たまに、人に対して「これはどう努力しても勝てない」と、才能の壁を感じる事がある。
それは生まれ育った環境なのか、経験からくるものなのかわからない。
圧倒的な才能は時に、他人に別の道を選ばせる事もある。
「あれっ? もう神奈川ですか! 早いですねー!」
東名高速登り、運転に疲れて海老名のサービスエリアに停車したところで、助手席で眠っていた後輩の吉崎が目を開いた。
全然早くない。俺は名古屋を出てから5時間半、ずっと渋滞や眠気と戦いながら運転していた。コイツは一度も目を覚ますことが無かった。5時間半も助手席にいたら白雪姫でも2度は起きるぞ。
コーヒーを飲んだりして休憩するも、疲れとイライラは取れず少し眠かった。しかしここまでくればあと一歩で東京なので、頑張ってエンジンをかけ気持ちを切り替えた。
「いやーもう寝れないっすわー! あ、ラジオかけますね」
ぶっ殺したいという思いを押し殺しながら運転に集中する。ラジオではクソみたいなお便りをゆっくりと紹介していて、眠気が加速されていった。
脳を働かせないと眠ってしまう気がしたので、適当に思い付いた遊びを提案してみた。
「十文字しりとりしよう」
「え? なんですかそれは」
「10文字でしりとりするだけだよ。いくぞ、厚生労働省」
厚生労働省という単語は最初から考えていた。僕はずっと寝ていたコイツを困らせたかった。即座に10文字なんて浮かぶわけがない。
「えーっとー…”う”でしょ、”う”……10文字かあ……」
イライラの元凶が悩んでいる。気持ちが良い。
しかし事態は、予想外の方向に向かう。
「う、う……」
「う、牛の乳を、吸う、親」
絶対嫌だそんな親。
どんな発想だ。10文字だけど。文章だし。助詞とか入ってるし。
「さあマキヤさん! ”や”ですよ!」
乗り気だ。こんなはずじゃなかった。しかし助詞がOKなら戦えるか…?
「…………ヤンバルクイナの群れ」
「レンコン無限パーク」
「…………苦しむコールガール」
「ルパン三世のヘマ」
押されている。勝てる気がしない。回答の速度も質も俺の方が低い。どうして即答出来るんだ。レンコン無限パークとは何だ。
返答に詰まっていると、吉崎は目を輝かせ身を乗り出してきた。
「あれ? 思いつかないんですか? じゃあ僕が続けますよ。マントヒヒの絶望」
なんなんだ。
まさかしりとりを連投されるなんて。こんなことあるのか。
意味がわからないのに勝てる気がしない。初めて味わう感情だ。
「……お前の勝ちだ」
悔しいが投了した。将棋で自分の詰みを見つけた棋士もこんな気持ちなんだろうか。
「えー ウなんて全然ありますけどねー。ウーパールーパー狩りとか」
狩るな。ウーパールーパーを狩るな。一般的な単語みたいに言うな。
そこから東京に戻る間、彼はずっと十文字しりとりを一人で続けていた。
僕は笑いすぎて帰り道を間違えた。