「おい、お前。ここから飛び降りてみろよ」
「いやいや…無理っすよぉ。勘弁してくださいよぉ…」

 

たったこれだけで、中学生の僕は不良の先輩に目をつけられてしまった。「あいつ、俺に口答えしやがった」というカドで。こんな無理ゲーある? 植木の柔らかさを確認するために、校舎3階から飛び降りられる?

「そういう奴には逆らっちゃダメなんだよ」という人は何も分かってない。これで言う通りにしたら2手目にはクエスト内容が「金を持ってこい」になるし、そのイベントスイッチ入ったらもうバッドエンド確定。結局、不良の先輩に声をかけられた時点で詰んでいる状況ではあったのだ。

 

僕の中学は、荒れに荒れていて、原付が廊下を滑走していたし、チャイムと同じ頻度で火災報知器は鳴るし、ストラックアウト感覚で窓ガラスは割れるし、体育の先生はいじめられていた。

 

ここは福岡。修羅の国。

 

とはいえ、僕が通っていた中学は福岡だからそうなった訳ではなく(福岡がどこもそうだとは言ってないよ)荒くれ者がたまたま1つの学年に集まってできた突然変異のような存在。なので、後輩たちも教員も「あの代が卒業したらなんとかなる」の一心で耐えていた。

この学校で、不良に目をつけられることは死を意味する。現に「俺のお下がりグローブを買い取らなかった」という理由で、なぜか病院送りになった同級生もいた。野球部の備品を10万で売りつける商売感覚は大したもんだ。

それを考えると、僕が無事に1年間逃げ切れたのは奇跡としか言いようがない。生き抜くために、必ず人の目のある場所にいるようにしたり、比較的不良の出現率が低い職員室に忍び込んだりとあらゆる攻略法を編み出したけど、2週目プレイするとなったら、どっかで必ずゲームオーバーになるだろう。

 

ただ、そんな僕も絶体絶命の窮地に陥ったことがある。

 

交通料徴収だ。

 

これは、登校時間に校門を通る全校生徒から不良が効率よく金を巻き上げるシステム。こいつらが金を集めるのは「暴力を職業とする本当に悪い人たち」に献上するためなので、この強硬手段に出るときの不良はかなり切羽詰まっている状態で、その分危険度が増す。

僕を追い回していた不良が校門の前でニヤニヤこっちを見ていた時の絶望感がわかるだろうか。裏門から登校していれば、別の不良に金を取られるだけで済んだのに。

 

このとき何が起きたか、マジで僕は覚えていない。校門にたどり着く50m前くらいから記憶が完全に抜け落ちている。長期入院の経験もないので、何とか無事に切り抜けたと思うんだけど、不思議と全く覚えていない。あまりの恐怖に脳が記憶を失わせるという話は本当なんだと思う。できればそのままロストしていてほしい。

 

不良漫画読む人ってこういう僕らのことどう思ってんの?
ヤンキーに箔をつけるための肥やしだと思ってる?

 

 

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