こえる人の怪談でしょう?」

主人公は山田さんからの返信を見てしばし考える。

主人公「あっ!そうか…」

山田さん「自分達聴覚障害者を想定していないものって…怪談以前にその社会構造が怖いわけで…あんまり流行らない気がする」

 

山田さん「三回ノックして花子さんの声が帰ってきても…重度難聴者なら聞こえないわけで。ならそもそも呼ぶなって話ですもんね。そういう怪談って流行らなかったな〜」
注:あくまで山田さんの学校はそうだったという話です。

主人公「なるほどなぁ…」

山田さん「でもね…そんな聴覚障害者が通う聾学校にも怪談ってあったんですよね」

小学生の頃を思い出す山田さん。
学校の薄暗い廊下。チャイムの音の代わりに、光って知らせる聴覚障害者用のチャイムの説明が絵で描かれている。

山田さん「これは、僕の学校の…トイレの花子さんの噂…」

 

薄暗い学校のトイレにやってきた1人の男の子。
山田さんのナレーション「学校のトイレ…3番目のドアに向かって『遊び』…の手話をする」
男の子は『両手の人差し指を立てて交互に振る』動作をしている。
山田さんのナレーション「この時に声を出しては、いけない。」
静かにドアを見つめる男の子。
山田さんのナレーション「理由はわからないけれど…それがルール。怪談ってそういうものでしょ?」

 

カシャという音がしてトイレの鍵が閉まる
山田さんのナレーション「すると…誰もいないはずの個室の鍵が勝手に閉まる」
男の子はじっと鍵を見つめている。
山田さんのナレーション「この時点で…絶対に驚いて逃げては、いけない」
勇気を出して男の子はそっとドアに手を当ててみる。
トン…トン…トン…
山田さんのナレーション「ドアに手を当てると内側から何故か…ノックをしている振動が伝わってくる」

 

山田さんのナレーション「手でノックを感じたら…もう一度」
男の子は『両手の人差し指を立てて交互に振る』動作をする。
「『遊び』…の手話…」
すると…

 

男の子はドアの上を見上げ、驚き怯える。
山田さんのナレーション「天井近くのドアの隙間から手が出て…手話でとある単語を…伝えてくる…」

山田さん「…という怪談がありますね」
主人公「こわい!」
あまりの怖さに、スマホの返信画面を見て主人公はギョッとした。

 

主人公「…ちなみにその怪談に登場したこの手話…どういう意味なんですか?」
山田さん「…ああごめん、これね」
それは右手を半開きにして軽くニギニギする動作だった。
山田さん「『痛い』だよ」

 

主人公はトイレのドアの上に伸びる手を想像して思う。
ドアの上の隙間で『痛い』と訴える手。
主人公の回想「怪談は、語り継がれるうちに…少しずつ形を変えるものだが、この話は、あまりにも…変化しすぎている…そんな気がするのは、僕だけだろうか…」

山田さんとのやり取りを見返す主人公。
主人公の回想「語り継がれていた…『それ』…は、本当に『トイレの花子さん』だったのだろうか」
主人公は、そんなことを考えてしまうのだった。

続く……