勇気とは人生の調味料ではないか?
昼時の商店街、天下一品の前に4人の男がいる。
この4人はただラーメンを食べに来たわけではない。
今後、生きていくうえで何十回も訪れるであろう天下一品において、最上の味付けをするためにほんの少しの勇気を示しに来たのだ。
天下一品といえば、ポタージュのようにどろどろな鶏スープが特徴の「こってり」。
みんなこれが大好きで天一に来ている。
もちろん、彼らもだ。
この4人、今まで天一で「こってり」しか頼んだことがない。
ただ、この日だけは勇気を出して「あっさり」を頼む。
今まで「『あっさり』ってどんな味なんだろう?」と思うものの、いざ店内で注文となると口に出るのは「『こってり』で…」。
今後、天一で堂々と「『こってり』で!」と言えるように、今日、ほんの少し勇気を出そうというのだ。
「あっさり」を頼んだ上でメニューを見てみると、「こってり」との推され具合がまったく違う。
むしろ「こってりが売りの天下一品」とも言い切っている。
勇者たちに走る不安…。
試みが成功すれば彼らは勇者となり得るが、失敗すればそれは無謀な愚者でしかない。
そしてついに、4人の前に夢にまで見た「あっさり」が現れた。
「あっさり」という名前で想像していたよりも、しっかりと香る醤油と脂に4人の目が見開く。
「こってり」と比較したからこその「あっさり」であって、一般的な感覚で言うと、これもひとつの「こってり」なのではないか? という疑念が4人に走った。
そしてスープを飲んだ瞬間
4人の表情が
変わった。
結論から言うと、「あっさり」は味のしっかりとした中華そばだった。
しょっぱい醤油スープと適度な脂が、働いた男たちの胃袋へ染みこんでいく。
「こってり」ほどの中毒性はなく別物のラーメンだが、これはこれで美味しいラーメンだったのだ。
しかし中には、「こってり」の影を追い求めた男もいた。
「俺は天一の『こってり』で、必ず白米を合わす。それは『あっさり』でも変えたくない」
そういった彼は、「あっさり」のラーメンで白米を掻っ込んだところ、少し物悲し気な顔をしていた。
「『あっさり』は『あっさり』でいい。だけど天一に来たらショット1杯だけでいいから『こってり』のスープが飲みたい」
4人はその意見へ静かに頷いて、店を後にした。
結果的に天一に来たら「こってり」を食べたい…。
ふりだしに戻ったかのような結論だが、4人からは晴れやかな表情が伺える。
これからは気兼ねなく「『こってり』で」と注文ができる…という心の開放感からなのか。
それとも、「あっさり」が「こってり」のカロリーと比べて1/3ほどしかないので腹が軽かったからなのか…。
それは「あっさり」を体験した者にしかわからない。
ちなみに、4人についてきて普通に「こってり」を食べ「天一で『こってり』食わんやつはバカ!」と言っていた永田が一番ウザかった。