ドが付くほど結婚したい。いつもより高い牛乳を買って、奥さんに怒られたい。
僕の言う「結婚したい」は「もうアラサーだからそろそろ身を固めねば」という焦りからくるものではなく、「蕎麦屋で天抜きを注文したい」とかそのレベルの欲求の話である。
仕事柄、育児ブログを好んでよく見るのだが、どいつもこいつも判で押したように子供や旦那の話ばっかしやがるので涙が溢れそうになる。
わがまま盛りな3歳児の息子のことをブログ内で「うちの怪獣が……」なんて軽妙なユーモアを織り交ぜて揶揄するのを見れば、クゥーッと歯の隙間から声が漏れ、慣れない酒が進むのなんの。息が出来ない。結婚、家庭!育児!!色即是空。幸せにセンスは不要なのか。
やがてほろよいのぶどうサワー1本が空になる頃、酔いつぶれた僕はベッドに大の字で倒れ、天井を見つめてそっと呟く。
「俺は、どうすればいい……?」
すると、僕の心の中のカンザキナオが突然囁いた。
「夢顎さん!わたし思い付いちゃいました、このゲームの必勝法!夢顎さんが素敵な女性と交際して、結婚すればいいんですよ!」
天才か……。
どうやらこのライアーゲーム、乗るしかなさそうだ。
だが女性と交際する上で、僕には一つの重大な欠点があった。女性の顔をまともに見れないという欠点が。
理由は分からない。目を合わせてもバトルは発生しないと理性が諭しても、本能が顔を背けさせる。
そういえば24歳の冬にソープで童貞を捨てたときも、相手の嬢の顔をよく見なかった気がする。彼女の顔を思い出そうとしても脳裏に浮かぶのは「僕のまつ毛長いでしょ?」「うーん……、そうかな?」というピロートークの苦いやりとりだけだ。歯並びは褒められたからプラマイ0。
目を合わせられなきゃ心は通わない、「僕はトレビーノ越しなら君の尿だって飲めるんだ」という覚悟さえ空回りするばかりだ。
やはり僕に自信が足りないから、まっすぐ女の子の顔を見れないのだろうか。だとしたら、まずは自信をつけねば。
とはいえ自信はアイリスオーヤマでも売ってない。だから、あくまで強く思い込むだけだ。
僕はできる男、七五三だって生き延びたじゃないか、やってやれないことはない。顔をあげろ、胸を張れ!
自分にそう暗示をかけると次第に勇気も湧いてきて、コンビニ店員の女の子と顔を合わせてお釣りを受けとることが出来た。第一村人攻略。
その後、勝利の余韻に浸りつつトイレで手を洗い、ふと鏡を確認すると、鼻の穴の暗闇からひとつ北極星のようなものが光って見えた。
白髪の鼻毛だった。僕は店員にこれをまざまざ見せつけていたのだ。
奥さんがいれば、この鼻毛も優しく指摘してくれたのか。結婚させてくれ。