2年程前からマンションで一人暮らしを始めているが、ついに先日、あのイベントがやってきた。

そう、近隣住民からの「煮物作りすぎちゃったので、よかったらどうぞ」だ。

 

アニメやドラマなどでよく見かける光景だったので、一人暮らしを始めたばかりの頃は、こんなことが頻繁に起こるものだと憧れすら抱いていた。しかし、待てども待てども隣人は煮物を作りすぎず、むしろ自炊をしている様子すらなかった。

 

逆にこちらから仕掛けてやろうと、わざと肉じゃがを多く作って隣人におすそ分けしようとしたこともあったが、いざタッパーに肉じゃがを詰めると気恥ずかしくなってしまい、「見知らぬ人間が作った煮物なんて嫌がられないか?」などと怖気づく始末。結局実行に移すことはできず、僕は鍋いっぱいに作った肉じゃがを冷凍し、1ヶ月かけて消費することになった。

 

……そんな背景があっての今回のおすそ分け。正直、とても嬉しかった。

 

19時頃、突然インターフォンが鳴り、ドアを開けるとそこにはタッパーを持った若い女性が立っていた。すべてを察した僕は、これから何が起きるのかわかっていたが、わざとキョトンとした顔で女性の顔を見る。マンションでは一度も見たことのない顔だ。

一瞬の間があいた後、女性は申し訳なさそうに「あの、この肉じゃが作りすぎちゃったんですけど、もしよかったらどうぞ!」と、タッパーを差し出してきた。はい確定。憧れの『あのイベント』だ。本当にあるんだ。すごいな。嬉しいな。

 

しかし、ここで予想外のことが起きた。
話を聞くとこの女性、『隣の部屋』に住んでいるわけではなく、僕の『真上の部屋』に住んでいるらしい。

 

 

恐怖。

 

 

肉じゃがを作りすぎてしまった場合、おすそ分けをする相手としてまず思い浮かぶのは「両隣のお隣さん」だろう。決して作りすぎたからと言って、まっさきに真下の部屋の人間に「あ~げよ!」となるわけがない。

このことから考えられるのは、4つの可能性だ。

 


1.同じ階の部屋の住人には全員おすそわけしたので、下の階にきた。
 →どう考えても作り過ぎだ。その量に一切の疑問を持たずに完成させたとしたら怖い。

 

2.下の階(僕の家)の騒音がうるさいから、毒入り肉じゃがで殺しにきた。
 →怖い。

 

3.女性の『お隣さん』の概念は横軸だけでなく、自分の部屋と隣接した上下左右の部屋となっている。
 →怖い。ボンバーマンの爆弾と同じ攻撃範囲で肉じゃがを配るな。

 

4.女性の部屋だけ重力が真横に働いており、女性の視点からだと下の階が『お隣さん』という認識だった。
 →怖い。


 

どの可能性でも怖すぎBADENDなため、結局僕は「これから実家に帰るので、腐らせちゃうと悪いから」という理由で女性の肉じゃがを断ってしまった。

女性は「そうですか!」と言って引き返していったが、ドアを閉めた後にのぞき窓から様子を確認すると、少し残念そうな顔をしていた。悪いことをしてしまったかもしれないと心が痛んだ。

 

 

で、これは後からわかったんですけど、僕の部屋の真上、空き家で誰も住んでないらしいです。

 

 

 

 

 

 

 

 

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