「もうイヤ~!」と叫び、何もかも投げ出して走り去りたくなったことはないだろうか。私はある。
昼休み。昼食ついでに公共料金の支払いを済ませるために街に出た。
駅前のつけ麺屋が「カルボナーラつけ麺」という新商品を出していた。1200円。高いが新しいもの好きなので注文した。
「原宿のパンケーキに乗ってるクリームか」というほど大量のメレンゲが乗った麺をカルボナーラ風スープにからめて食べる。胃が終わってしまう料理だった。
幕を閉じた胃を抱え、公共料金の支払いをするためコンビニに向かう。
昼休み中ということもあり、けっこうな混雑で行列ができている。自分の番が来て、水道・ガス・電気の支払い用紙を同時に出す。
「10600円です♪」
財布を開いたら、9500円しかなかった。
あ、カルボナーラつけ麺だ。お金をギリギリしか下ろしていなかったのを忘れていた。
「カード使えます?」
「…現金のみです」
「…すみません、支払い、一旦キャンセルさせてください」
公共料金支払いのキャンセルには時間がかかるのを初めて知った。ちぎった用紙をセロテープで戻し、押したハンコをバツ印で上書きし、確認ボタンをタッチする。混み合った売り場でこれを3セット繰り返す。
はあ~、という小さなため息が、後ろの客とレジ係からほぼ同時に聴こえた。ため息の立体音響に挟まれて生きた心地がしなかった。
このコンビニから一刻も早く出たかったので別のコンビニに移動する。そっちは比較的空いていた。ATMで1万円をおろして列に並ぶと、自分の直前で店員がトラブル対応のためにレジを空けてしまった。なんなんだもう。
数分して戻ってきた店員に、セロテープで繋がった支払い用紙を渡す。
「10600円です♪」
……1万円がない。
ATMでお金をおろしたとき、取り忘れたのだった。さっき店員がレジを空けたのはそのトラブル対応のためだった。原因は自分だった。
「…すみません、足りません。あと、ATMのお金、取り忘れました」
さっきのキャンセル作業をまた繰り返した。1万円については銀行に連絡しないといけないらしい。
ATMについている電話を初めて使った。明細も取り忘れていたので本人確認に10分かかった。後ろに並んでいた人がイライラしているのがわかった。
無事、口座に戻ったお金をふたたびおろし、いつのまにか出来ていた長蛇の列に並ぶ。
「10600円です」
支払いは終わった。長い道のりであった。
肩を落として店をあとにする。今日は本当に運がなかった。撃った弾が全部跳弾して自分に返ってくるような日だ。
30メートルほど歩いたところで、後ろから声が聴こえた。
「お客様~~~!」
さっきのコンビニの店員が、息を切らせて僕に向かって走っていた。
「忘れ物です~~! お客様~~!!」
もうイヤ~~~~~!!!
私は膝をついて叫んだ。
慟哭はどこまでも響き、やがて昼下がりの青空に吸い込まれていった。