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誠にありがとうございました。


一 むつきさんよう

緊張した際、掌に人という字を三回書いて飲み込めば良い、というおまじないを聞いたことのある人は少なくないでしょう。

その行為がどういった経緯で今日まで受け継がれるまでに至ったのかを解明することは困難ですが、恐らくは願掛けや験担ぎの意味合いが強かったのだろうと思います。

人という文字を掌に書いて、更にそれが書かれた掌を口元に持っていき、飲み込む仕草をする。これを自らが「人」を吞み込んでいるのだというように読み替えて、これから相対するのであろう人もまた取るに足らない相手であると自己に認識させる。まさに願掛け的ですが、目的としてはそういったものだったのではないでしょうか。

また、手で口元を塞いだ状態で口内にある少量の空気と唾液を嚥下するというこの一連の動作は、実際に呼吸を落ち着かせて息を整えるための一定の効果を期待できるものであったとも考えられます。

先述したように、このおまじないは緊張状態にある人がそれを解くために行うものですが、例えばその方が緊張のあまり若干の過呼吸状態に陥っていたとしたら、一時的に口を塞いて何かを飲み下す動作をすることは過度な口呼吸を抑制し、かつその後に深く息を吸い込むという動作を伴う──文字通り「一呼吸置く」ことに繋がります。

また、おまじないという言葉で括られ形式化した複数の動作を自らが再現することは、緊張の原因だけに向いていた意識のリソースを一時的に分散させることにもなります。緊張している時に別のことを考えて気を紛らわす、その「別のこと」を、掌に人という字を三回書いて飲み込むという動作に置き換えていたのかもしれません。

そして恐らく、そういった動作を経て本当に緊張が緩和した人がいた(或いはそんなエピソードが伝わった)ことで原因と結果が結びつき、ただの願掛けから儀式やまじないに変化していったのでしょう。

 

さて、日本各地の習俗などを調べてみると、このように「手に何かを書く」という行為を起点にした民間信仰は幾つか、特に西日本の地方において見受けられます。

例えば中国・四国の一部地方において、子供が生まれた端から亡くなってしまうことを意味する「クルマゴ(車子)」という民俗語彙があるのですが、高知県室戸市の幾つかの地誌における『吉良川老媼夜譚』の項では車子は十二人まで死に続くなどとも言われ、車子が起こってしまうことは強く忌避されていました。

また、この車子で亡くなってしまった子供を葬る際には、その子の掌に字を書くということが行われていました。掌に文字を書いて埋めると次に生まれてくる子供はそれを握って生まれ変わると言われており、魔除けや厄除けに効果があるとされるもの──それこそ「米」の字や、或いは「刃」「包丁」といった字が書かれることが多かったそうです。

更に西側、北九州の辺りでは、悪霊を退ける手段として掌に文字を書いて舐めるというものが伝わっています。これは凡ての魔除けに効果があるというわけではなく、特定の霊に対して行われたまじないであったようです。

その特定の霊は「ヒダルガミ」といいます。

ヒダルガミ自体は、恐らく知っている方もいらっしゃるかと思います。西日本に広く伝わる、一般に憑き物とよばれる悪霊の一種で、これに憑かれるのは主に山中だと言われています。山の中を歩いている時に突如として酷い空腹感と疲労感──「ひだるい」と形容される感覚に襲われるとそれはヒダルガミの仕業であるとされ、すぐに何らかの対処をしなければなりませんでした。

北九州の或る地方ではその対処法として、掌に文字を書いて舐める、というものが伝わっていたのだそうです。といっても、これはどうしようもないときの奥の手で、基本的には何か携行していた食糧を口にすることでヒダルガミを退けることが出来るとされていたそうですが。

 

どちらにせよ、これまで紹介してきた幾つかのまじないは、何らかの良くないものごとを退けるために文字や記号を掌に書く、という点で共通していると言えます。

掌の上で何かを書く、書く動作をする。

その動作によって、書かれたものを手にすることができる。

言霊信仰、とは少し違うかもしれませんが、何かを書きつけるという動作は、

ともすれば呪術的になりうる営為と「相性がいい」ものだったのかもしれません。

 

そして、もし仮にそうであったとしたら。

それらの動作は、少なくとも当時においては信憑性があるとされていたからからこそ、今もこうして語り継がれているのだということになります。それが何の効果も生まない荒唐無稽なものだったとすれば、何十年も何世代も伝承されることはなく潰えていたでしょうし、実際にそうして潰えていったまじないもあったことでしょう。

だとすれば。

今の時代には迷信と一蹴されてしまうようなまじないであっても。

そのまじないが信ずるに足るものであると思えるような、

そんな出来事を体験した誰かが、

遠い過去のどこかには確かにいたのでしょう。

例えばクルマゴの伝承や、ヒダルガミの対処法も。

それに限らずとも、各地の伝承を調べていると、

時折ふと思うことがあります。

それを最初に伝承した誰かは、

いったい何を見ていたのでしょうか。


もう宿も無くなっていたそうです。


二 ひだるがみ

私もそこで学生として実地調査してたのはだいぶ前のことなので、あんまりこれはこうだとか断定して言うことは出来ないんですけど。でも確かに、手の平とかに指で何かしらの文字を書かせるような習俗は幾つか存在していたみたいですね。

 

ただ、その地域でそれをさせる対象ってどちらかというと子供が多かったから、例えば他の地域だとよくある「米」の字とか、そういう入り組んだ漢字を書かせるみたいなことはあまり行われていなかったようです。いや勿論そういう例もあるんですけど、文献として残っているものは比較的少ないかなって思います。

くるまごって分かりますかね、子供が続けて死んでしまうみたいな意味の忌み言葉なんですけど。気候的にも地域の困窮度としてもそこら一帯では幼い子供が亡くなることが多かったみたいで、だからそれを防ぐためのおまじないとかが色々なバリエーションで伝わってるんですよ。

 

私が当時にお聞きした話だと、例えばですね。

上から下に、一本の線を引くんです。

カタカナの「ノ」の字みたいなものって言えば分かりやすいですかね。でも別に角度を付けたりする必要はなくて、ただ単純に上から下へ、一本の線を引くだけでいいんですよ。掌を出して、もう片方の指を上から下に。手をひらいた時の指先のほうを上、手首のほうを下と見做す感じですね。

これはどういうおまじないかっていうと、誰か──さっきも言ったように多くは子供だったらしいんですが、誰かが死の淵にいる時に、その人をこちら側の世界に戻す時のおまじないだったと言われています。つまりはかなり切羽詰まった状況で、それこそ神仏に縋るしか手段がないっていう時に行われていたんじゃないかと思いますね。ほら「振り米」って言って、病気とかで臥せっている人の枕元で誰かが「戻ってこい」って米の入った竹筒を振るみたいな類話が色んな地域に残ってるじゃないですか。多分イメージとしてはあんな感じだったんじゃないかな。

 

特にこのあたりの地域はヒダルガミの信仰が結構残ってるので、このおまじないがそれの対処法のひとつにもなってて。だから結構広まってるのかもしれません。

ああ、ヒダルガミ、ご存じですか?それに憑かれると急に空腹になって体が動かなくなってみたいな、そうそうそれです。憑かれると空腹になるっていうところがいわゆる餓鬼憑きと通底してることもあって、この地域でもヒダルガミは瘦せ細ってお腹だけが膨らんだ、餓鬼の姿をしてるとか言われてますね。要は極度の栄養失調で、お腹の中に水と脂肪がたまっちゃった状態です。

実はヒダルガミに憑かれたっていうのも今では、体の栄養が極端に少なくなった状態のことなんじゃないかって解釈されてるんですよ。これは栄養失調っていうよりも低血糖なんですけど、例えばマラソンとか登山とかしてて急に一歩も動けなくなってる人を見たことありませんか?栄養補給をしないまま長い時間運動をしてると、血糖値が下がって体が燃料切れみたいになるんですよ。

ヒダルガミに憑かれるのって山の中が多くて、しかも何か食べると回復するみたいな話が多いじゃないですか。だからそういうことなんじゃないかって説もあって。

 

つまり逆に言うと、ヒダルガミに憑かれやすい地域っていうのは、携行食をあまり満足に持っていけない環境なことが多かったのかもしれないですよね。

ほら、この地域だとさっき言ったみたいに餓鬼とヒダルガミが同一視されてたり、わざわざ「食糧がないときは掌に縦線を引く」なんて本当にぎりぎりの最終手段じみた対処法まで作られてるじゃないですか。

 

ああ、上から下に線を引くのは、上の世界──つまり天とかお空と呼ばれるようなところに行こうとしている人を戻そうとする意味合いみたいです。この地域に限った話ではありませんが、人は死んだら空に行くという風な信仰があったので。

まだその人の意識も比較的はっきりしている状態なら自分で書かせたかもしれませんし、そうでない場合なら他の人がそうしたのでしょう。死の淵にあって意識がないとか意識が朦朧としている人の手を取って、掌のあたりをさすったりする心理は何となく分かりますしね。

 

このおまじないのルールというか「掌の上から下に線を引く」って辺りには結構色々なお話が残ってて。例えば私が実地調査してるときに聞いた話だとこのおまじないが、

いやこれは読んでいただいた方が早いかもしれませんね。


その年は車子がとりわけ多く、幕も足りないほどだったそうです。


三 ひなさき

類例: ヒナサキの伝承

 

また一部地域においては、民間説話(なお、この話は基本的にはムカシにあったこととして伝えられる)のひとつとして、ヒナサキという通名の怪異譚が伝承されている。

伝承される地域や書き手・語り手によって細かな異同はあるが、嘗てこの地に暮らしていたヒイナという名の子供が登場することと、ヒダルガミの憑依などを原因として死に至る結末は多くの話において共通する。

 

その地で元気に暮らしていたヒイナは或る時、突如として悪霊に憑かれた。

頻繁に空腹を訴えるため様々に食べ物を用意するのだが、いざ出された料理には殆ど手を付けない。心配した親兄弟が半ば無理矢理にそれらを食べさせても間もなくして嘔吐する。そんな状態が続いたため、みるみるうちにヒイナの容姿は変貌し、健やかであった身体は痩せ細り腹だけが不自然に出た、餓鬼のような容貌に変化したのだという。

これはヒダルガミの仕業であるとして家族は様々な対処法を試し、腕利きの祈禱師や咒師も招聘したがまるで効果はなく、やがてヒイナは寝床に臥せ死線を彷徨う、いわば危篤の状態となってしまった。

家族で臥所を囲んでいたその時、突然に家族のひとり(両親のどちらかであるとされる)が布団の中からヒイナの片手を引っ張り出し、にこにこと笑いながら自らの指でヒイナの掌を引っ掻きだした。

それは、ヒイナの掌を下から上になぞるような動きであった。

周囲の人々がその人をやっとの思いで引き剝がした頃にはヒイナは既に冷たくなっており、その掌は何度も抉るように強く引っ搔かれたため、大きく裂けたような状態になっていたという。

[後略]


そこら一帯に聞こえるような声だったといいます。

またか、と辟易した人の方が多かったのでしょう。


四 くせやみ

どこまでが本当なのかも今となっては分からない話なんですけど。

私が冬に九州まで旅行した時にですね。夜の十時を回ったぐらいに、折角だからって泊まってたビジネスホテルを出て、電車に乗って何駅か行った先の繁華街めいたところまで遊びに行ったことがあったんですよ。

もうそろそろ帰るかって思った時には終電も無くなってて、たまの一人旅だしまあいいかってことで、駅の辺りに停まってたタクシーに乗ってホテルまで戻ることにしました。今みたいに便利なアプリの地図もない旅先で、地の利なんてあったもんじゃありませんから。

 

それで運転手さんに、どこどこ駅近くの何とかっていうホテルまでお願いしますって言って。運転手さん四十代ぐらいの方で、多分個人タクシーだったような記憶があります。行き先を聞いた後に運転手さんは白い手袋でハンドルを握って──割と雑談とかもしてくるタイプで、お客さん今日は出張か何かですかみたいな感じで、気さくに話しかける方だったんですね。私は結構お酒入ってて眠かったりもしたんですけど、でもここで寝ちゃうとホテル着いたときに起きてタクシー料金払ってホテルの部屋まで戻るのは無理だろうなっていうのが感覚的に分かってたので、私も運転手さんとだらだら話をしてました。

 

それで、いや出張じゃなくて旅行ですって私が答えると、運転手さんもああ旅行ですか良いですねえって返してきて。聞いてみたら運転手さんも結構一人で遠出するのとか好きな人で、それこそ私みたいにビジネスホテルに素泊まりしながら知らないところをぶらぶらするのが趣味だったらしいんですよ。

まあ最近は行けてないんですけどねって言うから私も、まあ年末だとタクシーも忙しいですよねえみたいなことを言って。そしたら彼、いやそうじゃなくて、仕事がとかではないんですけどねって。そこからぽつぽつ話し出したんですよ。

 

もう十年ぐらい前になりますかね。僕が四国の或る県に旅行した時のことで。

田舎とまではいきませんけど、なんにもない畦道とか地方の路地とかを歩くのが好きだったから、そういうとこに泊まりたいなあと思って。そしたら地元の路線バスを幾つか乗り継いだ先に民宿と旅館の間みたいなところがあったから、そこに泊まることにしたんです。観光地に近いホテルを何週間前から予約するとかなら別でしょうけど、場所やサービスにこだわらなければ泊まる場所は案外あるんですよね。

泊まる手続きをしたのが夜の九時ぐらいだったかな。ご飯は別料金払ったら使える鄙びた食堂があって、蛍光灯の切れかかった薄暗いとこで中途半端に冷めて湿ったカツ丼を食べた覚えがありますね。お風呂は部屋にあったのでそれを使って、畳敷きの一人部屋に布団を敷いて。

 

僕もお客さんみたいに宿を出て夜中の町をぶらぶらしても良かったのかもしれませんけど、少なくとも当時にその場所で遅くまでやってるお店なんてそんな無かっただろうなって思ったので、早々に寝入った覚えがありますね。カラオケスナックぐらいはあったのかもしれませんけど、旅先で疲れてたこともあって、翌日に明るくなってから散歩でもしようと。

暖房もあるんだか無いんだかみたいな室温だったから押し入れから布団を一、二枚余計に持ってきて、それを被って電気を消しました。枕が変わってもあまり関係ないタイプなので、結構早くに寝入って。

 

そしたら夢を見たんですよ。夢だと思いますあれは。

どういう夢かというと、まず僕が目を覚ました感じになるんですよね。目を覚ましたらその安宿の天井がうっすら見えて、ああそういえば旅行先で寝てるんだったなってなるような、よくあるじゃないですかそういうこと。部屋の中はまだ暗くて、だから携帯開いて時間を確認したりする気力は無いんですけど多分深夜なんだろうなと思って。

布団を二、三枚被った状態の自分が、そこでもう一回目を瞑って寝直そうとしたときに、ふと思ったんですけど布団がやけに重いんですよ。いや勿論布団を何枚か重ねてるからいつもより重いのは分かるんですけど、それにしても重量感があるというか、ずっしりしてるんです。

 

それで、ああ布団が足元によっちゃったのかなって思って。でも眠いし、目を開いたら完全に目が覚めちゃうような気がしたから、目を瞑ったまま布団の中で右手を足元に持っていこうとしたんです。したんですけど。

ごわごわした布団の中を右手でかきわけるようにしてた時に、手が自分の腰から膝のあたりに行ったところでなんか、へんな感触がしたんですよ。何て言えばいいんだろうな、なんかすごくやわらかいものがそのあたりで膜みたいにへばりついてて、それに触っちゃったような、そんな感触で。

あのお客さん、歯医者さんに行ったことありますかね。

歯医者さん行って治療をしてもらったときって、かぶせものとかをするために歯の型を取るじゃないですか。あの時くちのなかに入れられるやつ、分かりますか?すごくぶにぶにしててやわらかくて、さわり心地としてはゴムとかシリコンみたいな感じなんだけど弾力はないから、ぐにゅぐにゅって歯とか歯茎の間に入っていくあの感覚、あの感覚が一番近いかなって思いますね。

布団の中で目を瞑ったまま出した自分の右手が、腰のあたりにあるやわらかいなにかにうもれるみたいにずぶずぶ入っていって。

でも粘着質な感じはなくて、右手を引いたら素直に抜け出せました。

本当はかなり異様な状況なんでしょうけど、でも僕はすごくねむかったから。

その時は特に疑問に思うこともなく、とろとろしたきもちのままで。

ほら、現実だと絶対におかしい状況でも、夢の中だと気付かないじゃないですか。

それとおんなじきもちで、ただ眠くて、考えがまとまらなくなっていて。

ああなんかがいるんだなあって、それだけ思ってて。

そしたら僕が寝てる足元のあたりで、かすかに

 

ありがとうございます

ありがとうございます

 

多分いまの僕と同じぐらいの年齢の、おじさんの声で、

繰り返し繰り返しそう言ってるのが聞こえるんですよ。

布団の中で目を瞑ってる僕の足元に、多分座っていて。

愉しそうというか、笑いを押し殺してるみたいな声で。

くっ、くくっ、って息を吐くような音といっしょに、

肌を、手を擦り合わせるみたいな音が聞こえてきて。

ありがとうございます、ありがとうございますって。

静かな部屋の中で足元から聞こえるその小さな声が

 

ありがとうございます

ありがとうございます

 

また うまれなおしていただいて

まことに ありがとうございます

 

含み笑いでその男はそんなことを言っていました。

いえ何度も言いますけどそれは夢ですよ。夢でしょうそれは流石に。素面の現実で体験してることだったら、もうとっくに部屋を飛び出してます。

でもそれは夢の中の出来事で、だから私もそれを聞いて、特に疑問に思わなかったんですよ。

寧ろどこか安心したような、脱力したような気持ちになりました。

ああ。

これ僕が産んだんだなって。

この人はそれを喜んでくれたんだなって そう思ったらとたんにねむくなってきて

 

目が覚めたら外はもう明るくなっていました。

勿論周りには私しかいなくて、布団の中に何かがいるようなことも無くて。

枕元の携帯を開くと朝の八時半くらいで、チェックアウトは九時だったから、さっさと支度をして部屋を出ました。

 

帳場で色々と手続きをしている時にね。

分厚い帳簿で何か書き込みをしてる、恐らく古株であろう年配の女性に、それとなく聞いてみたんですよ。いえ僕自身よく分からない体験だったので、ぼかして聞くしかできなかったんですけど。

僕が泊まった部屋って、何かいたりするんですかねって、冗談めかして。

そしたらその女性、何か書いてる右手を止めて。

ばっと顔を上げて、

「へえ、ご覧になりましたか」

屈託のない、とてもうれしそうな顔で、そんな風に話しかけてきたんですよね。

 

だから僕、少しびっくりして。

いえ僕もそんな詳しくないんですけどこういうのって、せいぜい何もないですよって否定されるか、肯定されるとしても「お前あれを見たのか」って血相変えて詰め寄られるものかと思ってましたから。こんな嬉しそうに話しかけられるとは思ってなくて。

 

だから僕も若干たじろぎながら、いや見たっていうか聞いたっていうか、みたいな説明になってない説明をするのが精一杯だったんですけど。

「ざしきわらし、みたいなものですよ」

年配の女性は僕にそう言って、笑いました。

「しゅっしゅっ、って手をこすり合わせるみたいな。聞こえてきませんでしたか」

「え。ああ、何か聞こえてきた気がします。それで笑ってて」

「はい。あれね、おまじないみたいなもので。掌に指で縦棒を書くようなふうに、繰り返し繰り返し片方の掌に、もう片方の指を下から上にこう、擦り合わせるんですよ。その動きが、それこそ合掌して手を合わせるのと同じようなことで。神様に感謝する、おまじないみたいなものなんです」

あなたも、ここいらの神様にあったんですよ。

その女性はにっこりと笑いながら、そんなことを言っていて。

だからあの男の人はあんなに感謝してたのかってそこで分かりました。

 

と、そこまで運転手さんが話してすこし経ったところで、ぐぐっ、と車が停まって。

停まった車道の先には、私が行き先に指定してたビジネスホテルの入口が見えていました。

もう私ね、その時点で酔いなんて殆ど醒めてたんですよ。

 

運転手さんずっと笑ってたんですよ話しながら。

にこにこ笑いながら話してるとかじゃなくて、笑いを堪えるみたいに。

 

ふっ、くくっ、ってずっとにやついたまま今までの話をしてて、私もう正直早く車から出たかったんですけど、でも話を無理矢理打ち切っちゃうのもそれはそれで怖くて。

だから車が停まったときに早口で、ありがとうございましたお代幾らですかって言いながら大急ぎで財布を出してました。運転手さんは車内のライト点けながら何円ですみたいなことを言って、私が何枚かお札を渡したらお釣りを用意してたから早くお釣りもらってホテルまで行こうとして、運転手さんが手渡してきた幾らかの小銭を掴んで、

車のドアに手をかけようとしたところで動きが止まりました。

小銭を渡したあと、車内のぼんやりしたライトに照らされた運転手さんが。

こっちを見てにやにや笑いながら、突然に白い手袋を脱ぎだして。

片方の掌を私に見せてきたんですよ。

 

彼の掌にはみみず腫れがびっしり出来てました。

掌に縦線を引くみたいに赤い線が何本も何本もあって、よほど何回も強くやりすぎたのか所々きいろく膿んでるみたいな状態になっていたのを憶えています、その手を見せながら運転手さんが笑って

 

「あの子ねえ もう体もわかんないですよ」

 

私はすぐにタクシーを飛び出してホテルまで走りました。ドアを閉めることすら忘れていて、だから後ろで空いたドアからあの車の中からあの人が裏声みたいな気持ち悪い声でぼくがおかあさんだからねえ、ありがとうねえありがとうねえって叫んでるのが聞こえてきて、私は何も言えずにただ走って自分の部屋に戻ってトイレに駆け込んでびちびち吐いて、ベッドの中に倒れこんだところまでは覚えています。

 

朝になって目が覚めると、くちのなかに残った吐瀉物の酸っぱいにおいと頭の痛みで、当然ですがお世辞にも良い目覚めとは言えませんでした。実際、少しばかり体調を崩していたような気もします。

翌日もその周辺を色々と見て回る予定だったのですが、その体調のこともありますし、もしあれにもう一度会ってしまったらと思うとそれが怖くて、ほぼ一日中ホテルの部屋の中でテレビとか見ながら眠っていました。

 

かなり前のことなので、どこまでが実体験かも曖昧な、よくわからない体験談です。

いやそもそもあれが何なのかも曖昧ですけどね。

何回も産まれ直してるからかな、何というか、もうかなり薄まってて。

きばんでてやわらかいなにか、としか言えないですよあれは。


以下には男児の顔写真が掲載されています。

人によっては不快を感じる恐れがあるため、

そういった写真が苦手な方は上から下に指を動かしてください。

 

とてもいい子でした


五 うぶいわい

おめでとうございます。