●明らかになるのれんの秘密、そして常連の存在
幸いまだ他に客はおらず、チャンスとばかりに色んな質問を投げかけてみる。
まずは絶対に表に出さないのれんの秘密。聞くと意外な答えが。
「そば屋と思って入ってきた一般のお客さんが驚くと思って・・・」
「そば屋と思って入ってきた一般の客」
これこそ、このお店を端的に表している言葉に他ならず、実はこの店、すでにそば屋ではないらしい。
確かに、かつてそば屋だったころのメニューを、今やメインの居酒屋のメニューが制圧している。
このお店には一般客以外、つまりかなり強固な常連基盤があるようだ。それはこのお店の近所にあるタクシー会社。
丁寧に説明してもらった。
40年前にこの地に店をかまえた当初、昼11時に開店するごく普通のそば屋だったが、近所のタクシー会社のドライバーの方々が仕事終わりに寄っていく内徐々に定着。
同僚ネットワークは強力で、ついに店は同じ会社のタクシードライバーでごった返すほどになったという。
そんな状況は一過性どころか年々威力は増すばかり、お店が出来てから20年経ったころついに國分そばに転機が・・・・
ある日一人のドライバーさんに「俺たち専用の店にしちゃいなよ」という提案をされ、そして素直に俺たち専用の店にしたのだそう。
それから20年、タクシー会社の契約居酒屋化した國分そばには、その証拠に現在もこうして社員専用の置き箸がある。
同棲みたいで素敵じゃん!?
こちらは一般客用の箸。
このように一般客を拒んでいる訳では決してなく、タクシー会社の方々が大勢いる為「一般客が驚かないように」という理由で、のれんを隠して営業することにしたのだそうだ。
ここ野方でも飲食店の入れ替わりは激しい。久しぶりに行った野方駅前はチェーン店で溢れていた。
常連で固定されているこのお店はこの地で40年、居酒屋化してからは実に20年、ほとんど特定の常連をターゲットにして営業を続けてきていると言う。
「上司が部下を連れてきて、その人がまたここで常連になっていく」という、お客ネバーエンディグストーリーで永遠の命が保証されたようなこの店も、最近の若い人があまり上司と飲まないという最近の若いもんはシステムに蝕まれここ数年ほとんど新しい客が増えていないらしい。
そんな店主のところには、今日も仕事帰りのドライバーさんから「今から行くよ」の電話が入る。
実はこのお店のオープン時間は常連のシフトで決まる。
「あの人とあの人が今日はこのシフト、って言うのは全部知ってる」
鋭い眼光で肉じゃがを加熱する店主。
何時に終わる人が何人居るかで開店時間を決め、シフト的に朝客が多そうだと事前にわかれば、お手伝いの人を呼ぶそうだ。(勿論仕入れる食材も計算できる)
定期的にやってくるそこそこの固定客がいて、しかもその数が大体予測出来るという、飲食店としてはかなり理想的な状況だが、それ以外にもメリットがあると言う。
「周りが上司や部下ばかりだから変な客はいないね」
なるほど、酔って暴れたり、支払いしなかったりなどという事はここでは皆無。本当にいいことばかりだ。
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常連に支えられ野方で40年。
一般客を相手にせず、こうして我々の目に触れぬ独特の世界を形成しているお店がまだまだある。
「何であの店潰れないんだろう」
立地も最悪、お店はズタボロなのにしぶとく営業を続ける飲食店。
そんな気になるお店を発見したら、ちょっと回りを見渡して見よう。近くにはそれを支える何かがあるかもしれない。
おわり