私は『新明解国語辞典』という辞書を持っている。

 

7冊。

 

「同じ辞書を何冊も持つ意味はあるのか」と疑問に思われるかもしれないが、実はこれらの新明解国語辞典は版が違うのである。

辞書というものは、同じ名前を冠しながらも時代の変遷とともに中身をアップデートしていく。世間で用いられる言葉のラインナップや用法は少しずつ変化しており、それらを説明するところの辞書も、その変化に対応しながら改訂を続ける必要があるのだ。

三省堂が出版する新明解国語辞典はおよそ8年に一度版を改め、その度に「第◯版」の数字を大きくしてきた。

つまり同じ辞書でも複数版集めると、版ごとに異なる語釈(言葉の説明)などを比較して楽しむという遊びができるわけだ。

なんだかインテリジェンスな遊びに感じられるかもしれないが、辞書というものは学術の専門書などではなく誰が読んでも理解できるように書かれているので、やっていること自体は案外敷居の低い暇つぶしなのである。一番の難点は古い版の辞書を集めることだ。なにしろ普通の本屋には最新の版しか売られていない。

 

そんなわけで古本屋などに通い数年かけて第二版から第八版までを集めてきた私は、ある日第四版をペラペラとめくっていた。

すると、見知らぬカタカナ語の項目が目に入った。

 

バートレット

なにやらカッコいい響きの言葉である。

語釈に目を移す。

 

バートレット……西洋ナシの一品種。黄色で、少しひしげた形で大きく、甘い汁が多く含まれる。

三省堂『新明解国語辞典』第四版より

バートレットとは洋梨の品種の一つであった。全く知らなかった。洋梨は緑色のイメージだったが、これは黄色いようだ。

それに洋梨といえばなんと言ってもラフランスだろう。かつて私はラフランスという言葉が洋梨そのものを指すと思い込んでいたほど代表的な品種だ。

早速「ラフランス」の項目を探してみる。

 

 

 

……無い。

「ラプソディー」の次には「ラブレター」が掲載されており、その間に「ラフランス」の文字は無かった。

バートレットなどという聞いたことのない品種が採用されているのにラフランスが無いなんてことがあるのか、と一瞬疑ったが、冷静に考えるとこういうことだろう。

 

私がいま見ている新明解国語辞典の第四版は、1989年に発行された。
つまりその時点では「ラフランス」という品種が存在していなかったか日本ではまだ浸透しておらず、洋梨としては「バートレット」が主流だったのではないか。

 

では、2020年発行の最新第八版ではどのような状況になっているのか。

まずは第四版で確認できなかった「ラフランス」を引く。

 

 

……あった!

ラフランス……洋ナシの一品種。皮は薄緑色で、果汁が多く、香りがよい。

三省堂『新明解国語辞典』第八版より

そうだ。皮は薄緑色で香りがよい。これこそ私の知っている洋梨だ。

 

続けて「バートレット」を探す。

 

 

 

……無い!

現代に生きる私がバートレットのことを一切知らなかったように、最新の新明解国語辞典ではバートレットは姿を消していた。

バートレットは第四版にはあって、第八版には無い。
ラフランスはその逆。

 

つまりどこかで「バートレットが消えたタイミング」「ラフランスが登場したタイミング」があるはずだ。

手持ちの第二版~第八版のほか、入手できていない1972年発行の初版も図書館で確認したところ次のようになった。

 

バートレットはなんと初版から第五版まで存在していた。

そして第五版ではバトンタッチするかのごとくラフランスが登場し、第六版でなぜか一度だけ姿を消したのち第七版、第八版と連続して掲載されている。

 

とりあえず「第五版は洋梨の情報が豊富」ということが分かったが、もう少し掘り下げてみたい。

まず、初版から約33年間掲載され続けたバートレットという洋梨の存在が気になる。かつての日本ではそんなにメジャーな品種だったのだろうか。

第五版の発行が1997年で、私が1996年の生まれなので、私はちょうど新明解国語辞典における洋梨の世代交代の時期に誕生したことになる。物心ついたころには、すっかりラフランスが市場を席巻していたのかもしれない。

 

そしてさらに気になるのは、ラフランスの今後だ。
今やバートレットの跡を継ぎ、洋梨の顔として掲載されているわけだが、この栄華はいつまで続くのだろうか。

実は最近ラフランスの他に「ル レクチェ」という品種が登場している、と耳にしたことがある。このル レクチェが世間の人気を集めてしまったら、今後ラフランスは王座を譲ることになり、新明解国語辞典からもいなくなってしまうのではなかろうか。

おごれるラフランスも久しからず、第六版の前のバートレットに同じとなる可能性がある。

 

ここまで辞書をもとにあれこれ考えてきたが、いよいよ具体的な洋梨の情報が気になってきてしまった。こうなると辞書だけではどうにもならない。

専門家に頼ろう。

 

西洋なし王国・山形県に訊く

ラ・フランスについて少し調べると、山形県が代表的な生産地であることを知った。

 

そこで、西洋なしの振興を行う山形県 農林水産部 園芸農業推進課さんにご連絡して取材をお願いし、先の疑問について質問する機会をいただいた。

 

山形県 農林水産部 園芸農業推進課から、今部さんと専門員の松田さんにお話を伺う。またオモコロ編集部から、洋梨が好きそうなヤスミノさんに同席してもらった。

(洋梨は正式には「西洋なし」と表記するようなので、以下そうする。「ラフランス」も同様)

 


 

本日はお時間をいただきありがとうございます。早速お聞きしたいのはバートレットという品種についてです。

 


酸味が強めで味が濃く、美味しかった

今回の調査に向けて通販で買ってみるまで全く見たことのない品種だったのですが、かつての日本では「西洋なしといえばバートレット」という認識だったのでしょうか?

そうですね、ではまず西洋なしがどのように食べられてきたかをお話ししましょうか。

え? 皮を剥いて食べるのではなく……?

西洋なしはそもそも缶詰用の果物でした。

生では食べていなかったということですか!?

そうです。そして、缶詰用に生産されていた品種がバートレットでした。バートレットは明治初期にヨーロッパから日本に伝わり、山形県でも1875年ごろから栽培されるようになります。

新明解国語辞典が発行される100年ぐらい前からバートレットはあったんだ……。

バートレットはその後缶詰加工用として生産の勢いを増していきますが、併せて植えられるようになったのが受粉樹としてのラ・フランスでした。こちらは1903年にフランスから輸入された品種です。

あのラ・フランスが当初は受粉用の品種だったなんて!

しかしどうして缶詰でしか食べなかったんですか? 生でも美味しいのに。

西洋なしは収穫してすぐだと硬くて果汁も少なく、甘い大根のような味がするだけであまり美味しくないんです。

そうなの!?

現在は、西洋なしを美味しく食べるための「追熟」という技術が確立されています。収穫したものを冷蔵庫で1週間から10日ぐらい保管し、その後室温に戻して2週間ほど置くことで、甘くてとろっとした美味しい状態に変化するんです。この技術をもとに、消費地で美味しく食べていただけるよう出荷の計画を立てています。

じゃあ普段我々が食べていた西洋なしは、ばっちりコンディションを整えた状態で届けられていたんですね!

はい。しかし昔は追熟の必要性も知られていなかったので、食べるためには缶詰に加工するしかないと考えられたようです。

西洋なしの食べ方に誰も気づいていないってすごい世界。

一方で「落ちていたラ・フランスを拾って食べてみたら美味しかった」というエピソードもあるなど、生食のラ・フランスの美味しさは一部の生産者に知られていました。しかし販売のために出荷しようとしても、消費地に到着した時点で腐敗していたりして商品にならなかったようです。追熟の技術がないから……。

もどかしい!

あとラ・フランスって見た目がいびつでジャガイモみたいじゃないですか。

えっ、ジャガイモ?

 

それに皮が緑色なので「あまり美味しそうに見えないから売れないんじゃないか」と思われていたらしいです。これは受粉樹として扱われていた理由の一つでもあります。

ラ・フランスの美味しさを既に知っているから想像しづらいですが、言われてみるといびつだし第一印象で「美味しい果物」とは思いづらいのかも……。

これまでの話を伺うと、ラ・フランスを流通させるのって相当大変だったんだなと思いますが、そこからわざわざ追熟の技術を研究してまで売り出そうとするきっかけはあったのでしょうか?

かつては西洋なし以外にも缶詰で販売される果物は多かったのですが、1970年ごろからフルーツ界全体で生食の需要が高まり始めます。

やっと世間も食べ方に気づいた。

この需要に伴って生食のラ・フランスの美味しさにも注目が集まり、山形県における栽培面積も急激に拡大しました。1980年代には官民一体となって生産技術の開発に取り組み、県として本格的に振興を進めた結果、追熟の技術も確立し、今に至ります。

全ては美味しいラ・フランスを届けるために……。

実はこのとき、ラ・フランスの味に目をつけたのは新宿高野のバイヤーさんとも言われていますね。

えっ、あの「タカノフルーツパーラー」の新宿高野!?

はい、あくまで聞いた話ですけど。

そのバイヤーさんは慧眼だ……。ていうか気づいたら新明解国語辞典が発行されている時代の話になってるじゃないですか!

 

「ラフランス」は1997年発行の第五版で初登場し、「バートレット」と肩を並べています。それ以降「バートレット」は完全に姿を消し、「ラフランス」のみが掲載されるようになりました。この2品種の生産量も1997年ごろに入れ替わったのでしょうか?

生産量・流通量の統計は無いのですが、農林水産省の資料から「山形県における西洋なしの品種別栽培面積の推移」を参照すると、1980年から1985年の間にラ・フランスがバートレットを逆転したようです。

1980~85年というと第三版が出たのが1981年だから、1989年発行の第四版が控えている時期に逆転したということか……。

1986年の調査ではまだラ・フランスがわずかにリードしている程度ですが、1990年には8倍になり、1995年には20倍以上の差がつきます。

なるほど! 1990年代でラ・フランスが急激に知名度を上げたとすると、1997年発行の第五版でラ・フランスが初登場するのも納得できます。

そして2000年の調査におけるバートレットの栽培面積は1978年の調査と比べて10分の1以下になっていますね。

まさに栄枯盛衰……。ともあれ新明解国語辞典における世代交代の背景は完全に理解できました。ありがとうございます。

では最後の質問をさせてください。西洋なし界にラ・フランスの立場を脅かす新勢力はいるのでしょうか。個人的には近年「ル レクチェ」という品種を耳にするようになってきたので、これがいつの日かラ・フランスを逆転するんじゃないかと思ったりもするのですが……。

たしかにル レクチェは最近よく売り出されている気がしますね。この品種は1882年にフランスで作られたという話があります。

ル レクチェも100年以上前からある品種なんだ!

山形県でもル レクチェの栽培を試みたことはありますが、気候や土壌の相性が悪いようで、育てても食味が良くならないんですよ。

ル レクチェの栽培は新潟県が得意で、平成30年度の資料によると新潟県ではル レクチェ以外の西洋なしをほとんど栽培していないようです。

僕は新潟県出身なんですけど、そういえば地元ではル レクチェしか食べたことなかったかも。子供のころは西洋なし自体の別名がル レクチェなのかと思ってたし。

お隣の県なのにそこまで違いがあるって面白いですね。

ちなみに山形県のラ・フランスの栽培面積は735haで、新潟県のル レクチェは106haです。

7倍だ。

圧倒的すぎませんか?

我々も頑張ってきたので! それにラ・フランスとル レクチェは収穫・出荷の時期がずれているため、市場での競合相手ではないんです。

なるほど……! じゃあ西洋なし好きにとっては、ル レクチェも人気を獲得してくれた方がより幅広い期間で西洋なしを味わえるわけですね。

そういうことです! 山形県でもラ・フランスのほかに早生から晩生まで様々な時期で収穫できる品種を開発しているので、西洋なし全体で認知度が上がってもらえれば万々歳です。

是非そうなってほしい。

ついでにもう一点ラ・フランスの話をしますと、農林水産省が管理する地理的表示(GI)保護制度にて、山形県で生産される「山形ラ・フランス」の登録が昨年認められました。

なんだなんだ!?

地域には、伝統的な生産方法や気候・風土・土壌などの生産地等の特性が、品質等の特性に結びついている産品が多く存在しています。これらの産品の名称(地理的表示)を知的財産として登録し、保護する制度が「地理的表示保護制度」です。

農林水産省ホームページより

山形県で生産されるラ・フランスのうち、製品の規格や販売開始基準日などを徹底的に管理したうえで出荷されるものだけが「山形ラ・フランス」と名乗れます。この制度によって模造品の販売などを国際的に防ぐことができ、ブランドの保護とアピールをより一層高められるわけです。

最後にすごい切り札がきた!

要件達成のためには山形県におけるラ・フランスの歴史をデータで示す必要があったり、生産者全体で管理を行っていることが求められたりするので、生産の規模が大きくなるほど認定が大変になります。したがって都道府県単位で登録を認められた「山形ラ・フランス」は、高いハードルを乗り越えたうえで質の高い製品をお届けしているんです。

要するに、今後も西洋なし界のリーダーとしてラ・フランスの発展は勢いを増していくということですか?

そのつもりです!

つまり新明解国語辞典でも「ラフランス」の項目は残り続けると期待してよろしいのでしょうか!?

そう願いたいです!

僕もです! 本日はありがとうございました!

ご協力いただきありがとうございました!

 


 

……さて、辞書の比較からふと生まれた疑問について、ラ・フランスの名産地である山形県の方々より実に明快な答えをいただくことができた。

【取材まとめ】
・バートレットは「西洋なし=缶詰用」とされた時代の主要品種
・フルーツの生食ブームに伴いラ・フランスが脚光を浴びた
・山形のラ・フランスは国にも認められ、今後も人気を伸ばしそう

もうこの時点で大満足なのだが、一点気になったことを確認しよう。

 

果物専門店・新宿高野に訊く

フルーツの生食需要が高まった1970年代、山形のラ・フランスにまず注目したのは「新宿高野のバイヤー」だったという話があった。これは本当なのだろうか。

新宿高野さんに電話でお話を伺うと、広報の方が対応してくださった。

 


 

……かくかくしかじかなのですが、これは本当なのでしょうか。

正直かなり昔のことなので、それを証明するような資料はございませんが、たしかに新宿高野のバイヤーがラ・フランスに着目して販売に力を入れたという話は社内でも伺っております。

おお!

秋から冬にかけてのギフトとしていち早くラ・フランスの販売に取り組んできたことは事実です。おかげさまでラ・フランスのファンの方もついてくださるほど「生で食べて美味しいフルーツ」という認識を広めることに成功いたしました。

ラ・フランスのファン……!

当初は「売りづらい見た目をしている」という話もあったようですけどね。Pear(西洋なし)といったら涙型の綺麗な形が連想されるかと思いますが、ラ・フランスは「ジャガイモのようだ」と言われることもありまして。

 

山形県の方も同じことを仰っていました。たしかに見た目ならバートレットのような形の方が受け入れられやすいのかもしれません……。

ただラ・フランスにも特有の強みはあるんですよ。まず、食べごろがわかりやすいこと。初めは皮が真緑色ですが、だんだん茶色っぽくなっていきます。ご家庭で美味しく食べるタイミングを見極めやすいことがアピールポイントです。

へー! いいことを聞きました。

そしてもう一つが「ラ・フランス」という名前です。フランスから来た品種として覚えやすいですし、音も心地いいので浸透しやすいと思います。西洋なしの品種には「マルゲリット・マリーラ」や「ドワイアンヌ・デュ・コミス」など複雑な名前のものもありますが、ラ・フランスはすぐに覚えられますからね。

マル……、デュ……? そうですね、ラ・フランスは間違えようがありません。

そういった馴染みやすさもありながら、西洋なしの中でも独特のなめらかさや上品な香りを持っていることが人気の理由だと思いますよ。

また別の視点でラ・フランスのことを理解できました。ありがとうございます!

 


 

新宿高野のバイヤーさんがラ・フランスに注目したという話は真実だったようだ。その確認だけでなく「ラ・フランス」という品種名の強さについてもお話を伺うことができた。

たしかに言われてみれば、国名にただ冠詞をつけただけのシンプル極まりない名前じゃないか。しかもその国は国連安保理の常任理事国ときた。並の存在感ではない。

さわやかな風味とは裏腹に、なかなか肝の据わった果物である。

 

さて、ラ・フランスに関する情報は充分に集めることができたので、最後にタカノフルーツパーラーで西洋なしを食べながらあれこれ考えよう。

 

絶品!タカノのフルーツ

タカノフルーツパーラー新宿高島屋店に来た。

白い壁面の中、パフェやサンドウィッチの見本が色鮮やかに並ぶ。果物好きにはたまらない空間である。

 

目当てはこの「ウィークデーサンドウィッチプレート」だ。

12月29日までの平日限定商品で、イチゴと西洋なしが使われている。飲み物が付いて税込1760円。

早速頼もう。

 

と思ったらこんなのも見つけてしまった。タカノフルーツパーラーの設立95年を記念したパフェで、メロンやイチゴ、そして西洋なしが使われているという。

こっちにも西洋なしがあったか。どちらも美味しそうだから悩ましい……。

 

逡巡ののち、先に見たサンドウィッチプレートを注文した。また店員さんに聞いたところ、この日使われている西洋なしの品種はラ・フランスとのことである。

 

既にだいぶ長文になってしまったが、今回のテーマについてもう少しだけ考えたい。

 


味の感想などはこちらのキャプションでお伝えしていきます

前述の通り、西洋なし市場の変遷は大体把握できた。

しかし実は、新明解国語辞典に関しての謎がいくつか未解決のままなのである。

例えば、なぜ「バートレット」は新明解国語辞典に掲載されていたのだろうか。

 


うひょ〜! 綺麗でかわいくておいしそ〜!

ラフランスの採用に至っては、既に採用されているバートレットをもとに相対的な判断がなされたと考えられる。

しかしバートレットは初版から登場しており、絶対的な評価で「バートレットという西洋なしの品種があるから載せよう」と判断された可能性が高い。

缶詰用の果物の、一品種を、載せるか?

 


ラ・フランスの上品な甘さとイチゴの酸味が最高に合う!
これぞ果物のおいしさ!

初版で別の果物の品種を調べてみたところ、こんなものがあった。

「マスカット」「紅玉(りんご)」「二十世紀(梨)」「うんしゅうみかん」「はっさく」「なつみかん」

もちろんこれらが全てではないだろうが、なんというか納得のラインナップである。ここに同じく名を連ねるのが「バートレット」だ。

バートレットお前……大丈夫か?

 


小さいパフェみたいなのも超おいしい。20杯食べたい。

今やラ・フランスの台頭により影を潜める品種となってしまったバートレット。

しかし初版が発行された1972年ごろは、西洋なしの缶詰を食べて「バートレットは美味しいなあ」と感じる人々がそれなりにいた、ということなのだろうか。あるいは生活の中で「バートレット」という単語を目にする場面がそれなりにあったか。辞書に載るっていうのはそういうことではないのか。

辞書編集部員の中に無類の西洋なし好きがいて、バートレットがひいきされた可能性はどうだ。語釈に「少しひしげた形で」とあるのは、あばたもえくぼ的な話なのではないか?

 

うーむ、分からない。

まあ分からなくても当然である。私はただ古い辞書を数冊持っているだけの平成生まれだ。

 


あっという間に食べてしまった。全部超おいしかった。

バートレットの採用に関連すると、そもそも果物の品種が辞書に載ることの違和感もあった。

例えば「くるま」が掲載されるのは分かるが、「ランボルギーニ」はどう考えても掲載されないだろう。そこらへん、品種の権利とかはどうなっているのか。

実はこれについて、山形県農林水産部の方から意見をいただいていた。

 


あ……。

山形県の方曰く「現在のルールだと品種の権利は30年で消失するので、それよりはるかに長い期間存在しているバートレットやラ・フランスは権利が消失していると思う。そもそもこれらが日本に来た1800年代後半ごろに品種登録という概念があったかどうか怪しい

とのことだった。なるほど明快。

軽く調べてみたところ、品種登録を扱う種苗法の原型である「農産種苗法」が公布されたのが1947年なので、少なくとも日本においてラ・フランスの権利がどこかに所有されたことはなさそうだ。

併せて山形県の方から「ラ・フランスはもう日本以外の国では作られていない」という話も聞いた。

 


これもラ・フランス使ってるんだよな。1月12日までか……。

「1900年ごろ日本に輸入されたラ・フランスだが、ヨーロッパ近辺では気候の相性や果樹の病気の影響などにより1920年代に絶滅していたのではないか」とのことだった。

西洋の国名を背負った果物が極東の島国でしか作られていないなんて変な話だ。しかしラ・フランスにとってはちょうど日本の東北地方が居心地の良い場所だったということだろう。

もしかしたらアフリカのどこか一国で「ジャパン」という名の花が綺麗に咲いていたりするのかもしれない、と思った。

 


キタ━━━(゚∀゚)━━━!!

そして気になるのは「第六版でバートレットとラフランスが揃って姿を消したこと」である。

もしや第六版では果物の品種がすべて掲載されないことになったのではないか、と思ったが前述したマスカットや紅玉などはいずれも掲載されていた。

 

第五版で2種が掲載され、第六版ではどちらも消え、第七版でラフランスだけが復活した。

ここにはどんな事情があるのか。

 


ラ・フランスの果肉の色は一見地味だが、甘さと香りによる安定感は凄まじい。しかもそれらは必ずしも前面で主張してくるわけではなく、鼻に抜ける芳香で嗅覚を優しく刺激し、他の果物も一緒に味わうための広場を作りだすような力を持つ。さすが新明解国語辞典にも「香りがよい」と言わせるだけある。

思わせぶりに問題提起してみたが、これも真相は全く分からない。

正直分からないことだらけである。

でもまあ謎としてキープしておくのもいいかなと思う。

 

しかもこの謎からは一つだけ学べたことがある。

それは「一度掲載が取り下げられた項目も、再度掲載される可能性がある」ということである。

 


裏面も見せちゃお。

例年通りのペースなら、2020年代後半に第九版が発行されることだろう。

そこに「ラフランス」があるかは分からない。

しかし仮に消えていても「第十版で復活するかもしれない」という希望を持つことができるのである。

その根拠たる前例を確認できたことが、今回の収穫だ。

 


 

さて、いつの間にかサンドウィッチとパフェを食べ終わってしまったのでそろそろ帰ろう。

今回男性1人で食事している者は私の他にいなかったが、特に居づらさのようなものは感じなかった。恐らく誰もが目の前のパフェに夢中になっているため、他方へ視線をやる暇などないのだろう。

各自がパフェを抱えて己の世界に没入していた。私もそうだった。

とにかく、上質なフルーツを一心不乱に食べることができて満足だ。

 

でもまた西洋なしを食べに来る機会があったら、そのときは誰かと2人で来ようかなと思います。

ペアだけに。