始めましょうか。
これは、私の祖母が体験した話です。
……。
ある春、知人数名と一緒に、山に山菜を採りに行ったそうです。
夢中で山菜を探していたら、いつの間にか知らない道に踏み込んでしまっていたらしくて。
ふと辺りを見渡すと誰もいない。自分がどこにいるかも分からないし、来た道もわからない。
当時の東北の山奥ですから、携帯電話も圏外で、ようやく自分がはぐれたんだと気がついたそうです。
……。
必死で元きた道を探していたら、木々の向こうの方から、音が聞こえたらしいんですね。
甲高い音で、ピ——————って。
うゎ……。
なんだかその音に聞き覚えがあるような気がして、音が聞こえる方に走って行ったんです。
そうしたら……
ピ——————……
……「おいしい……お芋」…………。
焼き芋屋の音だ!!! と気づいて道を下ってみたらちょうど大きめの道路に出て、焼き芋屋さんのトラックが通りすがるところで。
祖母はその道路からタクシーに乗って無事に家まで帰れたそうです。
うわ〜〜〜!
いい……!
いい話だ……。
ホラーが苦手なメンバーが「1つ物語を話し終えたら蝋燭を吹き消す」という百物語のフォーマットを借りて、「ちょっといい話」を聞いてもらうだけの会。
自分が「今思うとあれはなんかよかった」と思っていれば何を話してもいい。
Q. なんで八なの?
A. 末広がりで縁起がいいから。あと百はクソ多い。
フッ
焼き芋屋さんが通ったおかげで、お祖母さんは助かったんだ。
後から調べたらぜんぜん山奥でもなんでもない、道路に近い山道で遭難したと勘違いしてたらしくて。本人が大笑いしながら語って聞かせてくれました。
最高の話……。
じゃあ次は僕ですね。JUNERAYさんのお祖母さんの話で思い出したんですけど、これは僕の母親の話です。
僕がたしか、小学1年生くらいの頃の話なんですけど……学校から帰ってきてランドセルを置いたら、いつもその時間は家事をしているお母さんが居なかったんですね。
おお。
どうしたんだろうって見に行ったら、なぜか絵の具を持ってて。
何してるんだろう? と思ったら……ペン立てとか、テレビ台とかの家具に、水玉模様を描いてたんです。
水玉模様を……?
お母さん、何してるの? って訊いたら、母は……
「かわいくなーい??」って。
家をかわいくしたくて、水玉模様を描いてたらしいんです。それがなんか、すごくいいなって……。
お母さんがかわいいね。
いいな……
映画の『パターソン』ってそういう話でしたよね。主人公の妻が家を少しずつ水玉模様に塗っていくの。
そうなの? じゃあ俺のお母さん、パターソンかも。
フーっ
……みくのしんの話で思い出した、僕のお母さんの話なんですけど。
母は結婚する前、飲食店とかで仕事をしてたそうなんですけど、一つ不思議な特技みたいなのがあって。
ほう。
常連さんの顔を見て、「この人、なんかおかしいな?」と思うと、近い内に事故で亡くなったり、重い病気の知らせを聞いたりしたんですって。
まじか……
お客さんだけじゃなく、知り合いや友だち相手でも、「顔を見ると近々死ぬかどうかがわかる」っていう。
えー! すご!
病気はまだしも、事故まで予感するんだ……。
でも、僕を産んだらその能力的なものはなくなって。
だからその力が僕に受け継がれてるんじゃないか? って言われてたんだけど、一切なんもなくて……
なんもなくて、よかったなあ……って。
なるほど……
そういう「いい話」もあるんだ。
死期が分かるなんて怖いし嫌だから、継承しなくてよかったなって。どうせ人はいつか死ぬから。
ねえ、話してる最中に申し訳ないんだけど、
俺の蝋燭だけ溶けすぎじゃない!!?
うわ! ヤバ!!
こんな差出る!? 俺たちのぜんぜん溶けてないよ!?
この蝋燭、5時間もつやつ買ったんですけどね……
まあいいや、次は俺の番ね。
俺も今の話を聞いて思い出したんだけど、小6くらいの遠足で、近場の動物公園みたいなところに行ったのね。
みんなで動物園行く日、あるよなー!
そこになんか、猿? 何ザルか分かんないんだけど、中型の猿が入れられてる檻があって。
その檻のところに、ありがちだけど「うんこを投げることがあります」みたいな注意書きがあったのね。
猿がフンを投げるから気をつけてください、的な。
そうそう、あまり近づかないよう気をつけてくださいって。
俺たちの班が檻の前を通る時も、なんかいやな予感があって……猿の空気を感じたんだよね。
「猿の空気」。
猿も肩作ってるのかな? みたいなモーションしてて、危なさそうだから檻の側を早足に通りすがろうとしたら、やっぱり来て。
小学生だったら逆にちょっと盛り上がるだろうね。うんこ投げる猿が来たら。
でもさ、アンダースローなのよ。地面を削り取りながら、土くれみたいなものと一緒に何か投げようとしてて。
アンダースローじゃ話は変わってくるわ。
「来るよ!!」って言って皆で逃げた瞬間、背後からうんこが網にぶつかるザン!! って音がして……。
おお。間一髪。
うんこを被らずにいけたな、と思ったんだけど、その場を通り過ぎてしばらくしたときに、同じ班の谷口くんが背負ってたリュックに何か付いてて。
まさか……
さっき猿に投げられたうんこが、網を通り抜けた形のこう……綺麗な直線的な模様についてたんだよね。
それがすごく、
綺麗だなって。
……直線って、ないですからね。うんこに。
いいですねえ……。
もちろんうんこに「綺麗」とかないんだけど、なんか、直線っていいなって……「こっち側は無事だったんだな、もう数センチ外れてたら安全だったのにな」っていう、運命を分けるラインが見えた。
フッ
ちょっとかっこいいな……。
うすた京介先生の短編集『チクサクコール』にそういう話があった気がする。「ストライクゾーンが見える男」がいて、もうちょっとずれてればあれはストライクだったんだって言うやつ。あ、話してたら読みたくなってきた。
それにしても蝋燭の減りが1人だけ速い。